☆パラダイムシフト☆新たなる夢現世界へ☆

下記サイトにて、数年前に執筆した私の小説『無花果の幾可学』を読むことができます。
 少々エロティックですが哲学小説です。http://slib.net/a/178



テーマ:



中学生の事件 上村さん


あの事件は いくつかの大きなメッセージがありましたね


まず 彼の殴られた写真 報道でもありましたが その顔は笑顔です


彼は人気者だったよですね  犯罪を断ったのが殺害のきっかけかと言われておりましたが


NOという勇気


ゴダールも映画で NOということを 伝えておりました


NO それは 世界への否定 NO それは 現実への否定


YES それは 恐怖からの逃避 YES それは 孤独からの乖離ではないでしょうか


上村さんは あだ名が かみそんだったそうです 神SON 神の子ですね


リーダーとの会話は 唯一 アニメのLOVELIVEというものだったそうです

それ以外のアニメは だめだとか・・・


LOVE 自我と真我 そして神の対話は それのみでしょう


彼は 結束されて 身動きとれずに 殺害されたようですが これも まるで

キリストのようだと思いませんか?


全ては あなたへのメッセージです



もう一つ ドレスの色が 違ってみえるという 面白い報道を観ました


黒と青 それか 白金に見えるそうです


私には 白金にしか見えません 18%が白金で ほとんどの人は青黒だそうです


これは 脳の違いによって 意識の違いによって色が違って見えているようです


面白いですね


世界が幻想であるという そのものです









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ゴダールの新作を観賞してきましたが 非言語の世界

新世界の領域まで達していました


昨日 世界をありのままに見る 排泄物として見ると記載しましたが

同じことが 映画にもあり シンクロしている やはり鏡だなぁ・・・

なんて思いながら ゴダールが言語の領域を超えたことに

嬉しく感動した一日でした



ゴダールも映画にて 人間は世界を見ていない

犬の眼は 人間よりも優れていることを 伝えていました



私たちは 意味を概念を創りすぎてしまいました


今は(神への帰還を目指すもの) それらを破壊する時です


もし 今 あなたの周りに 何か問題だと思うことがあるとするのなら

それが 今の あなたにとっての最大の気付きとなります


もし認知症の人がいて記憶を失うことに恐れているのなら それが気付きです

記憶を過去を記憶する必要はあるのか? 本当は 失ってゆく方が正しいのでは?


もし耳が聞こえない 眼が見えない そんな人が周りにいるのなら それも同じ

もう外の世界を聞かなくていい 見なくていいのだと教えてくれているのです


人それぞれ 何かしら 解釈はあるにせよ 自分にとっての問題 反応は

真我への気付きでしかありません


恐れは自我の栄養となります 恐れることはありません


世界は意識です 恐れてしまうことは 未来に恐れを創ります


自我は依存が好きです 悩みも好きです とにかく なにか問題を探し解決しようとします


自我に意識をむけるだけ 悟りは遠のきます


毎日 少しでも多くの時間 意識を思考を停止するように心がけてみてください


あぁ 今 また思考しているな・・・ そんな感じで 見つめる意識を もう一人

つくってください


そうやって観察していくと 自我は弱ります


そして 判断してしまった時も 判断した自我を否定しないでください


どんな時も 否定はしないで ただ 判断しちゃったなぁ・・・ そんな風に観察してゆくと


だんだん 自分でリズムがつかめてゆきます


そして 私たちは 自動で 意識を操縦することができますから(思いこみ)

その作用を逆説的に利用していくといいです


毎日 世界はあるのか?空間はあるのか?私は誰か?

考える自分から 感じる自分へ  もう否定はしない


そういう言の葉を 繰り返し脳に言い聞かせると アップデートしていきます


普段の口癖なんかも じっと観察してみると 絶対こうだよ!とか普通はこうでしょ!とか

なにかしら 当たり前である 自分が正しい的な見方 世間の常識的な思考 概念が

いっぱい見つかると思います


それを じっと見ていると あ・・・ 私は こんなことも決めつけている・・・なんて

気づいてゆきます


車の運転や電車で 突然わりこみされても 何も感じなくなります


マナーがどうとか 言わなくなります



そして 段々 鏡世界の実感がわいてくると 否定しないの意味がわかります


否定が どれだけ 自分(本体)を傷つけていたのか わかります



でも わからない時でも とりあえず 否定はしない方がいいですよ


波動の法則でもありますが 因果応報 必ず もどってくるのですから







ゴダール パンフレット あらすじより


テーマはシンプル

人妻と独身男が出逢う

二人は愛し合い 口論し 叩き合う

一匹の犬が街と田舎を彷徨う


季節は巡り

男と女は再会する


犬は気づくと二人のもとに落ち着く


他者が個人の中にいて

個人が他者のなかにいる


そして登場人物は3人になる


かつての夫が全てを台無しにし

映画の第二幕が始まる

第一幕と同じようで それでもどこか異なる


人類からメタファーへと移り

犬の鳴き声と赤子の鳴き声で物語は終わる




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今の自分は 少し前の人間的自分から 遠く離れてゆく感じです


