☆パラダイムシフト☆新たなる夢現世界へ☆

下記サイトにて、数年前に執筆した私の小説『無花果の幾可学』を読むことができます。
 少々エロティックですが哲学小説です。http://slib.net/a/178


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ブログを もう記載することはないと思っておりましたが今日の午後

目覚めようとされている多くの方の困惑されている意識を感じましたので

私が感じた世界の現状を記載しておこうと思います 


2014年3月31日をもって 真我は 自我と融合しました


皆さんも ご存じの通り 31日にて 長年続いてきた いいともが

終了しました


これが なにを意味していたのか?


いいともの司会者である タモリさんは 何事にも動じない 通常の人には

あまりおられない方です


彼は 正に 真我の象徴でした


いいともは 私達が 見ていようが見ていまいが 同じ時間に きちんと放送

されてきました


それは まるで 私達が 気まぐれで精神世界を学んだり瞑想していたり

する時だけ 真我にチャンネルを合わせていたものと似ていますね


いいともの 歌にもメッセージが込められていました


お昼休みには ウキウキウォッチングは毎日決まった時間に 真我を見つめるということ


ご機嫌斜めは 真っ直ぐには ずれてしまった アンテナ マイナスな

波長を笑いの波長で立て直すということ


昨日までのガラクタを処分は今を生きるということ


毎日 毎日 同じ時間に 同じチャンネルに放送されていた いいともが終了した

ということは 常に後ろに存在していた真我が 自我と融合し一つになったということ


タモリ(多くの森=外の世界=鏡の国の他人)


一義(一=皆が一つであるということ 義=正しい道 人間の行うべき筋道を意味します)


今まで 常に自我を見守っていた真我は もう見ようと思っても見ることはできません

それは いいともと同じです


自我が真我に呑みこまれたのです


鏡の国に気付いた者は 内観すれば それを感じることができるでしょう


そして4月1日から消費税が8%になりました


これが 何を意味するのか? 8 そのままです 無限∞ 常に真我の生き方に入りました


そして 本日 午前中 チリにて 巨大地震が起きました


地震がなぜ起きるのか?


私達の意識が 変化するたびに 地震は起きます


振動を起こして 震えを起こして 無駄な必要のない波動を振り分ける為です


巨大地震が起きる時は それだけ 大きなパラダイムシフトが起きたということです



これから 皆さんが 向かう世界は 何なのか?


そんなことを考えている人も多いようですが 思考は無駄です


ただ 静かに平和にいることだけを実践するのみです それ以外は 何も必要ではありません


何が起きても その状況を問題には しないことです


感情に呑みこまれそうになっても それを自分の感情であると認めないことです


日々の訓練で 真我の生活ができてきます


一日の大半 思考がゼロの時間が 増えてきます そして 永遠の0になります



今日 ふと 陽水さんの 夢の中へが 脳裏で流れました


この曲の通り 外に眼を向けている人には 何も見つかりません



探し物はなんですか? 


まだ まだ 探す気ですか?


あなたが 探しているものは 


あなたが 探すのをやめた時 見つかります




どうか 探すことを やめてください


あなた自身が エノクの鍵であるのです



求めよ さらば 与えん




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これから記載することは 世界が 鏡であるということに気付いた人への言葉です


