☆パラダイムシフト☆新たなる夢現世界へ☆

下記サイトにて、数年前に執筆した私の小説『無花果の幾可学』を読むことができます。
 少々エロティックですが哲学小説です。http://slib.net/a/178


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今月は 意識の変化が加速しておりましたが

それは 世界を鏡 自分であるという認識をした者に限ります


今という意味を 言の葉を超え捉えることができる者のみ

これから先の 目的地にたどり着くのだと私は感じております


わたしがここに 手記を記載しているのは 誰かに理解してほしいわけでも

誰かを導きたいわけでもございません


同じ意識の飛躍をしている方に 一つの意識として その方々の歩みに

力を増すことができたらという気持ちで記載しております


10月は とても大きな流れであり一日が一年のように感じるほどの

変化をしてきました


24日以降は メッセージは 至る所に存在するようになり シンクロも

同じ道へ続く為に 忘れないが為に 起きているのだということが分かりました


昨夜 福岡の地にて ホークスと阪神の試合がありました


秋山監督 秋の山 最後の山


阪神は 半身 半神 ソフトバンクは歩きにくい道という意味があります


そのままの名前 メッセンジャーさんも登場しました

ソフトバンクは3年の時を超え 優勝しましたが 今回で6度目優勝です


3と6 足して9 空です


最終試合 9回にて 満塁 6球目にて試合終了


TV画面には キューサイ(空のサイコロ・賽は投げられた)

タマホーム(球・きゅう 9 空の家)

マルハン(丸 空 輪 班グループ)