一緒に 精神磨きをしてきた友人が 今日 メールで 11歳の少年事件に

判断して反応する心があると言っていました


今の私には あの事件でさえ ただ 見る それだけでした


人間的感覚でいた私は 正義感もあり美しいものが好きでした

世界を平和にしたいと思っていた


けれど 今は よく分かります


こちら側にくると 世界が 窓の向こうの映画世界に見えてきます

それは 心の投影です


窓の映画劇場内にいると 世界でおきることに意味を判断をしてしまいます


しかし 劇場から退場すると 本当に違うのです


紗鳥の森に いらしてる皆様は 真我 無我 悟り そのような道を歩んでいる

方々だと思います


私は 予知 超常現象などを経て ヨガ ヒーリング あらゆる幻想世界を

歩んで今の境地に戻ることができました


しかし ここに居ることもできます 二世帯住宅が 完成したような感じでしょうか


いつ あちらに還るのか分かりませんが 次の自分(あなた)の為に 少しでも

書き残しておこうと思いました


________   線 これが 二極世界の思考です


線をひくことで 世界が生と死 善と悪 あらゆるものが生まれてきました


これは 判断する心によって生まれます


どうして判断するのか?自我はそう思うからです 自分を正当化するのが自我です


線の世界を円 ○にしてゆくことが 無分別の第一歩です



そうですね では この文字を見てどう感じますか?مَوْت 

感じませんよね?

意味を知らないからです


これは 死という意味です


死 この文字では 冷たいとか・・・厭な感じしますか?


それは 意味を知っているからです



では お手洗いにいって 排泄物を流す時 その物をちらっと見て

流しますよね?


排泄物に 感情ありますか? かわいそうだとか 思いますか?


ただ 流せるでしょう? 


この世の現実 出来事を 排泄物と同じように ただ 確認 意識から流す


これが 真の見方です


雑草を踏んで泣きますか? それが アリさんなら泣きますか?


雀なら? 猫なら? 人間なら?


あらゆるものに 固定概念があります その概念により人間は判断 反応をしています


今 何かに対しかわいそうと思うその気持ちが かわいそうな現実を未来へつくります


それをやめたら かわいそうな現実も消えます


道元さんの春は花 夏ほととぎす 秋は月 冬 雪さえてすずしかりけり


相田みつをさんの雨の日には雨の中を 風の日には風の中を


宮沢賢治さんの雨にも負けずにしても 同じことを言っています


そのままを見るのです


痛い時は 痛いを感じてください 寒い時は寒いと感じてください


風邪にしても同じです なぜ人間は 風邪をわるいと思うようになったのでしょうね?


本当は身体にとっては 良いことが内側でおきているのに・・・


くるしいことは いやですか? 寂しいことが いやですか? それはどうして?


楽しいことだけをしていたいですか?



ありとあらゆる瞬間に疑問を抱くようになってください


そして いつの日か 己さえも 疑問にしてください


最後の最後 自我消しの最終段階には 私は誰か? この問いは 

最強です 私は この私は誰か? マハルシの教えを何度も問いました


自我は燃え尽きます








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今年2月に 突然 津留さんを再読し 津留さんが光になる直前

