☆パラダイムシフト☆新たなる夢現世界へ☆

下記サイトにて、数年前に執筆した私の小説『無花果の幾可学』を読むことができます。
 少々エロティックですが哲学小説です。http://slib.net/a/178



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7月は ものすごく激しいメリーゴーランドです

内側も外側も浄化 消去が激しすぎて 目が回ります


毎日 あらゆる物を棄てています

今日はピアノを売りました

明日は家にあるオーディオセットを査定人が来て買い取りしてくれます

粗大ゴミセンターには 頻繁に電話をかけ 様々な物を廃棄してもらっています

近所の人が見たら 引っ越しか?と思うほど すごいです

もう どんな物も ゴミにしか見えません


大事だった書物の山も 三島由紀夫でさえ 全て棄てました

レコードやCD とりあえず 自分のは棄てました


自我が消えてゆくほど 物を棄てたくなるのか?

それとも棄てるから自我が消えてゆくのか?

もうわかりません


書籍やレコードは買い取りしても良かったのですが もう とにかく早く棄てたい
ただ それだけで お金も どうでも良くなっています


食事も 減ったので 1月で体重も5キロ 減っていました

体重も軽く 自我 思考も軽く 物も軽く・・・

遺品整理 終活をしているような気もしますが なくなってゆくほど本当に
平和で穏やかで幸せなのです


何を言われても どんなに失礼なことをされても 何も思わないのです


今まで もやもやしていたことも いらいらしていたことも 何もないのです


どんどん自我が消えてゆくほど 本当の自分がつよくなっています


そうなってくると 世界のことがわかってきます

自分が神だということがわかってきます


誰かに光を送るとか 癒すとか 世界を救うとか 


何かしらの能力があるとか そういうのは 全て 的外れだとわかります

そして それらを否定することもなくなります


自我を超えると 創造していない内側の空を感じられます


全て知っているんです 自分は 思い出すだけです

外側にむいている 限り それは理解できません


生活をシンプルにして 呼吸を意識してゆくと 今に存在する意味が
わかるようになります

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繰り返し繰り返し自我を見つめていくと 観察者という存在がしっかりと確立されます

そうなってきますと 自我オンリーであった脳内 内側が 相撲のような
状態となります

自我と観察者の相撲が始まるのです

自我オンリーですと 観察者は土俵にあがることもなかった状態と言えますし
土俵の存在すらしらなかったとも言えます


観察者がいるということは 空間ができるということです

自我との空間

そして やっと相撲がとれるのです


過去 自我は 横綱(白鵬さん)のようなイメージですね

実際の現実でも 相撲は いつもエネルギーの流れにそって 行われてきました

昨日から初日ですが マヤ暦でいうところの時空のない日まで試合は続きます

このメッセージにお気づきなら 自我との相撲を強化していこうと思うかもしれませんね


そもそも 自我は あらゆる感情に存在します

大きなものですと 見えやすいのですが  小さな自我も浄化してゆくと だんだん
見えてきます

これは現実のお掃除と似ていますよね

お掃除をしていない家よりも している人 綺麗な家の方が よりお掃除しているという事実

それは小さな汚れが 綺麗で目立つからです

自我を見つめてゆくと 本当に自我は色々と思っていることを知ります
忙しいですし 騒がしいです

一生懸命 何かをした時は誰かに見てほしい 知ってほしい 褒めてほしいと自我は思うかもしれません


自我にとって考える災難が起きたときは 何で私が? 何でこんな目に? ひどい・・・などと
思うかもしれまん

自我にとって 良いことと思えることをしている時は 優越感や満足感など感じているかもしれませんし 逆に良いと思うことを否定された時は なんて失礼な!とか こんなにしてあげたのに・・・など思うかもしれません


自我の最大の特徴は 攻撃をうけたと思った時に すぐに攻撃することです

プライドが傷ついたとか 酷いことを言われたとか そんな時は すかさず相手にとって
何か文句や発言をしたくてたまりません


家族が 電気をすけっぱなしでいた後 注意するのなら それは まず電気がもったいないと
思う自我を見つめること(有限であるということをその思考が電気代を創っている)
そして 注意した時の相手 その相手を攻める(責める)という瞬間 相手は 悪いと思ったり
弱くなったりしますが その弱るという感覚を嬉しく思っている自我がいるのです