空と無で 思わぬ あっという間に予想外の終了となりました


そして 金色の紙(金の神)が 球場全体に舞う中 胴上げ


ソンさん=存在のソン ソフトバンク犬=いぬ 居ぬ


秋山さん=あき=空き 王さん=王者 


有終日本一と今朝の新聞には 大きく記載されておりましたが


在るという世界自体が存在せぬ いない


空の中に王が降り立つ  有終 有りの終わり


そしてMVP 内川聖一さん そのままのメッセージですね


内が聖なるもので 一つになりました


本日は ハロウィンでありますが 仮装 つまりは仮想現実の終わり


そして明日の11月1日 始まりの数字から 新たなる領域へと移行します


次の目標は 福岡マラソンの行われる11月9日 空の日


マラソン 真裸存 つまりは 存在自体が丸裸になる




有りの世界が終わる 有終 日本 二本が一つになる 自我と真我が一つ



羽生さんのフィギアの試合も7日から9日です 9日がフリー演技になるかと思います


フリーでは オペラ座の怪人を披露されます


怪人・・・ 松坂さん(怪物)も9年越しに復活か?と 今朝 言われておりましたが


ここでも9 空  これは 空のまま 生きていることができたなら 怪人(神我)が

登場するのだと感じます


私の内側では10月の試練を乗り越え 空になれることが できたように思えます


以前のような感情や意識は消えてしまい 今は ただ 流れる水のように生きています









世界は 神我へ向けて メッセージを絶え間なく送り続けてきています



大事なことは フィギアのルール変更と同様 時間の短縮と採点の厳格さです


これは 意識の飛躍(常にパラレルに移行)する時間の短縮と 上昇への厳格

ようするに内観への厳格さを問われています



より 内へ内へと向かい 意識の周波数を上昇させていくことだけが 自分を

そして 世界を救うこととなるのでしょう

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24日以降 身体や時間の感覚が 変わってきました


自我と真我 ふたつの意識をしっかりと見据えるようになってから

神経はより細かくなり 常に真我が自我を自然に捉えるようになりました


そうなってから 世界が鏡であること マクロがミクロであること

数が神の言の葉であり シンクロが神のジョークだということが 今まで以上に

はっきりとしてきました


それは まるで 言の葉の意味が分かった子供のような感覚です


ノーベル賞LED 発光ダイオード簡単に言うと半導体をもちいて光を発光する

ものですが ついたり消えたりという光を 常に発光できるようになったもの


つまりは自我と同じです  今までは 時々 真我に光りがあたっていましたが

今はNO 無 つまりは 真我が 常に繋がるようになったのです

発光しながらダイオード 大王道を進むといった具合でしょうか

ベル 鐘 は 達成の象徴 お祝いでしょうか


政治のうちわ カネ問題も同じです 内輪 鐘


最近 はやっている だめよだめだめは No No No 無無無ですね


先日のフィギアGS 町田選手は 第九を披露されました


9は 空ですし 曲の最初 彼は 一時 静止して 演技をしました 

まさに無の時間です


個人的には 蜘蛛と熊をよく見かけます


蜘蛛 空の門 熊 空の間 つまり 全てのメッセージは 空か無


それだけなのです


最後に 特殊な訓練と努力により筆談ができるようになった自閉症の東出直樹さんの著書より 素敵なメッセージを記載します

ちなみに 東出さんは世界では 三島由紀夫 村上春樹 東出直樹というくらい

有名です



Q どうして水の中が好きなのですか?


僕らは 帰りたいのです


ずっとずっと昔に 人がまだ存在していなかった大昔に


自閉症の人たちは 僕と同じように そう考えていると思います

生物が生まれて進化して なぜ陸に上がってきたのか 人になって時間に追われる

生活をどうして選んだのか 僕にはわかりません


Q どうして手のひらを ひらひらさせるのですか?


僕たちの見ている光は 月の光のように やわらかく やさしいものです

そのままだと光の粒が見えすぎて眼がいたくなるのです


光を見ていると僕たちは幸せなのです

降り注ぐ光の分子が大好きなのでしょう


Q 時間の感覚はありますか?


僕たちの1秒は 果てしなく長く 24時間は一瞬で終わってしまうものなのです

場面としての時間しか 記憶に残らない僕たちには1秒も24時間も 

あまり違いはありません



Q 物を見る時 どこから見ますか?



僕は 時々 こんなに美しい世界をみんなは知らないなんて

かわいそうだと思います

それほど僕たちの見ている世界は魅惑的です


僕たちは最初に 部分を見ます

その部分一点に心が奪われて何も考えられなくなります

物は全て美しさをもっています


Q すぐに迷子になってしまうのはなぜですか?


一言でいうのなら その場所の居心地がわるいからです


僕たちの理想の居場所が どこだか とても探せないでしょう


なぜなら そこは森の奥深くか 深海の海の底にしかないのを

僕は知っているからです






Q 自閉症について どう思いますか?