最後の講演CDを聴いていた


1999年の講演 あの年は 今 思うと確かにアセンションが起きている


当時の私は まだ未熟であり卵状態であった


エヴァンゲリオンも流行しノストラダムスの年でもあった


1999年の津留さんの講演では 2012年 人間は二つに分かれ

今までと同じ世界を生きる者と 新しい人間への道に進む者になると言っていた


そして2013年 個であるという意識はなくなってゆき時間のない世界に突入すると


16年の時を超え 今 津留さんのメッセージの通り 自分がいることに納得する



そして 津留さんの生誕日でもあった2月22日 にゃんこの日

私は 高熱をだした その後 気づいたら 自我が燃え尽きていた

まだ 少しは居ると思うが ほとんど感じられなくなった


先日 相方と映画のDVD観賞をしていた際 なぜか 字幕と日本語が3分おきに

交互になるという 不思議な現象がおきた


元々 私よりも 温厚な相方が いらだっていたのに 私は 何も感じておらず

ただ 映画を静かに鑑賞していた 

以前なら 私がいらついていたであろう


記憶の遠のく父はTVを見る際 チャンネルを 永遠に変える

リモコンは宙に浮いたままで チャンネルがとまることはない


以前は これにも 少々 いらだっていたが 今は 何も感じなくなっていた


姉にしても 今朝も 大量メールがさっそくはいっていたが 相変わらずなにも

感じない自分がいたし どんな質問 愚痴にも 淡々と答えていた



昨夜 瞑想をしていて 新たに気づいた


人間の身体を 透明な容器に例えると 自我は容器の中 空間に漂います


自我というのは総称で 想念 意識の数だけ ミニ自我が存在します


自我という霧が容器の中に充満している状態が普通の人です


そして充満した容器は その容器自体が本体であると思います


浄化とは 自我を消してゆくことですが 霧をとる掃除機のようなものかも・・・


ヨガ 茶の湯 華道 芸術 何でもいいのです 自我というものに意識が

向いてゆくことが 最初の掃除になります


どんどん霧が晴れてゆくと その奥に何かいることが分かります


完全に霧が晴れた時 背中側に ぴったりと 小さな 小さな存在 眼があります


そうですね ど根性かえる ぴょんきちさんみたいに ぴったりと 張り付いています


そして その小さな眼(これは 実は大きいのですが) 世界は反転しておりますので

小さな眼から 身体の内側が見られるようになります


その内観は 私は まずギリシャ神殿とエジプト ピラミッドを彷彿しました


その眼から ぐーんと意識を 上昇させて身体の目(窓)の外を見るようになります



それで 昨日 分かったのが この小さな眼が どこに繋がっていたかといいますと


その眼のドアの奥には 無限の世界がありました


入り口はピラミッドでした



あれ? と思い 絵に描いてみると フリーメイソンのマークになっていました




あれれ? フリーメイソン モーツアルト魔笛?と思いだし・・・



あれれ? 魔笛は3 3つの試練 最後に神殿に入る・・・



あれれ? これって 今じゃん! 全て 内側じゃん!って 



この世界は夢のまた夢なんです



ややこしいけど  まず 背中が入り口なんです 

この外が現実 


入り口にいる 小さな小さな存在が真我 でも この小さな存在の居るところは

すでに夢の入り口


そして 空であるスクリーンに 無数の自我が発生した


それが映し出されたのが現実という 夢のまた夢 現実は鏡になっていて・・・


あぁ・・・・書くだけでも こんがらがりそう・・・ まさに鏡の国のアリスです



とりあえず いつか この境地にくる人の為に 書いておこうと思いました



  

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マハルシの言っていた ただ 在るという感覚が 今はよくわかります


早朝から 姉のメールに対応していて 在りし日の自分だったら こんなに

常に 何もなく 穏やかでいられなかっただろうと 思い出しました

そして いつの間に ここまできたのだろう・・・ そう感じました


姉との対話は 自我的には つっこみどころ満載ですが 今の私は

何も感じません


Aが姉 Wが私


A 眠れません つらいです 


W 眠る必要があるのでしょうか?

眠れない その状況にただ いなさい


A 障害者施設にいます

そこも 追い出されそうです 助けてください


W その状況にただ いなさい

助けてもらえません どこにいても同じです

お経 感謝 ただそれだけをしなさい


A 文字がうまく書けません


W うまく書く必要がありますか?


A 人と話せません


W 私は毎日 瞑想して過ごしています

人とは 滅多に会話しません 


A 捨てるものが分かりません 掃除がすすみません


W 1年使っていないものは いらないものです

考えずに 捨てなさい


A くるしいです 助けてください 


W くるしいと思うのは誰ですか?