世界は鏡であり 個人個人が興味をもつ人や物というものには 自分への大きな

意味をもっています


自分が あまり興味を抱いていないとしても この世の多くの人が好きなものには

大事なメッセージが隠されているものです


ひふみの教えにありましたよね 日本人は雛形であり要であると


雛形 つまりフィギアである中心 真央ちゃんは 私たちにとっては 一番の

羅針盤のようなメッセージなのです


彼女は 前回のオリンピックで涙して選んだ道は 完成された 自分の技術を分断し

再構築するというものでした 回転方向を変える


それは いまだ 誰も通らなかった道  ただ 単にメダルを獲得するということではなく

選んだ道でした


彼女が 回転方向をシフトした頃から 世界中で 自我と真我のシフトが開始されていました


それに気付いている者は プラス極へ そうでない者は マイナス極へと移行するかのように・・・


真央ちゃんは 今回のオリンピックで底辺と頂上を体験し そして メダルではない魂の感動を

皆に与えてくれました


それは 私たち(気付いた人間)の今の状況を意味しています


喜びと絶望 自我が生きる為に必要な感情です


先日の世界選手権で 真央ちゃんは無になれたと言っていました


そして 今までの練習してきたことを 今は 殆ど考えずに自分のものにできるようになったと

彼女は 引退への気持ちを半分だと言いました


それは コーチ達と練習できなくなるのが寂しいからだと・・・


全ては鏡 私たちは 今 自我が半分 真我が半分という状況にいます


1日の内に 内観することがふえ 無になれる時間が短くとも その源を感じています


真央ちゃんの言うように 私たちは今までの生活に少し未練があります それが半分

でも もう決めています


鏡の世界に気付いたものは 幸運なり


なぜなら それに気付くまで幾多の時を転生してきたのだから


それでは この先 どのように自我を消してゆくのか


それは 錬金術です


錬金術は マイナスな感情を金に変えること

全て 無である真我にとけこませること・・・


どうすれば それを取得できるのか?



1日の内で 少しでもいいから自我と真我を 区別すること 


真我は 常に自分の奥で静かに存在しています ということは 1日の内で

楽しんだり哀しんだりするのは 全て自我ということになります


何もない 平穏な状況に 中道にする癖をつけること


何か 感情が入ってきた時に これは私ではないと 何度も自分に言います


私たちは ホメオスタシスとういう 維持しようとする性質をもっています


今 真我に向かっている人の多くは 自分の中を平和にしようと試みていると思いますが


平和にしようしようと思うのも 維持したいということなのです


真我の世界は 維持はしません


自分を水槽と喩えればよいでしょう


水槽の中に 魚が入れられたり 餌が入れられたり ゴミが入れられたり・・・

色々なものが 入ってきます


それを 水槽は ただ眺めるだけです


真我は ただ 在るなのです


そこに 良いも悪いもありません 私たちは 環境の良い状況を維持したいです


でも それは 維持することで 別の場所で 環境の悪い状況を創りだしているのです



真我実現は とても とても難しい道 誰も通らない暗い道


でも 私たちが 辿り着きたい場所は そこ以外にはないのです


そこに辿りつくまで この先も転生を繰り返します


今 こうやって 気付いている私を含め 鏡の世界では 気付いている人が

増えています



雄弁は銀 沈黙は金



何をすることもないのです ただ 静かに 何もせず 自分の中を見つめるだけ


見る者は見られている  


その見られているものの正体が真我なのです










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この世は 誰もが鏡であるが 誰にでも特別な合わせ鏡が存在するのだと思う