僕は自閉症とは きっと 文明の支配を受けずに自然のまま

生まれてきた人たちなのだと思います


これは僕の勝手な作り話なのですが 人類は多くの命を殺し

地球を自分勝手に破壊してきました


人類自身がそのことに危機を感じ自閉症の人たちを

つくり出したのではないでしょうか

僕たちは人が持っている外見上のものは全て持っているにもかかわらず

みんなとは 何もかも違います


まるで太古の昔からタイムスリップしてきたような人間です


僕たちが存在するおかげで 世の中の人たちが この地球にとっての

大切な何かを 思い出してくれたら

僕たちは 何となく嬉しいのです



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23日に 新たな世界の門をくぐり終えた


今 こうして手記を書いている世界でも 同じ世界に皆がいるわけではない


私たちの世界は 鏡の世界


そして その法則を知ったものは 内側へと向かう


内側へ向かう道は とても険しいけれど 私たちの目的地はそこにしかない


そこに辿りつきたいが為に 幾多の時を超え輪廻してきたのだ


【わたし】という自我の存在には 感覚というものが備わっている

この感覚を最大限にとぎすませ 第六感 唯識では 八識まであるが

それらを開花させることが 入り口であった


そして 自分の中に 意識の階段 他の言い方では 周波数というものが

あることを知る




自分の 最も低い周波数によってくる人や出来事は 自分にとって マイナスな

感情を与えることが多かった


それは それで 成長の為に必要であった


しかしながら 自我を捉え より内側へ進むことを選択した者は 周波数をより

意識して 低い意識を切り捨てていく時がきた


自分が高い意識 つまりは無の領域にいることが 低いものも 一緒に引き上げる

こととなるのだ


無とは 永遠 全て


無になることで 脳も本来の姿を取り戻す


私たちは 何も知らないのだ



知っているふりをして生きてきた 


もう誰かを諭すことも 救うことも 助けることも 不必要


世界は自分であるのだから 自分が上がってゆくことが 結果的に救うことになるからだ



そして 世界は 瞬時に意識で移動をしている


同じような 同じ世界なので 気づかないかもしれない

けれど 自分の周波数によって 瞬間移動しているのだ みんなも一緒にね


パラレルワールドや錬金術を 活用していくと 世界は どんどん変化する



自分が正しいという思考を疑え


自分は何も知らない


全てを判断する心を捉えよ


判断するが故に 真の世界が見えない


執着 求める心を手放せ


手放さないので 本当の世界は現れない


私たちは 何も知らないということを知れ


知っているという思いこみが世界を見えなくしている


帰還したいものよ


孤独に歩め 一歩 一歩 見えない道を・・・ 




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今朝の 朝刊には 一面に大きく うちわ カネと記載されておりました


