【信長ガイドブックを歩く】 (うつけものコース)
反信長連合の林兄弟&柴田勝家は、信長の弟である信勝(信行)を擁立!
遂に信長と衝突し、合戦になってしまいます。
その古戦場が稲生原古戦場ですね。弘治二年(1556)の事です。
信長公記によると、反信長連合の兵数は約1700人。
一方、信長の手勢は700人もいなかったとか。
しかし家臣達の奮戦もあり、信長は敵を撃退。
大将である林美作守の首を取り、柴田勝家を負傷させました。
↑現在の稲生原古戦場は、河川と住宅地になっていますが、信長が合戦時に築いた【名塚砦】に案内板があります。
少数の手勢で敵を打ち破った信長でしたが、味方の被害も大きかったようです。
しかしこの戦により、反信長勢力に大きなダメ-ジを与えたことは確実で、林・柴田の関係もギクシャクしてきます。
後にこの人達は許され、信長の家臣となりますが、林さん(林道勝)は約20年後に織田家を追放となります。
その時の追放理由が、【かつて敵対し稲生原で戦ったから】というもの。
林さんも、まさか二十年後に蒸し返されるとは、思ってもみなかったでしょうね。
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