イケナイ宝箱 ~ようこそ鬱の世界へ        素樹文生
鬱は恋に似ている?
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「うつと一生つきあうかも(持病っぽく)」という風な考えは最近自分も持っています。「可能性として再発もあること」「心構えができていれば、多少はダメージが和らぐのではないかということ」のような利点もあるように思えるし。

ただ、回復へのシステムはできていない…、要研究。

今は、苦しい境地にいるひと(水槽)には、薬で楽になることと苦しくなくなる日が必ず来ることを、ささやかに伝えたい。大声で伝えたいけど、きっとそれだとうまく伝わらないから。

「持病として」という考え方も、ごく最近で、それまで「一生薬飲むのだけは勘弁。(私はバイクの免許が取りたい ←これは余談)」と考え、「うつから完全に解放される」ことを望んでいた。しかし、いつ解放されたのかは誰にも判断できないし、またうつの世界に連れ戻される・再発する可能性だって大いにある。それは一度経験した私に限らずだが。

うつを経験した(している)人は、つねに「うつと向き合っている」ような状態で、そのため段階段階で「うつに対する認識」が変わったりする。ちょっと前の私なら「持病みたいなモンだよ」っていわれたら「頭がヘンになる持病は…人生設計が立てにくいから、困る」と拒否感を感じていただろう。
こうやって うつを受け入れることができる ようになったのは、 距離がはかれるようになった ことの現れ、だとおもいたい。

今は、苦しい境地にいるひと(水槽)には、薬で楽になることと苦しくなくなる日が必ず来ることを、ささやかに伝えたい。大声で伝えたいけど、きっとそれだとうまく伝わらないから。

というのは、そういうことを踏まえてのことだ。いろいろな段階、考えに立っているうつのひとに、どうやったら(悪い)刺激が少なく伝わるだろう。お節介と思いつつ、やはりそういうことを考えている。
素樹さんは、そういう感覚的だけれど実は理詰めなシステムをちゃんと言葉にして伝えることのできる方なのだな、と改めて感心してしまった。

以上。あとで推敲するかも

以下余談
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うつ経験者の友人Sが、先日私にいった
「migimeはもっと自分の悪いところを見つめ直してそこを変えていかなくちゃ 駄目だよ。migimeは自分の悪いところをみようとしていないから、病気が治らないんだ」と
うつ病人に、「自分が悪いと思い知れ」みたいなことをいうって、アンタァ、鬼か悪魔か。いいたいことはわかるけどね。「病気が治らないのはそのせい」とかは 絶対に いって欲しくないよ。誰にも。

私は病気でいたくて ココ にいるんじゃないんだからさ