112.ツバサ工業 追記 (1) シャフト・ドライブの精鋭 | 「クラシックで行こう!」

「クラシックで行こう!」

クラシック・バイク、それもホコリを被って払っても払い切れない
クラシック・バイクを取り上げます。

ツバサ工業については以前、浅間高原レースの参加会社の一つとして紹介しましたが、新事実がもう少し判ったので

紹介します。


ダイハツ系の会社だった事は紹介しましたが、実体は設計はダイハツツバサ工業は試作改良と量産化を担当するというダイハツの完全な子会社的存在でした。 (1952年 設立)


初の販売車は英国車に範をとった OHV 単気筒 250cc車でした。(ツバサ号T80型)


 「ツバサ号T80A型」 (1954年式 T80型の改良品と思われます。)

「クラシックで行こう!」-t80a-00
空冷 4st OHV 単気筒 246cc 12hp/5500rpm 110km/h フロント・テレスコピック リア・プランジャー

駆動方式 チェーン


内容的には当時としては充分なものを持っていたと思われます。


しかし、1955年には早くも次の世代を担うべき新型が発表されました。


 「ツバサ号G120型」 (1955年式)

「クラシックで行こう!」-g120-00
空冷 4st OHV 単気筒 249cc 駆動方式 シャフト・ドライブ フロント・アールズフォーク? リア・スイングアーム


この型はBMWに範をとっていますがBMWを1台購入して徹底的にスケッチし基本設計の参考にしました。


同じBMWに範をとってシャフト・ドライブ駆動に手こずった丸正自動車のライラック号と異なり、当時の日本では

製造が難しかったスパイラル・ベベル・ギア設計と加工、量産国内屈指の加工会社に依頼し、問題なく

供給を確保しました。  (やはり、餅は餅屋ですね。)


ツバサ号はエンジンはもちろん、フレームの堅牢さ、耐久性にも重点が置かれていた事が評価されます。


しかし、当時すでに終戦直後の「バイクは作れば売れるもの」の時代は過ぎ去ろうとしていました。


新たなる飛躍が求められたのです。


                                                 (この項つづく)


バイク・ブログ 「峰風」とともに はこちらから