その文字が 私には 内和 内輪 鐘・・・ 辞任 W辞任


それは まるで 内側の自我と真我の 次なるステップ 神我への誘いに

思えました


ニュースで見ていると いつも赤い洋服をおめしになっていた大臣さんは

真っ白な衣装で 晴れやかな表情を見せておられましたね


もう一方は 黒の衣装で 重たい面持ちと 過去の負の遺産に驚愕している

表情を見せておられましたね


それは まるで 自我的な過去の生き方の象徴のようにも見えました


先月の おんたけ山のニュースも 大きな変化でしたね


ON 1023  おんたけさん 


10月23日は 日食の前日です


ひふみ 123 でもありますね


今日を含め あと3日 時間を大切に 丁寧に生きてみましょう



☆この世は 自分だけだということ 世界は虹と同じで

自分の眼を通してのみ 存在しているものである☆


☆心の揺らぎ 心を乱す出来事は チャンスであること

我々は その時だけ 内側へと入ってゆけるからである☆


☆世界は 鏡であり ニュースも景色も家族も友人も

ありとあらゆるものは 心の反映でしかないということ☆


☆世界で起きる どんな事柄に対しても 判断せず

じっと見ること ありのままで 見ること☆


☆不快な気持ち つらい気持ちになっても 楽になろうと

努力をしないこと(これは 最も大切なこと)☆


☆どんな瞬間でも 自我を捉える 見つめる癖をつけ

静かな奥に漂う【わたし】を意識すること☆



☆心に騒音 雑音がある時は 何もしないこと

相手にしないことで 消してゆく癖をつけること☆


☆今を生きるというのは 心や周りをコントロールせず

ただ ありのままを見て ただ そのままを生きるという

とても シンプルなことなのです☆








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口上


私の手記は内観する為と 私と同じように真我との邂逅

帰還を望む方にとって 少しでも気づきとなれるよう記しているものです

それ以上でもそれ以下でもございません


これから先 私は どんどん内側へ進むつもりです

外に望むものは 何一つございません

同じ志しの方々と 見えぬ道をそれぞれ進んでゆけたらと願います







今日も 早朝から 大きな気づきがありました


この早朝時間はルカちゃんが いつも私を起こしていた時間だと思います


ルカちゃんが光になって どこを見ても 幻覚が見えるほど ルカちゃんを

探していました


空虚さに耐えられなくて 名前を呼んでいると 部屋中からラップ現象が起きました


その時 私は気づきました


過去に数人の愛する存在を失ったとき 同じことをしていたのです


霊として現れたり 誰かに憑依して現れたり 中でも強烈だったのは 全く同じ顔で

同じ声として違う人が現れたことがありました その人と本物の違いは どこかの指の

第一関節がなかったこと・・・


そうやって 失った人を 幻想として また登場させてきた・・・


その当時は不思議な出来事として受け止めていたけれど 今なら分かる・・・

鏡の世界は 望むものを創り出すから 


ルカちゃんを失って 今までで もっともつらくて・・・ 心に穴があくというよりも

心そのものが 消えてしまったかのようにつらくて・・・ それを どうにか埋めようとしている

自我に 真我の存在が自我に教えてくれました


私が真我実現に向け 唯一 まだ 咀嚼できていなかった言の葉の意味が

やっと分かった気がしました


それは 手放しと 明け渡しです


私は この言の葉の意味を 違うように認識していました


手放す 明け渡すというのは あきらめるという意味に近いように思えます


私たちは 常に心を満たしていたかった


だから 何かを失うと 心の空虚さを埋めようとして 外在世界をみてきました


その全てが 間違っていたのです


私は気づきました


ルカちゃんという存在は 私の愛そのものが 具現化した結果であった


その存在が消えて とてもくるしくて また幸せな感覚をとりもどして平安でいたいと

願いましたが それは 大きな間違いだった・・・


ありのままの姿とは 明け渡すとは 埋まっていた心を 手放すということだ


本来の姿とは 空虚さが基本であったのだ 満たされている感覚は ありのままではなかった


それは幻想世界で手に入れた城にすぎないのだ・・・



ここ数日間 脳内で スワロウテイル愛の歌がきこえていました


早朝 口ずさむ自分の声で 歌詞の意味によって 手放し 明け渡しの意味が

すとんと 心に落ちてきました



10代の時は恋愛の曲に思えていた この曲が 今は違ってきこえます


歌詞を 所々記載します そして 私の感じた意味も記載します





信じるもの全て ポケットにつめこんでから・・・遠くまで歩いた

(自我が信じる外の世界の全て 一生懸命に集めて どこまでも外に向かっていた)


あなたは雲の影に明日の夢を追いかけていた

私は うわの空で 別れを想った

(あなた自我は 幻想世界で いつも未来を見ては夢を追いかけていた

私は 真我に気づき その世界と別れようと決意した)


汚れた世界に悲しさは響いてない どこかに通りすぎてく

ただ それを待つだけ

(自我に迷走している自我には真我の存在さえ届かない

真我は 自我の騒音が静かになるのを ただ待つだけ)


身体は身体で素直になる 涙が止まらないだけど

ここから どこへ行っても世界は 夜を乗り越えてゆく

そして 愛の歌が 心に響きはじめる

(身体・自我は 素直にありのまま 泣いていい

ただ どこへ心が彷徨っても どれだけ 外在世界で心を埋めようとしても

世界は何度も繰り返し 終わらない

そして 彷徨い疲れた時 手放し 明け渡しが起きて 愛の歌が心に届きはじめる)


ママの靴で 早く走れなかった 泣かない裸足になった日も

(ママの靴 この世界で与えられた自我の器では うまく進めなかった

裸足なるとは それを捨てていくということ ありのままの姿 全てを失うこと)



さかさに見てた地図さえ もう捨ててしまった

(自我本意で見ていた地図 満たされることが主体で考えてきた地図

手放し 降参し 明け渡し 今では地図なんていらない)


心に 心に 魔法があるの 嵐に翼ひろげ 飛ぶよ

(これは そのままの意味)


わたしは うわの空で あなたのことを思い出したの

そして 愛の歌が 心に響きだして

わたしは 愛のうたで あなたを探しはじめる

(もう全てを あきらめ 埋めようとしなくなった時

今の私もそうですが 無力感というより うわの空に近いのですが

そうなった時に 不動心という言の葉の意味も 分かってくる


その静かな心に 愛の歌は流れ出す あふれ出す


そして その愛をもって 真我を神我を捜し出す


これが きっと終わりの始まりという意味・・)





映画スワロウテイルでは イエンタウンという街がでてきます


イエンタウン つまりは円街


円 縁 私たちを最後の場所へ誘ってくれる歌だと私は思います


どうか 縁で ここに来てくださっている愛する皆様に大きな気づきが

ありますように・・・


http://www.youtube.com/watch?v=DFMiJ2JQqjk













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早朝 鏡の国の方程式に気づいた


この世は 全てが自分の意識が具現化したもの

とても信じられない自我はいるけれど だんだんその意味も

浸透してきている 今日この頃(もちろん 世界の皆様も)