私に とっての合わせ鏡が 三島由紀夫であったのだと 私は今日確信した



私が真我実現できる 唯一無二の鏡が三島由紀夫なのだと・・・



私が三島文学を読んだのは20代前半であったにも拘わらず 私は三島氏の愛した

ものと同じものを愛してきた それは まるで彼の魂を集めきたようにも思える


自分の幼い頃や親戚 様々なことを三島氏と照らし合わせていた


まず 私の母は三島氏とほぼ同じ歳で自殺をした そして母方の家系は英霊の声と

同じ様な霊的な家系であり リアルドグラマグラのような家系でもあった


祖父は総督とか?なんだか 三島氏の軍事的一面を彷彿とさせる


父方の家は 芸術家系 そして祖母は 元が没落貴族であったと聞いたことがある


私は 三島氏の一番愛した 馬年に生まれ 最後の作品での輪廻転生ヒロインと

同じ聡子という名をさずかった



私は 昔から 同姓の人と会話が合わず 異性でも あまり会話が合わないが・・・

自分を どこか男性のように思えてならなかった それは かなり自分を苦しめてきた


しかし 恋愛相手には男性を愛せ とても幸せであった もちろん今は一番幸せである


私は 三島氏のできなかったことを する為に 生きている気がした


彼の我慢してきたこと全てを・・・


彼は馬の次に猫をこよなく愛したが 奥様が猫が好きではなく結婚と同時に猫を封印した


三島氏の父上の書物にも 三島氏は旅行の際でも電話をしてきては猫のことばかり・・・

猫が好きで好きで 仕方なかったと書いてあった


今 私は 猫を溺愛し 猫 猫中心で生きている そして常に愛する人がいて真我実現を

目指している


私が 三島氏に共感できなかったのは ただ一つ 彼が自衛隊に入ったということ


それが 何を意味するのか 今は分かる・・・


三島氏は確実に アラヤシキの入り口まで到達していたが 最後に自決をしてしまい

最後の扉の中には入ることができなかった


私の中には その扉の前までの知識や意識が強い想いが確実に流れている


三島由紀夫という偉大な血と魂が そして その中にはかつてのゲーテやシュタイナーも

存在しているのだと思う・・・





三島由紀夫の短編 中世の於ける 殺人常習者の遺せる哲学的日記の抜粋よりという

長い題名の作品より 真我を悟っていたと思われる文章を以下抜粋


この言の葉たちの意味が 真我以外 何を意味するというのだろうか・・・



少し余談であるが このブログは 私という 一鏡が 鏡に発信しているにすぎない



全ては自分への問いかけであり そして 世界が鏡であるという事実を しかと受け止め

自分の気付いたことを記載することで 合わせ鏡が どんどんと己の姿をうつして

ゆくようにと 言の葉を綴っているだけにすぎない


それ以上でもそれ以下でもないのだ



それでは 三島由紀夫の素晴らしき言の葉たちを・・・

 



未知とは失われたということだ

俺たちは無他だから


創造も発見も恒に在ったにすぎないのだ


強いことはよいものだ

弱者は帰りえない

強いものは失いうる

弱者は失わすだけである

向こうの世界が彼らの目には看過ごされる


一つの薔薇が花咲くことは輪廻の大きな慰めである


君たちは発見したという

俺たちは ただ見るという


俺たちには限界がない

俺たちには過程がないのだ

俺たちが不可能をもたぬということは

可能をもたぬということ



未知へ?君たちはそういうのか?

俺たちの言葉では それはこういう意味なのだ

失われた王国へ・・・







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いつも 私が無作業で利用させていただいている

お気に入りの場所も 桜が満開でした



近くには いくつも公園があり どこも人が沢山いるのですが

私が 気に入っているここの場所だけは 本当に皆の目に

見えないのかなぁ・・・と思うくらい 誰も近寄りません


よって いつも貸切状態です



今日は 猫神さまが 登場してくれましたので


一人と一神で 無作業をしておりました




太陽が樹の隙間から見える場所が 好きで その方角を向き

いつも無作業をしているのですが どこまでも 消えてゆきそうに

なれます




この場所で無になればなる程 私の中で 確実に何かが変化

していくのを感じます


そう感じているということは 同時多発的に同じようなことを

感じている人が増えているということ



2011年から 私は この世の仕組みが少し分かってきていました


あまり得意でない人から逃げると 他の場所で似たような人に出逢うという

経験は誰しもしてきたことだと思いますが 昔は それはカルマ的なことで

生じる現実だと私は考えておりました


クリアしなければ 次もまた 似たような人が現れるというような・・・

まるで 課題のように考えておりましたが それは違いました


敵のように相手を見て倒すのではなく ただ 認めることだったのです 


私たちの世界は 家族という小世界から始まります


家族を見て 自分というものを確定していきます その瞬間瞬間 外の世界に

自分の感情によって他者が派生してゆくのです


苦手だと思う人への感情は通常よりも強い為  否定していることになり

他の場所でも より苦手な人に出逢うだけのことなのです


全ての自分が出逢う人は 自分の創造の産物と考えればよいのです


私は 2011年以降 新しい人々と出逢う度  その人と同じ匂いのする魂を

知っているという体験をしました


顔も似ていれば 食の趣味や思考も似ているので 奇妙に感じました


そういう似た魂との再開を数回繰り返すうちに 世界のトリックに気付き始めます


世界が鏡であるという とんでもない事実


私たちは 自分で 今の人口を増やしてきたようなものです

この世は無数の合わせ鏡のような世界であります


とてもとても 複雑怪奇な世界です


真我を見つめていくと何が起きるか?


トランプのシンケイスイジャクが起きるのです


どんどん消えてゆき 最後に一枚残る


それが 無(真我) 





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今日 午後 日課の散歩にでかけた時に

桜が 美しく咲き誇っていた 


桜の他にも 菜の花や雑草達 鳥や自然は

常に 人間を癒し 無償の愛を与えてくれる


ふと 目の前に 今は多くなったスマートフォンを

さわりながら歩く若者がいた


その姿は 美しいとは反対に瞬時に心を不穏にさせた


家に帰ると 父がニュースを見ており 増税前の買い物を

報道していた


人間というものは どこまでも 欲深く醜いものである・・・

そう思ってしまった


動物や自然とは違い 人間が1日生きるということは 

本当に沢山のものを必要とする


スタッフ細胞の女性が 脚光を浴びた時は 割烹着が売れ

ムーミンが流行ったとのこと


今では 彼女は 嘘偽りの罪人のような扱いを受けている


キリストの時も マリーアントワネットの時も ナチスの時も

三島自決の時も いつだって獣であったのは 多くの人間だった


エジプトの神が なぜ半神で現されているのか?


