真夏は城巡りや甲冑出陣のシーズンオフ!ということで、博物館や資料館巡りを進めていますが、今年の夏はちょっと変わった静岡県の博物館にやってきました。
それが清水市のエスパルスドリームプラザ内にある清水すしミュージアムです。
清水すしミュージアムは、郷土料理研究家として有名な日比野光敏(ひびのてるとし) 氏がプロデュースされた寿司の博物館です。
私たちの生活の中には、いろんな寿司がありますよね。
例えば握り寿司をはじめ、稲荷寿司、ちらし寿司、さば寿司なんて箱状の押し寿司なんてのもある。
そんな日本の寿司にも歴史がありまして、その寿司の歴史を詳しく説明しているのが、この清水寿司ミュージアムです。
ここで詳しく書くと長いので、今回学んだことをザックリ紹介。
寿司の起源は日本ではなく、タイからラオス、カンボジアあたりの東南アジアで、中国を経て日本にやってきたそうです。
ではいつ頃来たのか?という時期には諸説があり、縄文時代もしくは弥生時代だそうな。
さらに私たちがよく食べる握りずしは江戸時代にできた寿司で、当初の寿司は川魚に米を詰めて発酵させて食べる、熟れ鮨(なれずし:馴れ鮨)でした。
有名なのは滋賀県の鮒寿司ですね。
鮒寿司は明智光秀が織田信長に献上したら、『こんな腐った食べ物食えるか~!』と激怒されたというエピソードがありますが、当時は贈り物として、保存食として重宝されていたんです。
でも徳川家康は鮒寿司OKだった様で、滋賀県の芦浦観音寺には、家康から送られた鮒寿司のお礼状が現存しています。
そんな熟れ寿司も時代と共にいくつも枝分かれして、いろんな寿司に発展していきました。
そして江戸時代に握り寿司が誕生するわけです。
江戸時代の握り寿司は現代のものよりも大きかったらしく、またネタも今では定番となっているタコやマグロは魚としての評価が低かったので使われていませんでした。
ちなみに握りずしを作る時、どうしても欠かせなかったのが酢で、現在、愛知県半田市にあるミツカンの初代・中野又左衛門が酢の大量生産に成功し、これが握り寿司の発展を広げました。
なので愛知県半田市のミツカンが無ければ、もしかすると、握り寿司はこれだけ有名にならなかったのかもしれませんね。
そして日本全国には、その地方独特の寿司があり、ご当地名物になっているものもあるんです。
これだけ寿司の種類が多いと、日本100名城巡りながら寿司の食べ歩きもできますねw
こんな感じで寿司の歴史をディープに学ぶ事ができます。
あと同じ施設内にちびまる子ちゃんランドもあって、ソフト麺の給食も食べる事ができたりで、かなり楽しめます。
場所的に久能山東照宮や久能山城址が近いので、これらとセットにできそうです。
(でも今回はスルー(涙))
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