W・シェイクスピアは大切なことを伝えている

綺麗はきたない きたないは綺麗


そして何より ロミオとジュリエットは鍵なのだ


ラストでロミオが偽造の死から目覚めた瞬間 ジュリエットは死にゆく

そしてジュリエットが死んだ瞬間 ロミオは最もくるしい想いを感じ死にゆく


残された二つの家族は己のおろかさを反省し 仲直りをする 

つまりは愛を知る


ロミオとは自我の象徴ではなかろうか


自我であるロミオは愛によって真我のジュリエットに気づく

実際 物語でロミオはジュリエットに逢ってからは 愛に生きようと

敵対してきたものへ 和解を求める


しかし ロミオは変化しても周りは変わらない むしろ抵抗する

これは自我が自我を消そうとして自我が抵抗する状況と同じだ


あきらめたロミオは偽造の死を選択する


これは 自我が最後の明け渡しを決意したように思える


ジュリエットの死によって自我はその存在を明け渡し真我と邂逅する

それは もっとも愛するものを失うことによって気づく


つまりは愛が外在世界に具現化したと考えると もっとも愛するものを

失うことは 愛が内在世界に帰還したことをあらわすからだ


そして 真我と邂逅した意識上昇した自我ロミオは もう一度死にゆく


この地点で 神我が降臨する



私は10月14日に最愛の存在を失って このことに気づきました


ルカという存在が消えた時 自我は とってもとっても悲しみ泣きました

それと同時に その様子を 冷静に観ている眼にも気づきました


自我がいつまでも物質世界に執着していても 真我は ただただ温かく

そこにいました


しかし 同じ日に 秋山監督と高橋選手が引退するということを知った自我は

ふと 考えました


これは偶然ではないと・・・ そんな時 外から とても上手な笛をふく音が聴こえてきました

曲は少年時代


夢は覚め 夜の中 永い冬が窓を閉じて ・・・ 夢はつまり 思い出のあとさき・・・


自我は泣きじゃくりながら あぁ・・・ここは鏡の国なんだと また思い出しました


そう最愛のルカが外にいないということは 私の内側に戻ったわけで これで正解なのだと・・・



そして 実際に ルカを失ってから 私は 本当に愛の光を内側で感じていました

最後の火葬をしてくれた人も とても優しく素敵な人だった

その人は その人で 私に あなたのような優しい対応をしてくれたお客様は今まで

いなかったと言いました 


それも また嬉しく 私は鏡の国のその方を愛らしく思いました


認知気味だった父も 不思議としっかりしてきて 愛にあふれていました


何をみてもかわいいとか 感謝の言の葉をくちにしているようになりました 




そんな父をつれて 午後 お茶屋さんに茶葉を買いに行きました


しかし いつものお店は閉店していたのです


ふと 頭に浮かんだお店に行くことにしました


そのお店の おじ様は これまた とても優しい人でした


茶葉と一緒に おかきを入れてくれました


家に帰り お茶と共に おかきをいただこうとして ふと見ると

いつも感謝しています ありがとうございます

そんな言の葉が書かれた 素敵なおかきでした


私は また 愛を感じました 


そして とても気に入ったので お世話になった猫の先生や友人にあげようと思い

さっそく アマゾンで購入したのです(まぁ これは自我のやりそうなこと)