私は 今日 分かった気がした


私たちは 常に半分神であったのだ


私たちが 自我を中心に生きていけば 私たちは獣と化す


しかし 真我を中心に生きることができた時 神となれる


GOD 創造 破壊 操縦


自我を破壊し 真我を保て そして 神となる


未だかつて 達成したことがない この偉業に今 我々は近づいている


かごめかごめは 鶴と亀 


去年は鶴と亀のメッセージを沢山みました


羽生選手が脚光を浴びてから 亀は龍に変化していました


そして 鶴龍が横綱になりました


相撲は日本の国技 天皇は伊勢神宮に脚を運びました


日本人 我らが中心となり 真我実現を達成するのです






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早朝 脳内にて ミスチルの終わりなき旅が流れておりました



歌詞を知らない筈の私(自我)の脳内に鮮明と流れておりました





歌詞検索してみましたが 下記に記載しましたアイシャノースからのメッセージと同じことを言っておりました





時代は混乱し続け その代償を探す

人は つじつまを合わすように型にはまってく

誰の真似もすんな 君は君でいい



生きる為のレシピなんてないさ





閉ざされたドアの向こうに新しい何かが待っていて

きっと きっとって 君を動かしている



いいことばかりではないさ

でも次の扉をノックしよう



もっと素晴らしい筈の自分を探して





厭なことばかりではないさ さぁ次の扉をノックしよう

もっと大きな筈の自分を探す終わりなき旅







アイシャノースからのメッセージ今回もかなりシンクロしております



世界が鏡であるということの証しのような文章です



以下転記





皆さんがこの真新しいエネルギー周波数を浴びてからまだほんの少しの時間しか経っていませんが、もうすでに皆さんには深いレベルで変化が起きており、その兆しが現れています。



あらゆる面で明らかに変化を示している人もいれば、深くでは変化が起きていても存在の表層ではまだ明確に変化が現れていない人もいます。

皆さんはもうお気づきでしょうが、皆さんの全体性は驚くほど複雑です。

皆さんのうち、すべての層に繋がることができた人もほんの一部いるかもしれませんが、大部分の人はこのプロセスにもう少し時間がかかることでしょう。

繰り返しますが、これは競争ではありませんし、能力や腕前の有無を試すものでもありません。この壮大かつ複雑なプロセスにおいて、皆さんはそれぞれに異なった役割を担っているというだけのことです。皆さんは全員、いるべき場所にいます。



その中で、大部分の人よりも早い時期に知識の宝庫にアクセスする人もいますし、少し違った方法で導きを得る人もいる、ということです。

繰り返しますが、ここで偶然に起きていることは何一つありません。この方向転換のプロセスに関わっている一人一人が遂行している作業はどれもすべて不可欠であり、他の誰かが代わりを務めることもできません。



この巨大なオーケストラの中で、指定された場所を埋めるために皆さん一人一人が厳密に調整された独自のプログラミングを持っています。バイオリンを弾く人はいかに熟練した技能を持っていても打楽器の人と交代できないように、この壮大な銀河のオーケストラでは他の人と場所を交換できる人は誰一人としていないのです。



ですから、ご自分の「成功」を他人が成し遂げていないなどという風に、どうか他の人の音符を誤ったやり方で自分のものと比較などしないでください。すべての人がサクセス・ストーリーです。ただ、進んでゆく行程で、特定の場所、特定の方向で皆さんは成功を収めるのであり、他の誰とも同じ成功はありません。だからと言って皆さんの道が他の誰かの道と一致しないわけでもありません。



誰かと一致した道を進む時は、そうなることに意味がある場合ということです。ですから、ご自分の進む方向性が他の人々が一般的に進んでいる道から離れてゆくように見えても、それは皆さんが間違った方向に進んでいるわけではありません。立ち往生しているわけでも、脱落しているわけでもありません。ただし、内側の奥深くで自分の内なる導きにしたがっているとわかっている場合に限ります。

以前にお伝えしたように、ハンドルを握り、アクセルに足を乗せているのは皆さんです。ですから、いま皆さんにはハイヤーセルフから絶え間なく信号が送られていますが、その信号を無視することを皆さんが選べば、どこかで袋小路に追い込まれることになるでしょう。しかし、そんなことは全く別問題であり、皆さんなら自分の道を尊重しているか、内なる知識に反した方向へ進んでいるかの違いはおわかりになるはずです。