えー そんな 自我いない・・・ そう思っているだけで います 実際に自我は不が大好き


年老いた親や 小さな子をお世話している自我は 偉いと思われたいとか いい人と思われたい
逆に何で私が・・・なんて思う人もいるかもしれませんね

身体 金銭 物質 知識 何かしら 他者よりも 自分の方がもっていたいと思う自我は
もっていない人をみると優越感を感じています

どんどん 小さな 小さな自我と観察者の相撲が続いてきますと 観察者の方がいつしか
横綱になってゆきます


何かに対して 発言をしたくなった時 まず 言の葉にする前に 内側の自我を見つめて
みてはいかがでしょうか?
どうして それを言いたいのか? 満足したいから?納得したいから? 否定したいから?
安心したいから? いつもごめんねと言われたいから? ありがとうと言われたいから?

そんな風に 自我を見ていくと 発言が変化します

発言が変化するということは 現実が変化します


我々は 毎日 どれだけ気づく目覚めるかで 意識の螺旋階段を上昇できるかが変わってきます

毎日 同じ思考 行動 意識 感情 それを変えてみてください

自分が正しいという意識 それが 間違っています


身体もあなたではありません 心もあなたではありません 感情も・・・


あなたは あなたを捨て去った時 自分に目覚めるのです


エックハルト ニューアースの朗読ですが 自我超える為の内容で
おすすめです  最初から最後まで 良い朗読ですよ


https://www.youtube.com/watch?v=0vO-eNCLRv4&list=PLx5P79dfRGSE8kdOApjghxR6-F3EycHPV&index=9


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毎日 棄てても棄てても いらない物が出てきます
どれだけお掃除しても 気になるところが たくさんあります

この頃 家と家具 まるごと 何もないお部屋と交換してほしい
衝動がやみません・・・ 正直 竜巻がきても 嬉しいと思います

今まで 宝物や財産だと思っていたものが ゴミにしか見えず
本当に違和感しかありません

これは 内側のお掃除とシンクロしています

どんどん綺麗な白になるほど 小さな汚れ(自我)が目立ちます

常に観察者がいる生活にも慣れましたし 24時間 鏡であるという
事実を忘れることもなくなりました

そんな中 昨日 父が 突然 今までの記憶が全て戻って 思い出したよと
謝ってきました

私が 思い出してゆくと 外側の父の記憶も同じで思い出すようです
まぁ鏡なので当たり前だと
思いつつ 認知症も幻想でしかないと 思いつつ・・・少し 驚く自我もいたり・・・


先週は 古い奥にしまってあった自我を見つめて過ごしました

今まで 許せていなかった遠い過去の記憶や 我慢していた感情などを
掘り起こし 納得がいくまで 自我の好きに 発言(独り言ですが)させて
あげましたし ジャンクなカップヌードルなど 食してあげました

自我は満足して 今は もう すっかり 過去のつらいことや記憶も
忘れてくれました

ここ数日は お掃除して物を棄て自我を棄てる中で 身体もいらないと
思うようになりました

実際に 身体があるという概念があるから あるわけで 本当は 光なので
ないと思うと 光になるような・・・

そんな気がしてきたのです

食も不要に思い 物も不要に思い 身体も不要に思い

何もいらないを願う この段階にまできたら 一つに戻れる 心構えができたという
感じもします

目覚めて一人 全てが 夢であったということに 驚かないよう
まるで 今から慣らしているかのような・・・

それとも こうやって 棄ててゆくことが プロセスなような・・・


どちらにしても 古い生き方には 何も魅力を感じない 人間らしくない人間に
なっています


今朝 気づいたのですが 今まで 好きだった お花を見ても猫を見ても 今までとは
違って 冷静に見ていました

好きとか嫌いとか そういう感情が 消えていました


ただ 在るという目線が 初めて実感できました


褒められても 意地悪言われても 同じように 聞くようになりました

何も感じない ただ 在るという生活になってきたように思います

あと ふと思ったのですが


私という言の葉は わたし 渡し
英語では I あい 合い 愛

何となく 愛を渡すと わたしと合体できる 

そんな気がしました


ちなみに 先日 徹子の部屋で ゴルゴさんが 日本語は あいうえお
愛あい から 始まっている

そしてそれは 母音である

最後は おん 恩で終わっているので 愛を恩で返す・・・

そんなことを言われておりました


至る所に メッセージがありますよね





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6月に最終浄化が始まり 7月に完全に 世界は二つになった