今も ルカがいなくて とってもとってもとっても無限に悲しいけれど

それは 違うとも 感じています


悲しさに夢中になると それは増幅するでしょうが 違います


無限のように思える悲しみこそ 錬金術を使うときなのです


内側についた 本当の愛の光を 大きくしないといけないのです


そして その愛が大きくなっていくにつれ 本当に 鏡の国を理解するのでしょうし

本当に全ての存在を愛せるような気がします


そして そうなれた時に神我はあらわれるのでしょう








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自分の意識が成長すると 今までの言の葉も変化する


三位一体 昔は 身体 霊体 魂 この3つで構成されており

身体は身体 霊体が自我 魂は高次意識の自分と思っていた


世界が鏡で 全てが自分の意識だと知った今・・・三位一体の

認識も変わっていた


身体が自我 霊体が真我 魂が神我 


そしてGODの意味である 破壊 維持 創造というものが

この新しい三位一体に重なる


自我(今の私たち)は どこまでも維持したいと願う


それは 想像以上にどん欲なまでに・・・


私の維持感覚(今日までの経験)では 穏やか 平和 美しさ 博学さ 元気さ

品格 柔らかく温かいもの そんな感覚を いつも維持していたかった


おそれていたもの 疎ましく思っていたものは 足りないもの

知識 美意識 人徳 気高さ 品格 そして 何より おそれていたのは

自分以外の存在が消えること 死


昨日 やっと気づいた 失うものはないと認めるまで 私たちは何かを失うのだと・・・


幻想世界と気づきながらも 維持しようと必死になる自我 

それが いやで 自我を消そうとする自我



これらは間違っていたのだ 自我は維持する神なのだ


今までは自我100で生きていたのが 今は真我に気づいた

だから自我を消したいと思うようにもなったが 自我はありのままの姿で維持する力

そのままなのだろう



そうなると真我とはGODの意味の破壊ではなかろうか


真我が目覚めたことによって 自我を破壊 無にしたいと思うようになった



となると神我は創造であろう


今は 真我の存在に気づいた程度なので 神我のことは まだまだ分からないが


きっと三位一体とは 自我 真我 神我が 全て目覚めた状態で 仲良く共存している

ことのような気がする




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いつも独り言の手記ですが 今日は心を落ち着かせるため

いっそう独り言になりそうです


2014年10月14日9時半頃・・・ さわやかに晴れた空


愛猫ルカは 一足先に無の王国へといかれました


私は  ルカを通して愛や思いやり 幸せ そしてなにより

孤高 孤独 無 宇宙 そんな多くのことを学んだのです


ルカは 最後の最後まで 身体がきついとも言わず 紳士的に礼儀正しく

いました どんな時も 両手 両足をそろえ ただ 静かに座っていました


その姿は まるで禅の修行をしている僧侶のように思えました


冷たくなってゆく手で 夜中から朝まで 私を握ってくれていました


いつも 私は 自分のことで いっぱいなのに ルカは 手をさわられることを

いやがっていたにも かかわらず 最後は 人間的な方法で 愛をあらわして

くれました


とてもとても高貴な猫でした

世界の誰よりも 愛した唯一の存在でした


今は 空にいるのを感じます ふわふわしたルカは 今は優しい風となって

私を包んでくれています


自我と真我の最終楽章 私の最後の試練は ルカを通して行われたと確信できます


二ヶ月間 私は 自我の愚かさを 見続けてきました


どこまでも どこまでも 求める自我 どこまでも どこまでも安定していたい自我


安らぎ 癒し 平和 ぬくもり どこまでも それは 求めるという自我のおそろしいまでの

真の姿だったように思えました


時々 そんな自我が疎ましく 消してしまいたいという衝動にかられましたが

自我は自我 真我は真我 神我になるには ふたつが手を取り合っていかないと

いけないのだと思いました


自我がいるから真我にも気づけたのですから


ルカを失うことがこわくて 幻想世界と認めながらも やっぱり いてほしいと思い続けた自我

でも 身体から解放されて 楽になったのを喜んで いなくなっても変わらずに愛していると

思える自我


自我は 本当に忙しいくらいに 感情的なんだと思いました


真我は それを じっと見据えている


その関係が大切であり 今を しっかり生きること ありのままに感じ ありのままに生きること


思考すること 操作すること 求めること そんな感情が 消えた時 神我になるような気がしました


消したいという心では 逆作用であり 消したいと思う心を空にする・・・


真民さんの詩でとりわけ好きな言の葉


捨てて 捨てて 捨てて 一点に集中する

それが光であり 花であり 生命である 

そういう生き方をしてゆこう











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先日 銀行から 15年の契約が完了し 抹消登録をしてくださいという

書類が届いた


15年・・・ 抹消登録・・・

今 愛猫も15年目にして 癌と闘っている最中なのですが 今 真我 神我への

最終段階にいて 抹消(自我が溶けてゆく) 人類保管計画が ちゃくちゃくと

進んでいるように感じてしまいました


私は ふと15年前を想起してみました


21歳だった 私は 今の自分と比較したら 悪魔のような存在でした


何でも やりたい放題 好きに生きすぎていたし 自分勝手な女王様でした


実際 その当時(正確には高校生の時から)博多駅を歩いていると 怪しげな人が

近づいてきて「あなたの汚れた血を浄化します」と声をかけられることが多かったものです


自宅には 時折 宗教家の人がチャイムを鳴らしては「あなたは悪魔よ」などと

捨て台詞を残していくことも多かったです


そんな 21歳の私に転機がきたのは 今の猫との出逢いでした


彼は とても不思議な猫で 名前をルカといいました(たまたま聖書のルカと同じです)