楽しいことだけをしてきた結果 そうでないものを今 見ているだけです


A 見たくありません 助けてください


W エゴに意識を向けると エゴはどこまでも増えます

ただ 今 起きることを見る ただ見る そこにいなさい


それしか道はありません


今見ている世界は 例えるのなら お菓子を好きなだけ食した

後のゴミを 見ているだけです


A こんな意識の低い私とメールしてくれてありがとうございます


W 私には 判断する心がもうありません

低いとか高いとかは 存在しないのです ただそのものを見ています


A 自我の掃除にかかります




このような感じで対話していました


以前の私なら 心の中も 頭も もやもやしていたことでしょうが


今の私は 少しも変わらず 平穏でいられました




エゴはEGO エッジングゴッドアウト つまりは自我(鋭い思考)が

神を追い出すのです


ただ 静かに 瞳を閉じ 瞑想していると そこに本当の自分が見えてきます


誰でも いつか その源へ還ります


身体が神殿だという意味も実感できます


そうなった時 世界が まるで 家の中(身体)から 眼(窓)を通して

見ているだけだと分かります


小さな小さな私が中にいるのが見えます

その眼で 大きな神殿の外を見ることができるようになります

窓を見ない時 音で 嵐だとか雨だとか鳥のさえずりが ただ きこえてきます



空間ができると どんどん神殿の内側が見えてきます


今の私のように 必ず 見えてきます


だって あなたは 私なのだから


私がなったのだから あなたもなるのです





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自我という意識で 言の葉を紡ぎ その限界を感じ もう書くことは

