こまつ座「兄おとうと」(その2 戯曲・演出他について) | こだわりの館blog版

こまつ座「兄おとうと」(その2 戯曲・演出他について)

兄おとうと

2/20 紀伊国屋ホールにて


脚本:井上ひさし
演出:鵜山仁
演奏:朴勝哲
出演:辻萬長、剣幸、大鷹明良、神野三鈴、小嶋尚樹、宮地雅子

「兄おとうと」は明治・大正・昭和と
【民主主義】【大正デモクラシー】を主唱し続けた
思想家・吉野作造の評伝であります。

【東北の神童】から東京帝国大学の教授になり、軍国主義真っ只中の当時に
恐れも知らず【民主主義】を提唱し続けた【兄】吉野作造(辻萬長)。
彼には十歳年下の弟がいた、吉野信次(大鷹明良)。
東大法学部から農商務省に入ったバリバリのエリート官僚。
後に大臣も経験する軍国時代の最先端を走る敏腕の政治家。
兄に負けじと勉学に励んだためにエリート官僚そして政治家にまで上りつめた【弟】。
ともに学問に励みながらも、これほど違う道も珍しい全く対照的な道を選んだ2人。
この兄弟、ともに信念が固いため、いがみ合いこそなきにせよ
【兄弟】で枕を並べたのは生涯ほんの数回。
しかもこの兄弟の細君たるや血のつながった実の姉妹(剣幸、神野三鈴)という奇遇。
考え方の違いから決定的な決裂をした【兄弟】を再び引き合わせたのは細君同士の【姉妹】であった。
「兄おとうと」はその【兄弟】で枕を並べた“数夜”にだけスポットをあてたストーリーであります。


井上ひさしの「兄おとうと」での作劇術は今回も絶好調であります。
明治から大正、昭和へと数回顔を合わせる【兄弟】。
最初の方こそ【兄弟】としての親しい会話を交す2人だが、
話が進めば進むほど行き付く先は「お互いの批判」。
は当時の軍部に仕切られている政治状況を嘆き、
弟及び弟が取りしきる【国】を批判し政治の不在を説く。
対するは兄のラディカルな思想を「危険だ!過激すぎる」と批判し、
時代に即した訴え方をするよう諭す。
お互いの会話は【兄弟喧嘩】の枠を超え、毎回思想と政治の【論争】へと発展していく。


【兄弟】が顔を合わせるほんの短い時間という設定ながら【兄弟喧嘩】から【論争】へ、
【やわらかな会話】や【歌と踊り】で観客を笑わせ、楽しませながら、
徐々に兄弟の口を通じて【固い会話】へと進んで、
作品の主題へ切り込んで行く巧みな井上ひさし一流の台詞術。
【兄弟】の口から発せられる台詞から、
それぞれの【思想】に、彼らが生きた【時代】までもが浮き彫りになって来る、
本当に見事な構成であります。

そしていつ決裂してもおかしくないこの【兄弟】を巧みに引き合わせる【妻たち】の内助の功
この【妻たち】の“やわらかな存在”こそ、
兄弟のハードな論争のクッション役として多大な貢献となっています。
そして小嶋尚樹が学者仲間、警官、右翼の学生、説教強盗(夫)、田舎の工場経営者を
宮地雅子が女中、中国からの留学生、満州へ娼婦を送り込んでいる女衒と
この2人は幕ごとに役をコロコロ変わりつつ、
彼らはその時代の【庶民代表】として登場し、作品の時代背景を明確にしていく。
井上ひさしの巧みな作劇術は主役の2人以外の人間たちをも目を配らせ、
主題以外の足固めにも抜かりがありません。

そしてこの井上戯曲の要求に6名という少数の出演者で、
それぞれが無駄の無いそれぞれの【役回り】を与え
少数精鋭の濃密な舞台空間を展開し、見事な【答え】を出して行く鵜山仁の演出
そして「太鼓たたいて笛ふいて」で【音楽劇】としての一つのスタイルを確立し、
今回も固くなりがちな戯曲を【やわらかな劇】へと見事に変換させた
宇野誠一郎の音楽に朴勝哲の演奏と、
そのアンサンブルは見事なまでであります。


で、ここまでが「兄おとうと」の戯曲及び演出に関する感想でありますが、
困った事にこの感想【初演】の時でも感じた感想なんですね。
前にも書きました通り今回は【大増補版】による【再演】であります。
という事は【再演】の見事さについても書いていかなくてはいけないのですが…
これについては「ちょっと…」と思ったので、
明日はその辺について触れて行きます。

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