とはいえ、プロセスの現段階では自分では脇道だと思っていた道に突然、思いがけずに入ってゆく人も大勢いることでしょう。少なくとも皆さんの周りの人なら選ばないような道に行くことが考えられます。この道は穏やかで目立たない道のように見えていたのに、突然、とても魅力的な方向へと続く高速道路に変わる、ということもあり得ます。まさか自分がそちらに行きたいなどとは思ってもいなかった、そんな方向かもしれません。

つまり、このプロセスはまったく別の「状況」に変わったのです。皆さんや惑星を包みこんでいるフォースの領域、重力場の全体性は大規模な変化を遂げましたから、いまこうしている間にもたくさんの新しいチャンスが生まれ続けています。



真新しい自動車道が開かれたのです。長い年月の間、ずっと誰も使っていなかった道路が皆さんを手招きして待っています。これらの新しいハイウェイや脇道はとても興味深い連接部へと繋がっています。それはとても興味深い場所ですが、景色だけが興味深いわけではありません。言いかえると、皆さんは真新しい道路を行くように導かれ、その先にはゲートウェイ(出入り口)があります。完全に開かれていて、すべての人がアクセス可能な出入り口です。



ただし、これも皆さんがきわめて不慣れな新しい道路を進むと選んだ場合に限ります。

この新しい、誰も通ったことのない道路がどこにあるかを示す標識はありません。と言うより、明確なサインはありますが、「普通の」人生の生き方のようにはっきりと示されたサインがあるわけではありません。ですから、どうぞ深い部分を探究し、より一心に耳を傾けるようにしてください。



さらに、一目見た時にピンと来なくても却下したりしないように。つまり、オープンなまま、好奇心を持ち続ける意志を保ち、その姿勢に熟練せねばなりません。初めは不明瞭でまったく馴染みのないように感じるサインにも注意を払うつもりで、しっかり意図していてください。古く、誰かが通ってきた道のりもまだあります。



未知よりも既知を選びたい人はそちらに行きたくなることでしょう。ですから、次のステップを踏み出そうとする前に、少し止まってよくよく周りを見回しもせず進むようなことがあってはなりません。行く先には表面上には解決困難な状況だけが見えていても、実はそこに重要な経路があってそれが皆さんの旅を飛躍的に加速させる道かもしれません。ですから、いまは確かに評価・再査定・明晰性が重要な時期です。

では、なぜ大切な道はそんなに分かりづらくなっているのですか、と皆さんは尋ねますね。答えはシンプルです。分かりづらいのではありません。皆さんはまだ周囲の全体性を把握することに慣れていません。そのためには人間のマインド領域ではまだ達せない感覚が必要なのです。



皆さんが完全に目覚める訓練をしてゆけばそれは明らかになってゆくのですが、今はまだ見過ごす部分が多いのです。このプロセスの目的は眠っている感覚を目覚めさせることです。ずっとその感覚は備わっていたのですが、再プログラミングを受けたために皆さんがずっと無視してきた感覚のことです。この再プログラミングによって皆さんは実際の皆さんよりずっと小さい存在、大したことのない存在だと信じ込まされてきたのです。



使っていない筋肉の例えをもう一度使いますが、皆さんはそのまだ半眠状態にある筋肉をトレーニングしてゆく必要があります。肉体と同じく、皆さんの生来の本能はもうすでにフル活動している筋肉の方を好んで使いたがります。ですから、皆さんの存在の中で力の乏しい、使っていない部分を意識的に使ってゆこうと決めなければ、皆さん自身の進歩を加速してくれる情報を見逃してしまうことになります。

ですからもう一度言いますが、皆さんの状況でどちらの方向に進むにせよ、時間をとって座り、調べるということもせずに前に進んで行きたいという誘惑に負けないで、完全に目覚めるよう努めてください。どちらの方向にせよ、と言いましたが、単に水平に360°のことを言っているのではありません。上や下も含めていますし、何より内に向かうことも含んでいます。皆さんは真に多次元の存在です。ですが、多次元的に存在するトレーニングはほとんど行っていません。



ですから努力しなければ、これまで通りの単一レベルの存在でしかいられません。だからこそ、すべてが実に複雑化しているいま、その事実を認識するための時間をとることが計り知れないほど重要だと私達は言っているのです。そんなことは手に負えそうにないから見ないふりをした方がいいなどと決め込んではいけません。







