ラブアンドピース10(U) | Fragment

Fragment

ホミンを色んな仕事させながら恋愛させてます。
食べてるホミンちゃん書いてるのが趣味です。
未成年者のお客様の閲覧はご遠慮ください。

替えてくれたシーツの上で、風呂上がりの水滴と汗で濡らしていく。

長い腕は俺を離さなかった。
指先も腕の力も、チャンミンの心状をそのまま表しているようだった。

しがみつき、爪を立て、掻き抱く。
離すまいと、指と腕で俺に訴えていた気がした。

狂おしい程の独占欲を感じる。
俺の何にそこまで入れ込めるのかは分からない。
俺は騙されているのかもしれない。
派手な作りの顔だけれど、それ以上に穏やかな声で笑う。
華美な瞳が、蕩けるように笑う。
そんな顔を見せられると、俺は騙されるしかないんだ。
それでもいい。
例え全財産持っていかれるような騙され方をしたたって。

そしたら今度は、「お前の体だけは置いていけ」って、俺が追って捕まえて離さないだろうから。

その後に、騙されてやるから、騙し続ける愛を寄越せと言うだろう。

そんな馬鹿みたいなことが頭を過ぎる。
それもこの男が悪いんだ。
大きな瞳を、盲目にしてるふりをするのだから。

それが俺には、とてつもなく可愛いものにしか、見えないんだ。





そこそこ慣れている体は、もう俺の体を記憶しきっているように動いた。
中で俺を受け止め、包み、一滴も残さず搾り取ろうとする。
細胞レベルの執着心。
休む間もなく互いの体を貪った。
二時、三時、…完全に寝不足になる程に。
俺達は「愛してる」を繰り返し、指を絡め合って手を繋いだ。


眠ったのは小一時間。

『ああ、眠い、』

チャンミンは眠たそうに目を擦って肩に頭を寄せてくる。
歩きながらそんなふうに甘えてくる。
器用な奴だ。
俺の部屋を出たのは一緒の時間。
手を繋いで歩いた。

『ちょっと大きいかも。』

チャンミンは俺のワイシャツを着た。
クリーニングに出した一番綺麗なやつを貸したんだ。
袖を通したチャンミンは、嬉しそうに匂いを嗅いでたっけ。
無臭だとわかると、俺の香水を付けていた。
なんて男だろう。
満足気にしている顔を見ると何も言えなかった。


早く出て、喫茶店に入った。
モーニングをやっているちょっとレトロな喫茶店だ。
チャンミンが知っている店だった。
打ち合わせでよく使うんだとか。

コーヒーと厚切りトーストにバターが落とされたモーニングセットがやってきた。
ちょっとしたグリーンサラダと、ゆで卵、八つ切りのオレンジが添えられていた。
卵を手にした。
ゆで卵を剥くのが苦手だ。
どうしても白身まで剥がしてしまうから。

『ふふ、剥いてあげる。』

チャンミンは俺の手からゆで卵を取って満遍なくヒビを入れると、器用につるりとした状態で剥きあげた。

『細かいこと、苦手?』

ゆで卵の細かい殻を払ってくれた。
それを俺のプレートに戻してくれる。

『得意ではないな、』
『ふふふ、だろうね。』

そう笑って、テーブルに頬杖をついた。
心做しか艶のある頬の位置が高い。
目を細めて俺を見つめる。
見つめ返すとうっとりと微笑んだ。

『ねえ、ユンホ、』

チャンミンは自分のゆで卵の殻を剥き始めた。
テーブルの淵にコンコンと軽い音を立ててヒビを入れた。

『うん?』

俺はサラダをつつきながら応えた。

『仕事が終わったら、夜一緒にご飯行ったり飲んだりする人はいるの?』

殻がパラパラと落ちる音がした。

『うん、まあ、学年の先生だとかって集まって飲む日はあるよ。』
『ふうん、』

チャンミンはそう言うだけだった。
綺麗に剥いたゆで卵に塩を振った。

『じゃあ、土日に一緒に過ごすような友達は?』

そしてゆで卵を食べ始めた。
つるりとした球形を赤い舌がなぞったのを見た。
どこまでも卑猥な唇と舌の持ち主だ。

『それなりにいるよ、』
『そう、』

チャンミンはゆで卵を噛んだ。
黄身が見えた。
唇についた黄身を舐めとる。
俺が見てることを理解しているように。

『まあでも、』
『なあに、』

今度は俺が頬杖をついた。
もう片手でゆで卵を掴む。

『好きなやつができたら、優先するに決まってるけどな。』
『、』

大きな目が、大きくなる。
そして急に細くなって三日月のようになった。
頬ら機嫌よく、咀嚼のために上下を繰り返した。

『ねえ、』

今度はなんだ。

『僕のこと、好き?』

厚切りのトーストを手で割りながら言った。
俺は卵を食べているところだった。
咳き込みそうになるから、俺が食べるタイミングくらい考えて欲しい。
色んなタイミングは狙っているだろうに。