そう確信していたら 本当に 世界は どんどん変化していて

いなくなる人は いなくなり 自分がありのままでいいのだという

世界がどんどん見えている


鏡世界という事実を より体感している今日この頃です


概念を棄てるという選択をしてゆくと 意識の具現化もより

鮮明に加速し具現化されてゆきます


今は 食事を 一食にして  少しだけの白米とお魚一匹

おからに人参とキュウリを入れたサラダ 青汁1杯なのですが

青汁を 温かい牛乳で飲んでおりましたが 先日 急に 牛乳を

やめて豆乳にしました


すると 次の日 朝の報道にて 学校給食から 牛乳がなくなると

言っておりました


そして 一つ前の手記に 物がいらなくなって 寝床と机くらいで良いと

記載したのですが 今朝 NHKにて ミニマリストという 一切物を置かない

人たちの 特集が放送されていました


すごいことです・・・



菜食→小食→不食  綺麗好き→断捨離→ミニマリスト


世界が どんどん 何もないを楽しむようになってきています!


すごいです!わくわくします!


ギリシャの破綻によって お金に対する価値観も 変わりそうです


もう何もない時代がやってくる


何もないことが素敵な世界 何もない 自我もない 本当の世界


毎日の生活で 少しでも反応していることに気づいたら その自我を

棄てるチャンス! どんどん 棄てて 軽く自由になってゆきたいものです



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人間 知識 物質 空間 環境 食事に興味がなくなり

どんどん 軽くて自由になってゆく


食事に関しては とても不思議な感覚を体験しています


とりあえず 家族の食事は作るので 毎日 スーパーにも

行きますが 食材の多さに 驚くようになりましたし


なんだか へんてこな空間に居るような・・・ とても不思議な気持ちになります


大量に食材を購入している人を見ると 少々 気持ち悪くさえなります



家族の食事は三度で 私は とりあえず お昼に スプーン大さじ1の

ご飯と おからサラダ あとはお魚のみです


それだけでも お腹いっぱいです


二週間 この食事にして 4キロ減りました


今まで 如何に 無駄に食していたか・・・


独りでしたら きっと もっと食事をしないでしょう


食事を完全にしなくなると 暇になります


買い物も不要ですし 料理も お片付けも不要です


お金も減りません


二週間 あまり食費代を払っていない気がします


実際 内側が満たされていな人ほど(昔の私もそうでした) 

たくさん食事をしますし 間食もします


しかし 恋をしたり 誰かがなくなったりすると 食事をしないこと

ありますよね


意識なんですよね


自我を棄てて 内側が満たされてゆくと 本当に 満腹感なんですよ


丸一日 食事をしない日も 全然 お腹はすかなくなりました



昔 ヨガをしていて 断食をしていた時は 意識が違ったので辛かったですが

今は 面白いです


自分の概念が崩壊し どんどん進化してゆくのが 楽しいです


今は 食事を アクセサリー程度に考えています


してもいいし しなくてもいい 



人に逢うときは 雰囲気で してもいい・・・ そんな感じです



どっちでもいいという感覚 中庸 ニュートラルが 本来の自分な気がします










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6月は これでもかと思うほど 物質を棄て意識を棄てましたが