今こそ、皆さんは、ようやく真に目を開くべき時なのです。皆さんの目が真に開けば、これまでの何度もの人生でずっと見つめていた薄くて愚かな幻想の向こう側が見えてきます。あらゆる意味において皆さんが本当に目を開けば-そして人間という存在の限界に定められた感覚だけではなく、皆さんに備わったすべての感覚をも使えば-やっと初めて、皆さんはフルの可能性をもって真に生きることができるようになります。

皆さんには驚くべき能力がずらりと設定されています。ただ、戸棚の奥深くで長い間忘れ去られた宝物のように、まだ未発見のままです。それがいま、扉が一気に開けられました。ですが、これまでの自分のままでいてこの宝物を見つけることができると思い続けるなら、その扉がそこにあることすら気づかずに通り過ぎてしまうことでしょう。



いいですか、その隠された宝物を見つけなさいと私達から強制することはできません。私達はただこれまで通り、その宝物の存在のことを伝えることしかできないのです。しかし皆さんが探究者となることを受け入れるなら、つまり今までの知っている自分自身を越えるために自分を押し進め続けるなら、目の前に横たわる宝物を必ず見付けることができるでしょう。そしてその時、皆さんはここに来た目的を知るのです。



皆さんは、本当の皆さんという神秘を再発見するためにここに来ています。古いバージョンの自分を超越する真実を発見し、すでに大いなる喜びを感じているかもしれませんが、まだまだ発見すべきことは残っています。

ですから、この好機を見逃さないでください。皆さんはできるだけ早い機会に初めて完全な存在となる準備が整っています。ですが、とらえ所のない道を探しなさい、という内なる声を無視していると、目にする中でたくさんの人が通ってきた一つ目の道をさっさと進んで行きたい誘惑に陥るかもしれません。その道が皆さんを正しい方向へ導くことはありません。皆さんが求めているのは、もっと隠れたところにあります。結局のところ、皆さんが見つけるしかありません。誰かがある日、偶然出くわして見付けるという風には起こらないのです。

もう一度言いましょう、探し求めてください。そうすれば、見つかるでしょう。ええ、その過程でフラストレーションも生じるかもしれません。初めに見つけた選択肢が唯一のチャンスという確信はないからです。焦燥を感じる人もいるでしょう、そのとらえ所のない宝物をもう少しで発見できそうだともう既に感じているでしょうから。ですが、その焦燥感こそ、皆さんがこの課題に献身している確かな証拠であることをわかってください。ですから皆さんは個人として大切な選択をしていない人々と同じ道を歩まないよう、努力をしていることをわかってください。本当の皆さんを見つけるためにはそれぞれに重要な選択をしなければならないのですから。