できないと思っていた


だが 今 私は また 違う私という存在で 今ここに存在し書いている


自我が弱くなるにつれ 本当の自分が強くなってゆく


どんなことに対しても 感覚が違ってきている


昔の感覚を忘れつつある


私には 20年間 助けを求め そして助けてきた姉がいた


姉は 好き放題の人生を送ってきた


他者に求め 厭なことは何もしない 自我に埋もれ 結婚し 子供を3人もち 

家を買い 猫 犬を飼い

人間的な暮らしを 物にあふれた暮らしをしてきた そして 20年かけて 苦しみを

増やし 精神隔離施設に数度入院し薬まみれになった


その姉を 昔の私は 自我は すぐに問題にしていた

自我の固定概念で判断し こうしないといけないと思考していた


けれど 今は もう違っていた


数週間前から 姉は 私に大量のメールを 送ってくるようになった


自我最終放棄を開始したあたりからだった


その数は一日で100を超えた


内容は 助けて 助けて お願い 助けて 地獄だ 死にたい 苦しい


そういう言の葉が 永遠に続いた


昔の私なら その言の葉に反応したが 今の私は違っていた


その言の葉に判断も意味も反応さえしていなかった


むしろ 滑稽にさえ思えた 下手な役者をみているかのような気持ちであろうか・・・


今朝も 姉のメールは早朝から 私は猫を二匹捨てました 家族にひどいことをしてきました 感謝など忘れていますとか 自己否定と懺悔が綴られていました


昔の私は 猫を捨てるなんて!そう思ったに違いありませんが 今の私は それに対しても判断 否定を 一切しませんでした


完全に 私の中で 自我は 力を失っていました



そして 姉に対して 昔の私は 知識を教え 意識を変えようとしていましたが

今の私は 何もしません 


彼女が会いたいと 何回もお願いしても 私は会いません

断り続けました 


電話したいとお願いされても したくありませんと断りました


彼女が死にたいと言ったら 私は 死にたいのが願いなら そうしたらいいと言いました


死にたい 死んで幸せになると思っているのなら そうしたらいいと言いました


私の意識が完全に変わり対応が変化したので 彼女は 死にたいのは生きたいからということに気づいたと言いました



そして 次に変化した彼女はどうしたら 地獄から抜けられるのか 訊いてきました


私は その意識をとりなさいとだけいいました


彼女は 多くの自我を 私に見せてきました


孤独です 子供が旦那が厭です 寂しいです 苦しいです 思考できません

食事ができません 話ができません 眠れません


たくさんの できませんを 私に告げました


昔の私なら その言の葉に耐えられず 負のエネルギーを受けていたことでしょうが

今の私は 何も 受けず ただ その空間に存在することができました


私は 言いました


幸せとはなんでしょう? 世界は鏡です 意識です

考えるのをやめなさい 歩きなさい お経を読みなさい 感謝しなさい


相手が どんな状況 人であれ 同じ意識を伝えました

以前の私は この人に言っても分からないだろうと判断していましたが

結局 判断していたので 理解できない人がいただけです


彼女の発言に対し 心から 私は 何も感じなくなっていました


かわいそうとも思わない 自業自得だとも思わない 助けたいとも思わない


だからこそ 20年過ぎて 彼女は 初めて 変わりたいと思っています

そして あまりにも多い ゴミ屋敷のような自我を消したいと思っています


20年 何もしなかった人が 20年ですよ





そう これが鏡の世界の真相です



どんな出来事も もれなく 自分の心が創造しているのです


世界を平和にしたいと願う心が戦争をうみだします


かわいそうだと思う心が不幸をうみだします


救いたいと思う気持ちが 困った人をうみだします


全ては 自作自演なのです



意識の階段はどこまでも どこまでも 自我がなくなるまで続きます


今の私だからこそ 書ける言の葉がここにあります


私たちの中には たくさんの小さな自我が在ります


それを映し出しているのが世界です


否定するもの 反応するもの 人 出来事 それこそが あなたの見逃している

自我ですよ


厭だと思うことから 眼を放さずに 正面から向き合っているとね


厭なことは消えてゆきます これは体験済みですので 本当です


もし嫌いな芸能人がいたら その人の動画を ずっと見てください


嫌いを味わい尽くしたら 何も感じなくなりますから



意識の螺旋階段をあがると 同じ言の葉の意味は 意味を変え 意味を変え

それを繰り返します


どんどん変化します それがパラレルワールドということだとも分かる時がきます









いま ここ以外 どこにもない


簡単すぎて難しい パラドックスな世界


いま 今だけに集中する  いつか 皆が その意味を

理解する時がくる


今というレンズ カメラで撮影された過去が現実


現実は 過去の写真でしかない幻想


その幻想を眺めることは 死体を眺めることと同意である


現実とは死なのだ


排泄物なのだ


この言の葉の意味が 段々理解できる日が 必ずくる


世界は 一人でしかないのだから



誰かを救いたいと願う気持ちが 救いたい人を創造している


誰かをかわいそうだと思う心が かわいそうな人を創造している


善だと思いこんでいる概念が 悪という概念を創造している


全ての判断を捨てさりなさい 


身体も心さえ あなたではないことに いつか気づく時がくる


このパラドックスに気づいたものだけが  ここに天国を創造する


どこにもない NOWHERE その意味そのままに 天国はどこにもない


NOWとHEREの間に空間を作る つまり無でいること 今ここでいることで


ここが天国になる



今 ここ  天国は ここにあるということを 理解しなさい




https://www.youtube.com/watch?v=3hRBDfB_Niw&list=RDMM3hRBDfB_Niw

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毎日 不定期更新な紗鳥の森に 多くの方が(わたし)

訪れてくれておりましたようで 今までの感謝と共に

私が最後に 気づいたことをお伝えしておこうと思います


私たちは 皆 浦島太郎でした

龍宮城で 幾多の時を超えてきました


いつしか 本当の世界さえ忘れ 帰ることすら忘れてしまいました


自我はこの世が好きです 依存します

この世の依存症をみても わかりますよね

アルコール 喫煙 賭け事 お買い物 様々な依存症も脳の病だと

分かってきています


しかし なぜでしょう?どれだけ 欲しいものを手にしても満たされません

家族 友人 ペット 家 お仕事 名誉 洋服 車 知識・・・


どれだけ手にしても 満たされません


それは どうして?


この繰り返し 依存 幻想世界を抜けたいと思う魂は 

もう 帰る道を探しています

そうでない人は まだ 自作自演の幻想を楽しんでいたらよいのです


この世は自我と真我の闘いです


それは 在ると無いの闘いです


2000年までは在るの方が強かったのです

しかし 世界は反転しました


空間 時間 世界 他者 あらゆることに疑問を抱きはじめました


今 この2015年にて 古い思考で生きておられる方は 辛い人生に

なっていることだと思います


捨ててゆかないと それは増えてゆくことでしょう



忘れないでください


世界は全て あなたの心なのです

もれなく あなたの心です!


もう 何事にも否定 判断をしないでください

それは 自分を否定 判断しているのだと

気づいてください


ここに来ている方は 皆さん 正しい気持ち 正しい心を

すでに知っている方々でしょう 知識ももうあります

ですから もう答えを探さないでください

三島由紀夫の何もない庭 そのものです


何もないのです 何かあると自我が思いこませてきただけです


この世界は 自作自演なのです

質問をする 疑問に思うことに答えるのが自我です

答えることで 世界にそれを創造します


いいですか!全ては自作自演なのですよ


ですから これからは質問だけをしてください

世界はあるのか?

私とは誰?ここはどこ?

空間はあるのかってね?