7月は 白くなった袈裟を より白くするかのように また棄てさせる

出来事が起きています


棄ててゆくほどに 己の進化を感じずにはいられません


以前は アンティークな物や古い電化製品 家具を大切に

思っておりましたが ここ最近は なんて 邪魔なんだろうとか・・・


正直 何もいりません


家の中のものを 椅子と机と寝床以外は いらないと 心から思えます


お掃除も 見えない所 隅々 綺麗にしたくてなりません


人間に対しても 同様で 以前は 知性溢れる人が好きでしたが

逆に 今は 知性が 如何に 自我をつよくしているのか 知ってしまったので

そういう人を見ると 何とも不思議な気持ちです


持っている人を見て かわいそうに思えるようになりました

この かわいそうという言の葉も 特に感情はありません

卑下している訳でもなく ただ その状態を 在るとして 

見ているにすぎません



知性 感情 キャリアや名声 お金 高価な物 多くの友人やら家族

持つほどに 夢の世界を彷徨うという事実・・・


ここ最近は身体と意識が如何に 直結しているのか 実感しています


内側が 空である状態が続くにつれ 外在世界のあらゆる物事が

絵空事に思えます


幼き時代に おままごとで 食事をしたり お医者さんごっこをしたり

あの 感覚と似ています


身体の中が 食も意識も 空である方が 平穏で幸福だということに

驚きます


しかしながら 昨日 これでもかと思えるような試練 困惑する出来事に

意識が流され イライラを内側で感じてしまいました

その後 自分の内側に どよめく煙を しっかりと確認しました

そして 無意識的に 動作が荒くなるのも 目視しました

感情が表面化した時 何となく アイスを食したくなりました

そして 感情のまま アイスを購入し お腹に入れましたが

その後 イライラは 少し続きました


身体と自我 意識が 直結されているのを 実感した瞬間でも

ありました


近年においても 人間の意識進化はすごかったです


少し前は 電車で喫煙もしていましたし 飲酒運転やポイ捨ても当たり前でした


お買い物は 昔は 個人商店 その後 スーパーや大型モール 今では

ネット クリックで家までお届けですよ


ネットなんて 意識が繋がる訓練としか思えませんよ


あぁ これ欲しい クリック お届けですよ


アンドロイドやドローン アイパッドなんかも すごいです


20年前の人が見たら SFですよね


大昔からすると 歩いて旅行をしていたのが 新幹線 モノレール

飛行機で 時間は 短縮されています


そう考えると 近未来 瞬間で移動なんていうことは 同じように可能なのでは・・・

と思えます


今 人間は 確実に 二つの人種が存在しています


未だに 過去と同じ意識で 生きている人と

自我を棄て 進化の道を歩む人と


間違いなく 進化を選んだ人は 己の神を目覚めさせる道を

歩んでいるのですが  意識 肉体 どこまでも 身魂磨きは必須です


その孤独で険しい道の先に 未知であり 元の自分が存在するのでしょう








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日に日に 己が進化してゆくにつれ 世界のありよう

心のありよう 様々な変化がみうけられるようになりました


人 物 意識 感情 食 そして己という個人に ほとんど

興味がなくなり 


全てにおいて あっても良いし なくても良い 


そう思えます


とりわけ 食事への概念を崩壊させてからは 脳が覚醒しているのを

感じずにはいられません


大気 自然 オーラ DNA あらゆる匂いを感じます


そんな感じで ここに来られる方が 何を求めているのか 今朝

感じたことが 一つありましたので 今こうして書いております


多くの方が 言の葉は理解していても 実際に体感してはおりません


誰もが仏の教えを知っていると言います


しかし それは 知性(自我)が知っていると言っているにすぎないのです


体験してこそ 真の理解となります



悟りの世界 目覚めを知った人は よく ありのままでとか ただ在るという

言の葉を耳にするかと思いますが その意味が 咀嚼できていません


あなたは そのままで完全です


何者にもなろうとしないでください


