近頃の外交や内政の問題を見ていると一人の戦後政治家の顔が浮かんできます。それはなぜか懐かしい田中角栄の顔なのでした。

 まず中国との問題を見てみます。戦後の「日中友好」路線や現在の「戦略的互恵」関係が生まれたのは、最初に田中角栄の「日中国交回復」があったからです。しかし今回の日中による衝突は一挙にこれまでの関係を吹き飛ばしてしまいました。

 民主党の枝野議員は「中国との戦略的互恵関係を作るのなんか最初から無理」とまでこぼしているのです。結論として田中角栄が始めた「日中友好」路線は今回の事件で破綻を迎えたと言っていいでしょう。

 一方、アメリカとの関係を見てみます。孫崎享さんの最新作『日本人の戦略的思考入門』にはこうあります。

 「その意味で、鳩山総理が普天間基地問題で『最低でも県外』とし、『国外移転』に含みを持たせたのは異例である。別の角度から見れば、米軍の従来路線の根本挑戦である。それだけに、米側には、この流れを潰す理由があった。そして成功した。」

 鳩山総理がアメリカに逆らったのは、実はこれも田中角栄以来なのでした。アメリカは日本が中国と先に国交を回復することを嫌がりましたが、田中角栄は無視します。さらに石油ショックでは田中はキッシンジャーに「仮に日本がアメリカと同じような姿勢を続け、禁輸措置を受けたら、アメリカは日本に石油を回してくれるのかと」尋ね、キッシンジャーが「それはできない」と答えると田中はすぐにアメリカとは違う路線をとるようになったのです。(山岡淳一郎『田中角栄、封じられた資源戦略』)

 つまり現在の民主党が行っている外交は、中国については田中角栄の路線を破綻させ、アメリカとは田中の路線に戻っているのです(鳩山政権については)。つまり両方とも起点は田中角栄なのです。

 そして今回の「検察の暴走」です。日本の検察、特に地検特捜部の栄光は田中を「ロッキード事件」によって潰したところから始まります。

 それからリクルート事件やホリエモン、村上ファンド事件など戦後の政治・経済秩序を侵しそうなものをことごとく潰してきたのです。その結果日本からは「新しいもの」が生まれなくなったと世界から思われるようになってしまいました

 戦後、誰よりも強い権力を持っていたはずのその検察が「証拠改ざん」という恥ずべきことをして、今我々の目の前でガラガラと音をだして崩れていっているようです。

 つまり日本の外交と内政は自民党が下野して気づいてみたら1970年代の「角栄」時代にぐるっと戻っているように感じられるのでした。