何か厭な出来事があった時  いらいらしてしまったら

それに対して どうしてそう感じたのか?どうして?そう質問してください


質問に集中するのです 答えなくてよいのです



そうすると 宇宙の法則が変わります


今までは 答えていた世界です 自我の答えです

質問をして答えを探す(本を探したりネットで検索したり)

質問をし答えるという世界が繰り返しだったのです



質問をして 答えない それだけで 世界の仕組みは変わります



忘れないでください


神は無です そして 神はあなたです


世界は一人なのです


見えている世界は あなたの心をうつしているだけです



津留さんは動画もあります


龍宮城から出るには 津留さんを反芻して見て聞いてください



考える自分から 感じる自分へ・・・



昨日 二回 大きな地震がありましたね


それは 内側が 揺らいだ証です


これを 今 見ている方  もし これを見て 反応 判断しているのなら そう その心 自我をしっかり見てください


周りは あなたなのです 


あなたの反応するものは あなたが 気づく自我をうつしているだけにすぎないのです



もう それないでください わたしも あなたも・・・



もっと もっと内側へ



私たちは 何かすることもないのです 


何かしないといけないと言うのは 自我でしかありません


救うのは 自分だけです


そして 自分が救われ覚醒すると 世界もそうなっているのです


それに気づいてください



誰かと 討論したりすることは 遠回りです


だって その誰かは 小さな自我同士なのですから



忘れないで わたしも あなたも 



津留さんは 必要なことを 全て残してくれています



もう 手記は書かないと思います


もしかしたら 書く時があるのかもしれませんが



あなたも 私も 共に内側へと進みましょう


あなたは 私であり 私は あなたなのだから



いつも 一緒です



















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10年ほど前に 初めて津留さんを知った時 私はそれなりに

彼のメッセージを理解していたつもりでした


それからも 多くの方の書を読み 知識を蓄えてきました


知ってしまった上で 捨てる段階にきた今 また津留さんを見ていると

違う感覚でしみこんできます


如何に 都合の良いように 最後の砦だけは 自我が明け渡したくないと

拒否してきたのか 今は よくわかります


自我は どこまでも 何かしら良いわけを見つけ説得し 知識で本当の目覚めを

防いできました


この幻想世界で 私には いつも同時に同じ感覚を鏡のように照らし合わせる

友人がおりました

昨日 私は 幻想世界において  見落としていたものに気づきました

彼女も気づきました


お互い 津留さんを読みながら 何度も読んでいるのに 自我がそのメッセージを

拒否していたことにも気づきました


それは 自我が思い出されては困るからです

完全に思い出し認められると自我は消えるからです


でも 私と彼女は 忘れないようにお互いに 伝え合いました

津留さんは何度も教えてくれていました



私は 自分の人生を振り返りました


どの地点で 人を否定し判断するようになったのか


小学生の頃 母親が自殺しました


それは とても哀しいことでした


母親は 最後の方 姉にくるしめられていました


私は 母を救えなかった気持ちと 母をくるしめた姉を憎みました


父は父で色々と癖のある人でした


こうやって書いているだけでも 言い切っている自我の気持ちがたくさんあります


姉は 努力をしない人でした 親の反対する借金だらけの男と結婚しました

結婚して お金もないのに家を買い 贅沢をし 子供を3人もうけました


その間 幸せではないので 常に私に助けを求めてきました


私は20年 助けてきました 


しかし 姉は 変わりません 精神異常になり 今では 起きることも 考えることも

何もしません


昨日 姉は 助けて助けてと ずっと言ってきました 私は 断りました


罪悪感を感じていながら 色々な気持ちを感じながら 断りました


姉は 私にとって 私が 拒否 否定するものを 全てもってきてくれていました


無神経はだめ 人に迷惑をかけてはだめ  なまけてはだめ 醜くてはだめ

借金してはだめ 子供を産んでほったらかしにしてはだめ  意識が低すぎるのはだめ

努力しないのも 泣きわめくのも 自我を見ないことも 変わろうとしないことも



いっぱい いっぱい 私にとってだめだめな人でした


でも 津留さんに気づかされました


だって これも 私が創ったものなのだから

 

