母が亡くなって、ちょうど1ヶ月が過ぎようとしています。
亡くなるまでは悔いのないようやるだけのことをやろうと思って日々過ごしていましたが、亡くなってから葬儀の前後も本当に忙しくて、休む間が全くありませんでした。たどり着ける気がしないほど疲れていましたが、年末にどうにか娘と二人イギリスに戻ってきました。
実家の方では、まだ週ごとの法要やら、弔問に来てくださった方々へのリスト作りやお返しの用意などバタバタと忙しそうです。弟夫妻が父と頑張ってくれています。母のそばで一番長くがんばってきた父をまだまだ休ませてあげられなくて、また弟夫妻にも色々委ねてしまい、遠くにいる私は少し心苦しいです。最近は、父は夕方家に戻ると一人が寂しくて、「ワーッ」と叫びたくなるそうです。家族のいる私でさえとても寂しくなるので、一人の父はなおさらだと思います。「寂しさが癒えるのには、ただ時間が必要」とよく同じ思いをした方々から言われます。一段落したら、父にはイギリスにも骨休みに来て欲しいです。
娘は、3歳なので、死というものを理解できていないだろうと思っていました。でも、少しずつ、大好きなおばあちゃんにもう会えないのだということは理解しているようです。先日は、夜に布団の中でおばあちゃんとの思い出話をしていたら「ばあばとまだお別れするの嫌だったの。」とシクシク泣き出してびっくりしました。飾ってあるおばあちゃんの写真(数枚あり)をめくり手を合わせる(ふり?)のが最近の日課になっています。そしてある曲をよく歌っています。実家でよく流していたので覚えました。それを歌っていると、空におばあちゃんが見えるのだそうです。
母が生前、「私にもしものことがあったら葬儀で流せたら流してくれないかしら?」と言っていた曲です。実際に母を偲ぶ写真のスライドショーの時に流してもらいました。しんみりなりすぎず、爽やかな曲です。歌詞もいいなぁと思うので、記しておくことにします。
「明日咲くつぼみに」 唄・三波 春夫 作詞・永 六輔
想い出のふるさと
想い出の人々
明日咲くつぼみよ
今日散る花びらよ
想い出の笑顔よ
想い出の涙よ
昨日 今日 明日
過去 現在 未来
時は還らず 世は移りゆく
いつか別れの 言葉さようなら
想い出のあの町
想い出のあの人
明日咲くつぼみに
今日の生命を
母は、いつもと変わらない様子で、明るい声の調子で、「この曲を流してね」と言っていましたが、
実際に聴いてみたら、いろいろな思いがつまっているように思いました。
母を見送り、考えていることが色々あります。ベストと思って選んだ方法に後悔がないとは言えません。
何が正解だったのか、よく分かりません。書きたい気持ちになったら、母の最期の様子、感じたこと、
学んだこと、書けたらと思います。
これまでブログを通して、やりとりして下さった方々には感謝の気持ち、まだまだこれからのことを応援したい気持ちでいっぱいでいます。