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三島由紀夫の暁の寺には 唯識が描かれてあります


私が感じる三島さんの人生は物質も内面もとことんこだわる

唯美主義者として生きてきた


それは かつてのロココ時代のようにのぼりつめていた


インド旅行にて 目の前で肉体を焼く様を目撃し ギリシャにての

アンティノウスとの出逢いが 彼を覚醒へと導くこととなった


三島由紀夫が辿り着いた人生の目的はアラヤシキ達成のみとなった


その一つの方法として 彼は自決という選択をした


自決の日に 豊饒の海 最後の原稿を完了させ

三島由紀夫 平岡きみたけ という二つの自分を完了させようとした


しかし アラヤシキ 真我実現はできなかった


なぜなら 今 こうして 自分たちが 存在しているから・・・


生きて無になること それ以外でなければ実現不可能な道なのだ


三島由紀夫が暁の寺にて残した 美しき唯識論を以下 抜粋する


我々は ふつう 六感という精神作用をもって暮らしている

すなわち眼 耳 鼻 舌 身 意の六識である


唯識論はその先に第七識たる未那識(まなしき)というものを立てるが

これは自我 個人的自我の意識すべてを含むと考えてよかろう


しかるに唯識はここにとどまらない


その先の その奥に 阿頼耶識(あらやしき)という究極の識を設想するのである

生は活動している アラヤシキが動いている


この識は総報の果体であり一切の活動の結果である種子をおさめているから

我々が生きているということは 畢竟(ひっきょう)アラヤシキが活動しているという

ことに他ならぬのであった


アラヤシキの活動にはあらゆる種子が植え付けられる


前に述べた七識が生の限り動き回る その活動の結果はもとより

そういう心法に伴われて ここに植え付けられるのである


この植え付けられることを衣服に焚きこめられた香の薫りが移るのに喩えて

薫習(くんじゅう)といい これを 種子薫習(しゅうじくんじゅう)と呼ぶのである


ところで このアラヤシキを それ自体何らけがれのないニュートラルなものと

考えるかどうかで考えの道筋が違ってくる


もし それ自体がニュートラルなものであれば輪廻転生を惹き起こす力は

外力 いわゆる業力でなければならない


外界に存在するあらゆるもの あらゆる誘惑は いや 心の内にもある第一識から

第七識までの あらゆる感覚的迷妄は その業力をもって影響を及ぼさずには

いないからである  しかるに唯識論は そういう業力のもたらす種子である業種子

関節因子とみなし アラヤシキ自体に輪廻転生を惹き起こす主体も動力も

二つながら含まれているのだと考えるのだ




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私は この世の自然界の産物では 鉱石をとりわけ

愛してまいりました


鉱石を見つめていると 一点から奥に導かれ永遠の時を

かけることができる・・・そんな気になってしまいます


面白いもので 自分の変化と共に 好きな鉱石の色も

変化していたことに今は気付かされます


10代から20代前半までは ガーネットを好み

その後 深い碧色のラブラドライトからアメジストに代わり

去年からは ルチルや琥珀になっておりました


どう考えてもチャクラの色を上昇してきたように思えます


写真の指輪は琥珀です


琥珀は樹脂ですが 鉱石と同じ魅力を放っております





今日 夢の中で アヌビス神が現れました


目覚めて アヌビス・・・何の神だったか思い出せず

Wikiで調べましたら 冥界の神でした


冥界という言葉は ずっと送られていた言葉


エジプト展にも 過去数回 脚を運んでまいりましたが

何度 見に行っても 過去のものとは思えなかったのです

パピルスの文字などは100年前と言われても 理解できない

産物です


最近 脳内で 時折聞こえる 言葉


忘れねばこそ 思いださずそうろう


忘れたことも思い出すことも一度もない つまり 常に今


常に永遠・・・


この世は 鏡の国のアリス


自分が思考をすれば すぐにそれは同時多発的に具現化される

それも合わせ鏡になっているので分かりにくい・・・


昨日 サッカーの試合が 無観戦という報道を見たのですが

あれは まさに 一つ無作業の作用だと私は思いました


自分が静寂になり無に溶け込めば 一つ一つ 世界の何かが

静まってゆく


未来も過去もないということが 分かってゆく


今朝のニュースでも 逢ったばかりの人をあやめるという報道があり

キャスターはなぜ 逢ったばかりの人を・・・と言っておりましたが

時間は関係ないと教えている気がしました


10年だろうとも50年だろうとも 今と同じ


時間とは ________ ではなく ・



この ・ 奥に永遠がある


だから エジプトもロココも宇宙も ・ 今 にある


ここ数日で 私は 思い出せてきている気がする


忘れていたことを




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去年の秋頃から 私は無作業の生活へと移行した


それまでは 毎日 何かしら忙しく過ごしていたし何かを

しなければならないという 意識の連鎖に呑みこまれていた


今 思えば 心は常に外の世界を見ていたように思える


何かを得ては 何かを失う その繰り返しをしては その度

一喜一憂していた


今まで 運動などしなかった私が 去年の11月頃に 自ら

運動靴とジャージを購入することとなる


お天気の日には 近くの高台にある運動公園へとでかけるようになった


歩いている時に 無になれる自分に気付いた


それは とても気持ちのよいことだった


そして 高台にある 隠れたように存在する森の中の ベンチに座り

瞑想をするようになった


桜の樹の匂い 太陽の匂い 近くの池から 漂ってくる独特な濁った水の匂い

自分の足を動かす度に聞こえてくる枯れ葉のこすり合う音 

そこかしこから聞こえてくる鳥のさえずり 遠くの方から聞こえる飛行機の音


その空間にいると 私は ただ ただ 今という時間でいることができるようになった


心の中が静寂になると 奥の方から無の空間が現れる その空間と自分が一体となる


その感覚を味わった時 私は確信したと同時に 遠いかすかな記憶の糸を紡ぎ出す

作業を始めていた


 