自分を否定をしていたのだから


こうやって 書いていることも  もう違和感ありすぎて 限界になってきました


もう内側にしか 何もない


人に伝えることも 誰かを 少しでも覚醒させたいと思ってきたことも


それも 違うのだと


津留さんも 全てを書き残して消えてゆきました


私も もう書くこともありません


最後の今日は 自分にとって 最大の苦だと思いこんでいた 姉について書きました


懺悔のような感じですかね


もうすぐ津留さんの生誕日 2月22日がきます


津留さんは世界を目覚めさせる為に この日を選んで生まれたそうです


彼のHPを是非 見てほしい


ここに来てくれた人たちに 津留晃一の光を 受けて目覚めの道へと向かって

ゆけることを祈っております



世界は一人なんです


全て 自分の創ったものと認めない限り終わらない


アルファでありオメガです


否定 判断するものから 攻撃 いたみを受けるのです


否定しているものは自分なんです


反応するものに意識を向けてください


小さな反応 感覚の生まれる瞬間を見られるまで


いいですか 忘れないでください 神は無なんです


何かあるのは神ではないのです


どうか ずれないでいてください 私もあなたも・・・


知識と自我に負けないでください


鏡は悟りの具にあらず 迷いの具です



外在世界は 死です すでに終わっている結果です

そして それは あなたの 私の心です


もう 思考によって 道に迷わぬよう あなたも 私も・・・








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世界は どこまでも どこまでも 自分の意識なんだと・・・

理解したつもりでも  まだ自我が 私の中に存在していて

その闇を 照らしています


津留さんのメッセージに もう悩みのなくなった あなたにとって

「反応」だけが 変換人へ至る最良の道なのですと そして 感情がおこる

以前の些細な反応に気づくことが 最終段階なのだと・・・


反応・・・


私にとって 最後のカルマは罪悪感です

つらいという人を助けないと拒否すること 無視すること 

助けてきたからこそ 拒否することが罪悪感でした


今日 そんな試練がありましたが 私は 何回言われても 断りました


お願いですと言われても 無理ですと


その間 心に生まれる罪悪感に気づきました


この心に気づけて良かった・・・


まだ 判断している心があったのだと・・・


反応する心は 判断している瞬間でもあるのだと・・・



助けなくてもいい 罪悪感を感じることが判断なのだと



今の 私の中に 悩みはなく 思考もほとんど白い状態ですが

まだ 消化できていない 判断している 感情があるのでしょう


世界の全てを 本当に100%受け入れない限り それは自我を使用して

都合のいいように鏡の世界を理解したつもりであるのでしょう


私の中の 少ない自我は まだ その状態です


まだ 私は いつも誰かを笑顔にしてあげたいとか思っているし

良いと思うことをしていようと思っている・・・


いいこと 綺麗なこと やっぱり まだ それがいいと思っている


反応することがあった時 その反応(不快感)は なぜ起きるのか?


もっと細かくみていかないと・・・



家族は仲良くなくてもいい 何もしないだらけ者がいてもいい


人に迷惑をかける人がいてもいい まだ 心から受け入れられない

感情が あることに今日気づけました


大きな進化です


反応(不快)なものは 気付きのチャンスであり 古き思考から抜ける

チャンスなのです


全ては 自分の為に起きること


全てに感謝です




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現実世界で起きるあらゆる現象は 我々の内側にすぎません

誰かの想いが 複雑に絡み合って あたかも存在するように

見えているのです


私の内側の現象としては ホワイトアウトです

The Endのオペラには ホワイトアウトはエフェクトじゃない

そういう歌詞があります


特に ここ数日は朝 起きてから 一時の間 ホワイトアウト状態で

自我の私という意識を その真っ白な空間から 探しだすことが

困難になってきました


私と思っていた自我が ほとんど溶けて 目覚めてから こちらに

また戻ってくることが とても変な感じになってきました


ホワイトアウトの状態は無であり永遠です

津留さんはホワイトノイズと説明しておりました


ホワイトノイズをラジオに例え説明されておりました

あなたが 車にのって ラジオの音楽を聴いているとして

山の中に入ってゆきます どんどん・・・

ラジオはどうなりますか? ノイズになりますよね


それがホワイトノイズです  ホワイトノイズは全てが存在する

周波数です無です  どこかの周波数に合わせると また音楽を聴くことが

できます これが有です


どこかの周波数に合わせるということは その限定された世界しか見せません

人間でいう周波数とは意識でしょう


色でいうと 全ての色を混ぜると白になります


光では消えてしまします


目の前で どんなに悲しんでいる人がいたとしても 相手が どんなにくるしいのだと

訴えてきたとしても  人が殺されても 誘拐されても 何が起きても それに

感情という判断をしてしまうことが 未来にそれを創造してしまうことになるのです


じゃあ ほっとけというのか?