『愛してるって言ったことと別件か?』

ちょっと不機嫌に答えてやった。

『んふふ、』

チャンミンは笑うだけだった。
割ったところから湯気が出るトーストを頬張る。
バターがじゅわりと染み出るのが見えた。
見ているだけで食欲をそそられる。

暫く無言でトーストを齧った。
店内には朝からジャズがさり気ない音量で流れていた。
コーヒーの良い香りが心地いい。

『僕ね、』

トーストを食べ終わり、コーヒーで唇を湿らせたチャンミンが言った。

『こういうデート、憧れてたの。』
『へえ、』

左右の手の指を合わせるように動かして気持ちを現す。
そわそわとしているような、照れくさそうな、そんな気持ちがはみ出している。

『彼氏の服着てみたりとか、一緒に出勤してみたりとか、あとは、彼氏のその日の服を考えたりとか、』

そこにいるのは、恋する乙女。
ハイスペックな乙女だ。
したたかで、肉食で、策士な乙女。

『ねえ、どんな食べ物が好き?お酒は呑むの?土日どこか行くなら、どこがいい?』
『はは、まだ平日ど真ん中だよ、』
『ねえ教えて、それを楽しみに頑張るから、仕事。』
『…、』

可愛いやつ。
狙ってるんだろうけど。
俺は騙されてるんだろうけど。

コーヒーを口に含む。
溶けてない砂糖が流れ込んできた。
甘い。

『いいよ、お前が飽きるまで、毎日付き合ってやるから。』
『、』

多分俺たちのテーブルだけ、溶けてない砂糖みたいに甘いはず。

『飯作ってくれんなら、夜会いたい。』
『っ、』

『お前の部屋の方が綺麗だから、そっちがいいな。』
『うん、』

『休みは服買いに行ってもいいし、お前が行きたいところ行ってもいいし。』
『ユンホ、』

『お前の憧れにとことん付き合って、俺がダメだって思わなきゃ、それこそ俺たちって相性いいんじゃないの?』
『っ、』

もう一杯コーヒーが飲みたいけど、タイムアウト。
この甘さを少しだけ流したかったんだけどな。

『…、ぼ、僕だって、彼氏の行きたいところに付き合える彼氏でいたいって思ってるんだからね、』
『へえ、』

無理すんなって。
俺だってついていけるかはわかんねえんだし。
けど、ーーー

『まあ、趣味なんて、個人の世界だ。恋人として居心地がよければ苦手なものにも黙ってられるくらいにはなんだろ。』
『……、うん、』

ほら、また頬を赤くして俯く。
乙女。

『俺はもう行く。』
『あ、うん、僕はもう少し時間あるから、』

『残るか?』
『うん、ちょっとぼんやりしたいかも、』

『なんだそれ、』
『ユンホのこと、考えてたいの。』

『はいはい、』
『待って、ねえ、』

立ち上がった時に手を掴まれた。
そのまま座らされる。
また元の目線の高さに戻った。
大きな目が、俺を静かに見つめてくる。

今度は広い広い海のような目だった。

『結婚しよう?』

『、』

本気なんだなって、すぐに思った。
そんな目だった。
人ってプロポーズする時は、こんな顔になるのだろうか。

それ以上に不思議なのは、俺たちがどんな性別かを考えることもなかったということだった。

『いいよ。』

しいていえば、俺が凸で、チャンミンが凹。
そのぐらいか。

『…僕、ユンホとなら絶対幸せなれると思うの。』

俺になんの夢を見ているのだろう。
でもそれは、俺も同じことなんだって思ったんだ。
俺はこのしたたかな乙女を、そのままの乙女でいて欲しいと思っている。
ベタなカップルを夢見ているんだと思う。
短い時間だが、今までのやりとりをどちらかが否定する瞬間なんてなかったのだから。

収まるところに収まる。

それが俺にはチャンミンで、チャンミンには俺だったのかもしれない。

たがいに女性相手では埋められないものがあった。

それだけの話で、それ以上の話だった。

女性云々な次元でもないし、別な男でも多分ダメだった。

そういうことだ。


『いいよ、お前を幸せにしてやる。だからお前は、俺に尽くしな。』

『、』

その瞬間、チャンミンが震えた気がしたんだ。

身震い。

目を輝かせて、頬を上気させて。
興奮していたんだろうな。

マスターがコーヒーを入れていた。
常連客は皆一人の世界。

俺は立ち上がり、テーブルに手をついて。
そしてチャンミンの唇を頂く。
重ねただけのキスだけど、コーヒーの味がした気がするんだ。

『返事は?』

俺に尽くす返事。

『はい。』

よろしい。

大丈夫。
俺だって可愛い恋人にはなんでも与えちまうタイプだから。

大丈夫だろ。

俺たち、多分色々と成り立つように出来てると思うんだ。













もう少し続く。
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