この人生において 私は まず宇宙や芸術を愛した それから気付けば独自の

精神世界を歩んでいた


いつからか 人を救いたいと思うようになり カウンセリングやボランティアをした


ヒーリングをするようになり世界は 波長の法則であると知った


その後 マヤ暦やシュタイナーに没頭した いつしか 世界が鏡だということに

気付いた 世界が自分の意志でできているということを知った


それでも 植え付けられた自我の強さは 魂の覚醒を阻止しようと記憶を忘却させた


都合の良いように解釈し自我を消滅させないように外の世界へ精神をむけさせた


心のどこかで 私は いつも今回こそは・・・卒業するんだと・・・そんな感情を

抱いていた


それは 遠き日の自分の強い意志であるのだと 私は感じていた


今の自分は覚えていないけれど 過去の自分は同じような人生を幾度となく

繰り返しては 次こそは・・・ そう想って転生していたのだと思う 


シュタイナーが 超感覚を得るための実践として 毎日 一つの植物を

観察するように教えていたのだが・・・ 今日 その意味が分かった


私たちは 幾度となく転生をしている 覚えていなくとも それは行われてきた


繰り返し同じ目的を果たすためだけに転生していたのだ


今の人生において 誰しも一度は思ったことがあるであろう 

毎日が同じ様な日々の繰り返しであると・・・ 何の為に人は生きているのかと?


私たちは 毎日 死んでいるのだ 短く死に 転生をしている


なぜか? 目的を果たせないから ただ それだけ・・・


では 輪廻転生とは? それは この世の身体に限界がきた故 転生して

同じ目的を果たすこと


シュタイナーが同じ植物を見よと言ったのは 明らかに 植物は日々生長し

朽ちてゆくからだ 私たちの時間軸よりも遙かに早いが 短く死んでいる

自分たちを想起させることができる 


世界が鏡であるという事実を 今一度 しっかりと受け止めよ


なぜ 今 統合失調症が多いのか 認知症が多いのか?


世界が鏡であるということは  それは自分なのだ


統合 つまり ひとつであるということを忘れている

そして 忘れているということを忘れている


思い出せ 思い出せ


なぜ リュウグウノツカイが 陸にあがってきているのか?


それは 皆が浦島太郎であったということ


我々は ここに何の為にいるのか? それは ただ 本当の自分を

思い出すため 


その証拠に 我々は 何を手に入れても満足しなかった


お金 名誉 家族 恋人 仕事 趣味 芸術 自我という巨大な扉に

隠された真我である魂を目覚めさせることが 一番の目的だという

ことに気付かなかった


修行をすれば・・・悟ことができれば・・・ 何かが訪れれば・・・


いつも いつも 外に目をむけてきた だから 我々は満たされることがない


いつか超人になるのでもなけでば キリストの再臨もないのだ


私たちは いつだって完全体だった 一度も不完全だったことはない


自我が不完全に思わせ 記憶喪失にさせていただけだ


今こそ目覚めよ


何度も何度も 自分へ問いただせ 


自分は誰なのか?


自分は夢を見ているのか?



自分が完全であるということを思い出せ


完全に思い出した時 あなたの中にキリストが現れる


あなたは 私で 私は あなた


全てはひとつ  



今までの古き思考を捨て去れ


真我実現のみが 我らの願い


その方法は 静寂のみ


方法なき方法


ただ 心の中をからっぽにしてゆく


ひふみが伝えたように ○の中の、を消してゆけ


それだけが 扉を開ける鍵となる



全ては自分が創り出した世界


忘れるというゲームの中で思い出すミッション







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ザ・グループのメッセージによれば 新星地球二年目にして

異例な速度にて 新しいポータルが開かれるとのこと


4月24日には再びグランドクロスが起きる


本日の春分の日から 調和のポータルが開かれ

4月の日食にてエネルギーは満開となり6月の夏至に

最高潮を迎える


新しい意識へ向け 人間はパラダイムシフトをしており

今こそ 光の意識を維持しなければならない


光が強まるということは 同時に闇も強まるということであり

闇に引き寄せられやすくなるということを意味する


ここ最近の ニュース報道でも 理不尽な事件や不穏なニュースが

目立ってきているのもその証しであろう


ただ 一ついえるのは 二極化の思考を瓦解するような出来事が

増えているということだ


私たちは 幾多の時を越え 何度も転生を繰り返し 一つの目的を

果たせずにいた


今こそ 古き思考を捨て去り 新しい思考へと歩まなければならない


この時の為に 私たちは ここにいるのだから


無への回帰 真我実現へむけ より一層 身魂磨きに励まねば・・・









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