助けたいと思うのなら 助けたらいいのです


しかし その後 哀れむ心や同情している心を捨てるのです

その心 意識が また 同じような出来事を創造します



この段階まで ついてこられる人は 少ないかと思いますが それはそれでいいのです



私も自我が弱り 時空 時間 記憶が 融合し始め  少し 自分という存在の記憶を

取り出せなくなってきてはおりますが 思い出せる範囲で 自分という存在の軌跡

そして それは 悟りへの道で誰もが通る軌跡を記しておこうと思います


悟りへの最初の段階として 芸術や美しいものを追求するようになります


五感が研ぎ澄まされ 六感が目覚めてゆきます


六感が優れると他の人にはない能力が目覚めます

そして それを特別だと勘違いします


その後 誰かを救いたい 世界を救いたいと思います


一時 数年 人によっては 何十年奉仕活動をします

この段階では 条件付きの愛ですので 感謝されることで奉仕をしています


しかし 誰かを救いたいという願いが 救わないといけない人を

創造していたのだと気づきます


世界が鏡であると知ります

鏡の世界を少しだけ理解している状態では 鏡はうまく見えておらず

結構長いくるしみがあります


その後 世界が鏡であるのなら 自我を消そうと無になろうとします


少しのあと 悟ったかのような 悟り体験のようなものがあります


これが悟りだと歓喜する者もいます

そして それを また 人に伝えてゆこうとしますし


そうでない者を非難します(自我がまだまだいる証です)


この状態も 数年 何十年と人によって違います


自我の優越状態でもありますが それもいつか終わります


この先が 最もつらいです 多くの覚醒者も ここで自我の罠にはまります


自我として生きてきて 自我を超えることは 本当に無理だと知るまで

この罠からでられません


自我をどうにか こうにか消したくて あらゆる人の思考を知ろうとします

本を読んだり 話を聞いたり・・・


これが トリックです


自我は無になりたいという 問題をつくります それは永遠に続きます


無になる必要がないのだと気づきます


ここまで来たとき 無気力感があります 自我がほとんど弱っているからでしょうか

人生って 何もない 幻想 自作自演だったのだと 痛感します



この後 判断しないで生きてゆこうとします


それでも 自我はまだおりますので 判断することがあります


判断する時に 観察意識をもてるようになりますが まだせめてしまうこともあります


これも罠です 


その先 判断もせず ただ 感じるようになります



私には まだ この先は 分かりませんが ただ感じるようになるテクニックは分かります


いくつか例として お話を記載してみます


そうですね イスラム問題をTVで観たとき どう思いましたか?


きっと多くの人は かわいそうだとか 残酷だとか・・・恐怖を感じたでしょう


ここがポイントです そう感じるから また その現実がうまれるのです


これに対して なんてひどい・・・そういう人もいるかもしれませんが

その意識が そのひどいを創造します


いいでしょうか・・・ 感じることを選択してください


イスラム問題をTVで観ました あなたは どう感じましたか?


心の中心が 冷たくなったですか? ぴりぴり感じていましたか?

ふるえていましたか? その感覚だけを感じてください

感情をつけないでください


思考をとめて 感じてください



いいでしょうか・・・



そうですね


あなたの愛する人が あなたの誕生日前に プレゼントを用意してくれているのを知ります

あなたは嬉しいなぁと思います

しかし そのプレゼントがなんと浮気相手のものだと知るのです

あなたは 怒り 悲しみます


このような出来事が起きた時 観察するところはたくさんあります

プレゼントを見つけた(自分のと思いこむ自我)

勝手に歓喜する

浮気=わるいこと ひどいこと(私を裏切るなんて・・・)

愛はずっと続くという誤解 相手の心がいつも自分にあるという誤解


まぁ たくさん たくさん こういう意識が それらを具現化します


では 感じるとは?


プレゼントを見つけます 心は わくわく ぽかぽか


浮気を知ります 心は ざわざわ 冷たい




このような感じで ただ 感じてください 感じているだけで 判断していないのですから

世界に判断した結果は カルマは もう生まれません



最後にThe End オペラ動画がありましたので添付しておきます


浄化してゆく歌詞と音です


とりわけ好きな歌詞をいくつか記載しておきます


死んでるように見える?

それとも眠ってると思う?

どっちもそんなに変わらない


ホワイトアウトはエフェクトじゃない

光が溢れて 何が消えるの?

光が何か ものにあたる

その光を見て 存在する でも 今 光は溢れて消えて

あなたも わたしも 何も見えない


でも わたしはいる

わたしとはだれ?


さわれない 話せない きこえない 見えない

まわれない とめどない つかめない 追い越せない

何もない わからない つなげない 進めない

忘れない 忘れない 忘れない 忘れない


自分の声しかきこえなくなっても

なんとなく ふるえる 空気かんじでる


きこえない さわれない 遠くて近くて 

自分とあなたの区別もつかない





https://www.youtube.com/watch?v=13cAkC2-yGI






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