こう言われても いまいち分かりません



ですので 少し 分かりやすく表現してみます


我々は 人間として 多くの自我がありますから 何事にも無意識に

判断をしてしまいます


否定する己の心が 哀しみや苦しみをうみだしています


何か 己にとって 辛い出来事が起きたとします

ありのままでいるというのは この辛いと思う出来事を 体験することです


ここで 多くの人がとる行動は 逃げることです


辛いので気晴らしに 誰かと逢うことや お酒を飲んだり喫煙したり エステへ行ったり


これが 何かになろうとする瞬間なのです



もう一つ簡単な例でいいますと


お部屋で読書をしていると 近所の子供が 家の前でサッカーを始めました

それは もう 騒がしく 本の内容など はいってきません

あなたは その内いらいらするかもしれませんし


すぐに その空間から 立ち去って出かけるのかもしれません


この状況では 騒がしい中に ただいるという 行動のみが

あなたのままで ありのままでいる


そういう意味です


騒がしいとか 辛いと思うのは あなたの心なのです



そう思うから そう思う現実が 瞬時に創られてゆくだけです


人は 判断する上で 楽しいことは良くて 厭なことを排除してしまいます


それが ありのままでいることが 出来ない原因なのです



それだったら 人生 つまらない・・・ と言われそうですが


つまらないとかいう気持ちも自我です



ただ 世界の法則を受け入れる勇気があるか ないかだけです


我々は 元々が 完全な神でした


不自由を体験してみたかった ただそれだけです


世界が深層心理で繋がっていて 脳が少ししか使用できなくて

意識が現実を創造するというゲームを 自分自身で創り 自分自身が

ゲームの中へ入ったものですから 全てを忘れてしまっただけです


この世界を体験しつくしたら 目覚めるようになっていたのです


自我世界を満喫した者は 自我の放棄を選択していますよね


しかし そうした選択をしていない人も 強引に そうなるように

人生で大きな出来事が起きていると思います


日常の中で 楽しい 嬉しい 哀しい 悔しい あらゆる感情が起きたとき

冷静に なぜそう思っているのか 観察者を24時間 配置してゆくと


どんどん この世が 仮想空間であり 諸行無常なのだと 実感できてきます


変わるか変わらないかは あなた次第です


いつ変わるか 今でしょ! って 林先生が 言っていますけどね(*^_^*)


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ここ最近 食事は 一食で 基本 お豆腐 おつけもの 

海草をいただいておりますが お豆腐スタンプを使用することで

とても 楽しく 満足していただけております


毎日 三度 きっちりと 食事をしていた私が 今月になり 

食すことを やめたいと思い 始めた 食しても良い

食さなくても良い生活は 本当に楽しく?魂が嬉しいような

どんどん 概念が崩壊されてゆき 今までなかった 感覚が

でてきております



食事を変えてから まず 良かったことは 肌が綺麗になりました

きめ細かく 肌が綺麗と 出かけても言われるようになりました

長年悩んでいた 脚のむくみや あらゆる不調も消えました


そして なにより 複式呼吸でいられる時間が増え

今という時を 生きられる時間も増えました

過去や未来へ意識が飛躍することは少なくなり 鑑賞者としての己を

しっかりとつかめるようになりました


食事をほとんどしないのに 一日 よく活動し 運動もできますし

やつれているどころかお顔も他者によると元気だそうですし

以前より綺麗になったねと言われました


先日 早朝から 運動がてら 歩いておりましたら10年以上

逢っていない友人の匂い(オーラ)を感じました


懐かしいな・・・なんて思っていたら その数時間後 スーパーの入り口で

出逢いました 友人は驚いておりましたが私は あぁ・・・ なるほど・・・

と思いつつ 己の嗅覚が研ぎ澄まされたことに気づきました


人以外でも ふと  このお魚の名前は 何というのだろう・・・

そう思考した後 アロワナだときこえ あぁ このお魚は アロワナなんだと

分かったり


この葉は何だろうと思考すると 葉が よもぎと答え(そう感じるのです)