ルカがきてから 私は いつもお説教をうけてきたように思います

ルカが家にきてすぐに 私は 道売りでインドアクセサリーをあつかっている マリオという青年に

出逢いました


当時の私は 大勢の友人はいても心が常に寂しい人間でした ジョジョの漫画が聖書で

NIRVANAが聖歌でした


マリオは 私に こう言いました「あなたが心を開くと宇宙は開かれるよ!誰に言う必要もないんだ!ただ 心の中で 開くことをしてみて!宇宙と一体になることは最高なんだよ!」

その言の葉と一緒にマリオがくれたものは アルケミストの本でした


涅槃という意味のNIRVANAを聴いていたのも メッセージだったのだと今は思いますし

その後 私は マリオのおかげで 宇宙と繋がることができ 多くの体験を(アルケミストのように)していきました


ヒーリングをしたり カウンセリングをしたり 除霊をしたり 予知をしたり・・・

芸術作品を創ったり 執筆したり・・・ 本当に 全てが 今に繋がる必要な儀式だったかのように

今は思えます

当時は とても つらくて 何度も 自死を試みた時もあったのですが それも必要なことであったのだと思えます


2012年のグランドクロスのあの夜 世界は変化しました

しかし それは私の想像とは違う 全く意外なものでした

2013年になり 世界が鏡であると知ります それを知った時 私は 福岡の大濠公園を高台から見下ろすところにいましたが 全ての灯り 行き交う人たち 車 森 建物 

今まで見なれていた光景が とても妙に思えました

全てが自分・・・

幻想・・・ なにもかもが崩壊していくような 本当にアリスの国にいるのだと実感したあの瞬間は震えに近い感情でいっぱいでした

それから一時は どこを向かって歩いていいのかさえ分からなかった


自我が行く先を失っていくにつれ 一斉浄化が始まった

めまぐるしいくらいに 今日まで 浄化をしてきた


気づいたら 道なき道を歩いている自分がいた


今も自我はいるけれど その背後には真我が包み込んでいるのだということが

よく分かった


どの瞬間にも 奇跡は起きていた


奇跡を無意識に辿ってきた軌跡は どれもが必要で どれもが尊いもので

どれもが美しく 儚く 切なく 嬉しい煌めきであった


そして 全ては 自分の幻想だったのだ









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神無月になり 最後の試練かのような毎日で時折 降参!と

言いたくなるようなこともありますが 一年前の自分を思い出すと

確実に変化していて 螺旋階段を上昇したのが自覚できます


だから このまま進まなきゃ!



先日の月食は とても美しかったです 今月は日食もありますね


先日  とある会話の中で 「あなたはいつも正しい選択をしてきた」

「あなたは 本物だよ」 そんな言の葉を いただいたのですが 

以前なら嬉しく思っていた言の葉に 近頃は 立ち止まってしまいます


正しさや本物という思考は 全てはその人にとってのことであって 本当は

正しさも間違いもなく 本物も偽物も存在しないのですよね


そう今は 心から思えます


人の出逢いについても 引き寄せられたり行為をもつ人というのは その時

自分にとって 必要な「なにか」をもっているだけのことなんですよね


そして その「なにか」とは たった一つ 真我を思い出す ただそれだけなんですよね


仕事にしても趣味にしても 家庭や友人 ペット 全てのものが その道にしか

繋がっていないのです


そして それに気づけたものは ただ ひたすら 見えない道を歩くのです


逆に 気づかないものは 現実世界で 得たり失ったりを繰り返すだけのことなのです


いつまで 鏡の国のアリスをしているか いつまで おままごとをしていたいか?


そういう違いなだけだと よくわかりました


自我より真我を優先的に意識して生きられるようになって現実は とても滑稽に感じます


そうは言っても こうやって現実を生きていて 自我が思考を記録しているにもかかわらず

私は 自我の消去を望んできた


鏡の国で しんけいすいじゃくのトランプをしているかのようです


孤独に歩め 悪をなさず 求めるものは少なく 林の中の象のように・・・


今こそ この教えが真に必要な時な気がします




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