七百五十二 | タイトルのないミステリー

タイトルのないミステリー

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今度は瑞希の背から澱んだ光が見え始める。その中に男の姿がチラつく。どこかで見た事があるような男だ。男は好色そうな目で瑞希を見ている。あの目には見覚えがある。何処だっただろうか、そうだ、百合香にも同じような目を向けていたあの男だ。そうか、百合香に思いを遂げる事が出来なくて瑞希に乗り換えたのか。男の魔の手は瑞希の親を亡き者にして瑞希を襲う。恐怖に引きつる瑞希の顔が垣間見える。智代の頭の中に警官にレイプされたときの記憶が蘇る。ああ、百合香の代用に利用されたのか、それと言うのもやはり百合香のせいではないか。やはり、美しい顔の女が邪魔をする。醜い智代の血を引く者を何処までも邪魔をする。

「ああ、ああ、そうか。私に復習して欲しくて来たのだろう。やはり幸せになどなれるはずがないんだ。」

いつもいつも何かに怯えながら生きる運命(さだめ)。

「こいつも惨めな人生を送ってきたんだ、やはりそうだ。」

智代は瑞希を見てそう言う。まともな顔を持って生まれても醜い女の血が不幸を呼ぶのだ。

「み、瑞希お姉ちゃん、お姉ちゃんに何か言っている。」

智代の言葉を聞いて少女が瑞希に話しかける。

「私に?何を?」

瑞希には智代の声が届いていないようである。

「不幸で報われない可哀相な子。」

少女が智代の言葉を瑞希に告げる。

「怨め、怨めばいいんだ。人を、周りを、憎しみを糧に生きれば良い。」

「私に言っているの?」

(私の血を受け継いだ哀れな子。)

「私は不幸なんかじゃない、私は誰も怨んだりしない!」

「おまえは生まれながらに否、生まれるずっと前から不幸になる事が運命(さだめ)られているんだ。」

智代の手が瑞希に伸びる。

(おまえに弾かれたのはおまえが私の血を受け継いでいたからだ。同じ血を持つ同胞よ。)

智代の手が瑞希の頬に触れると瑞希は困惑した表情を向ける。

「何の事を言っているのか分らない。私は、私は・・・。」

「おまえの血がおまえを暗闇に引きずり込む。」

智代は瑞希の顔を両手で覆う。指先から智代の思いが瑞希の中に流れ込む。それと同時に瑞希が智代の声に反応し始める。

「私の血・・・?」

「そうだ、決して誰にも愛されない可哀相な子。おまえは私と同じだ。」

瑞希の中の闇が智代に流れ込むかのように瑞希の頭の中に浮かんだ鬼の姿が智代の頭にも浮かぶ。

「怨めば良い。生きていた事を、産まれて来た事を。」

(そうだ、怨む事しか生きる術はないんだ。)

鬼と重なったあの男の姿が瑞希に立ち塞がるのが見える。これが瑞希の心の闇。

「い・・嫌・・・。」

頭の中の映像を追い払うように瑞希が手を払う。

「殺せ、邪魔する奴は殺せ。」

智代がそう言うとナイフを振りかざす瑞希の姿が見えた。瑞希は鬼の背にそれを突き立てる。赤い血しぶきが部屋の中を舞う。

「そうだ、殺せ。」

(やはり、私と同じだ。邪魔な奴は始末をする。それが正しい。)

「嫌・・違う、私は・・・。」

「おまえが殺した」

「ち、違う・・・私じゃ・・・。」

「おまえが殺させたんだ。」

「私が・・・。」

「おまえは私と同じ。」

同じ、こちら側の人間。智代は初めて味方を見つけたような気持ちになった。

「瑞希お姉ちゃん、しっかりして!」

少女の声に瑞希がビクッとする。動揺しているのが分る。

「お兄ちゃん、瑞希お姉ちゃんを呼び戻して!」

少女の言葉に吉岡が瑞希を掴み、叫ぶ。

「瑞希、瑞希!」

(もう遅い、この子は私の同胞。私の血を受け継ぐもの。)




  <七百五十三へ続く>