愛用している石けんがなくなったと考えたら

その数時間後 相方が その石けんをくれたり・・・


夜中 野良猫が 呼んでいると思い お外に行くと やはり じっと

座って待っていたり・・・


喫茶店に出かけ カウンターに座り 目の前にある 芸術品を見て

この作品 素敵で好きなんだよねと会話すると 隣に 作家さんがいたり・・・


今 思う 今 感じることが そのまま そうなるという出来事がだくさん増えてきて


あぁ・・・ 流れってこういう感じなのだなぁ・・・ 脳が覚醒してゆくって こういう感じなんだ・・・

どんどん自我が消えてゆくと 全てが感じられるのだと・・・



そして本日は 仲良しの 友人が 熊本から逢いにきてくれ ランチをしながら

自我を消してゆくこと概念を崩壊させること 今からの世界には 

それが 進化の鍵になるというお話を永遠とし その後 次の目的地へ移動しようと

したのですが・・・

右折しないと その目的地へつくことができないのに  なぜか右折させて

くれない車が現れ 友人が きっと左折して目的地を変更しろと言われて

いるんだよと言ったので きっとそうだねと 道なりに進みました


そして 道なりにある県立美術館に入ることになりました




まず 「いま ここを巡って」という 文字が 私たちを出迎えていました


あぁ・・・ やはり・・・と思いながら 


中に入ると まるで 私たちを待っていたかのように 新聞記者の人が

数人 取り囲んできました


写真を撮影され 現代アートについて 質問をされていました


私も友人も 違う記者にそれぞれ話しをしていました


私は最初は 何を話せというのか・・・と思っていましたが 口が勝手に動いたのです

それを自我の私が聴きながら話していました


現代アートって どうして?という作品が多いですよね

それって 固定概念を崩壊させるきっかけになるんですよね


話は自我消去や覚醒へと続きました


記者の方は とても 興味をもったようで 熱心に それも概念の崩壊のくだりを

何度も確かめていました


そして ある一枚の気に入った絵があり 私は ふと 作家名を見ました


池田龍雄さんでした


池田さん・・・ 実は 数ヶ月前 東京からお見えになった際 私 お逢いしたんです

それに いつも 私は龍に縁があるんですよと 記者の方にお伝えしたら その方

とても驚いて 名刺をくださいました


じつは 私 名前が龍二なんですと・・・


そして もっと 面白いのは 私の友人が竜二だったのです


その後も 気に入る絵を見つけたのですが その絵も 知り合いの人だったり


シンクロが止まりませんでした


帰りに友人が プレゼントをくれましたが それがまた 猫さんが鏡を見ている置物


ナルシスの絵のように・・・己をのぞき込んでいる猫さん・・・


世界は 己の意識なのだと 確信できた一日であり 意識が確実に波及し 

この先 己が進化するほど より波及されてゆくのだということも 実感しました



今日の記者さんは 鹿児島の人でしたので 鹿児島の人が 記事を見て

少しでもインスパイアされると 面白いなぁ・・・ そう思えましたし

全てが 神(真我)のシナリオ通りなのだと・・・


私は とにかく 捨てて 捨てて 観察者として生き 今に集中するのみだと

決心がより固くなれた一日でした


 










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本日は夏至であり エヴァンゲリオンにて シンジ(神の子)が

エヴァに初搭乗した日です


全てがシナリオ通り 人類補完計画にむかっていますね


ここ最近 昔のことを思い出したり 振り返ったりすることがありますが

今までの どの瞬間も 今に至る為に 本当に必要であったのだと痛感します


6月は 試練も多く つらいと思うこともありましたが

無意識的に毎日 大掃除をしておりました


本当に とりつかれたように 朝6時から夕刻まで お掃除している日もあり・・・

人生初な 大掃除の毎日で・・・


しかし外側を綺麗にすると 内側が より鮮明に見えてきて まだ こんな感情があったと

思っては 物質を見て まだ こんな不要な物があったと捨てる


外も内も 捨てて 捨てて 捨てて 捨てていくうちに どんどん軽くなっていた


そのうち 世界のあらゆることが 本当に おままごとに見えてきて


お隣さんや近所 家族仲良しそうな様子を見ていると なんか 家族ごっこに

思えてきて 忙しくしている人も 必死な人も ごっこに見えてきて・・・


お金も 昔のおままごとの感覚で ただの紙に思えて 本当に いろいろなことが

幻想なのだと・・・


そうなってくると己さえ 存在しないのだと 段々 実感がわいていた


食事も 数年前から 好きだった フレンチやイタリアンを食さなくなり

毎日 サーモン お野菜 お豆腐 海草 同じ物を食していました


ここ最近は 食すことさえ疑問になり 父の食事を作って 己は飲み物だけ

一日一食 お豆腐やおつけものくらいで よくなって


むしろ 無理して食しているような気もしてきていました


こだわり食→菜食→小食→不食




これって 自我と同じだと つくづく実感・・・


全てが 概念だったんですよね


だからこそ どんどん していなかったこと それは 自我を消して存在することですが


食も不要 思考も不要 人も不要 娯楽も不要


最後には己も不要



そうなって アセンションしてゆく気がしてなりません


まぁ した時には 己は 消えているのでしょうから 今 この課程のみ

私(個人)での 記録や 意識が健在なわけでして



誠に面白いゲームですね



我々の脳は ほとんど未使用であり クラウンチャクラも未使用


概念をはずしてゆくことだけが 覚醒の鍵であるでしょう


その大きな壁が 自我です


唯識では 第1から第5識が 五感 6識が心 7識が自我であり

その奥に8識 アラヤシキ 全ての源があります


どんどん 自我消去への世界へ 進みましょう


津留さんの動画が このタイミングで たくさん アップされています


全ては 流れのまま シナリオ通り


https://www.youtube.com/watch?v=O1hm5H1cfss


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穏やかな夜に身をまかせるな


映画インターステラーにて 繰り返し引用される詩です


インターステラーは 時間も空間もない そして 世界はミクロでありマクロ

内側であるということを とても象徴する映画でした


いま世界から目覚めたいと思う人が どんどん増えています


鏡であると知り 現実という幻想が 舞台に見え 自分も他人も役者に

思えてくる生活が始まると もう ここから目覚めたいと思うのです


自分の意識が 投影されているのが現実なら 自我を消すのだという答えに

至ります

しかし ここからが 結構 難しいもので 自我で自我を消すという


判断が なぜいけないか

自我を消すことが なぜよいのか?


分からないなる人もいますよね


いいでしょうか 



元々 自分(そう思っている)存在など ありません

身体も あると思っているので あるだけです


麻酔をかけられたら 身体があるのに 感覚がないという体験をします

そう あるのにないですね


元々は 何もなかったのです


歴史を見るとよくわかります



自我を消すという作業をしていくと 自分にどれだけ依存 物惜しみ 執着 欲が

あるのかを知ります

苦しいと思う体験の時は 人はより心を見ますが 楽しい時はみません


楽しいというのは 本当は 危険です


なぜなら 何かを感じている時 つまり 楽しいと思う時は 同時に逆を創造しているからです

ですから 時間差か同時に 辛いと思う体験もします

 

哀しいと思う体験の時は 同時に 楽しいという世界を創造します



私たちは 五感と意識を使用する癖がありますので 瞬時に感情が生まれます


1 何かを見る 2 そこに意識が向く 3 それを見て過去の記憶と照らし合わせる

4 判断する 5 判断した意識が未来へ投影され




私たちが 夢のまた夢から 目覚める為に 与えられた アイテム ヒントは3つ


まず 皆 記憶はないですが 胎児の時は お腹にいましたね


つまり 帰還するところも お腹です


お腹は 丹田 複式呼吸 


我々は 意識しないかぎり 複式はしませんね


そして 第三の眼も同じです


内側に意識をむけた時だけ開眼します


これらが 目覚めるアイテムです


外側には 何もありません



自我は知識や情報を求めますが それは 何もならないのです


知識は どんどん自我がつよくなり 目覚めからとおのきます 


毎日の生活の中で 気をつけて自我を見張ることです


私はモーツアルトを聴いている→モーツアルトを聴いている→音楽を聴いている→

聴いている→在る


私は雀を見ている→鳥を見ている→見ている→在る


今まで 努力して学んだ知識 記憶 常識 あらゆることが 今は逆に障害なのです


認知症になってください


忘れること 物を捨てる 執着しない 逆を生きてください


そして もう 否定しない


自我を消せない己も否定しないでください


ここ最近 鏡の報道では コロナウィルス そして個人情報漏洩ですね


どちらもウィルス それは 内側でコロナ つまり宇宙のウィルス 個人情報漏洩は

個人が漏れているわけですから 個が全体になっている証ですね


報道もどんんどん 変わってきます




目覚めにおいて最も大事なことは 今 この瞬間が 最良なのですから

自分は 目覚めている存在であり神だと 信じきることです



悟りたい目覚めたいは 未来も 同じ 悟りたい 目覚めたいになります


この世は  夢の鏡世界

自分の意識は 鏡に反映され  感情 判断は 2つの世界を創造する


今 いま 今 いま 今を生きる


単純で難しく でも 単純ですから 外に意識をむけないで



最後に 鏡世界を思い出す有名な詩


色はにほへど ちりぬるを

我が世たれぞ 常ならむ

有為の奥山 今日超えて

浅き夢見じ 酔ひもせず

 

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