コミュニケーションって大事ですよね。

社員同士でも、上司部下でも、家族でも、友人でも、
決して変わらない原則だと思います。


コミュニケーションとは、そもそも何なのか、
その本質、つまり最も大切なことって何なのかなと思いまして、
その歴史を素人なりに少し勉強してみました。

コミュニケーションを考えるうえで、ベースとなる「言語・言葉」について、
その歴史を探ろうと検索したのですが、なかなか簡単に答えが出てきません。

ここからが言語である、
という明確な線引きが難しいからのようです。

言語・言葉というのは、もともと、動物である人間が
「あー、あー」とか「うーうー」といった、音のやり取りで
意思疎通を図ろうとしていたところから生まれたものなので、
ここからが言語であると、区切りにくいんだと思います。


あらためて人類の発生を分類しますと、こうです。

猿人
原人
旧人類
ネアンデルタール人(中期旧石器時代)
※言語を持たない
我々現代人と同じグループの新人類のクロマニョン人(後期旧石器時代)
約3万年前
※言語を持ち始めた


このクロマニョン人の時代に、音での意思疎通が始まったと言われています。
つまり、ここを起点とするなら、コミュニケーション(言葉)の歴史は3万年と言えます。


コミュニケーションは、当然人が「心」のなかで思ったことや
考えたことを表現しようとして、言葉として人の外側に現れてきます。

心という内側から、言語として外側へ、そんな流れが見てとれます。


さて、人間の歴史。

地球が生まれたのが46億年前。
そして生命は39億年前に産まれたと言われています。


生命が生まれた時に、既に「心」があったかと問われれば、それはわかりません。
しかし、生命として生まれた時に、「心」というものも同時に生まれていたのなら、
39億年の歴史を持つ「心」、3万年の歴史を持つ「言語・言葉」と言えます。


極端な比較ですが、歴史の長さだけでいえば、
「言語・言葉」は、「心」に比べて非常に短いことがわかります。


まとめます。
最近、人とコミュニケーションを取る際に大事なのは、
あらためて「心」だなと思います。

例えば、上司が、部下に丁寧な表現で仕事の依頼をする。
しかし、心のなかではあごで使っているような意識がどこかにある。

そうすると、部下はそれを敏感に感じ取り、
スムーズに指示が実行されない。

例えば、心のなかで相手に対して好意を抱いていれば、
たとえぶっきらぼうな表現だろうが、突き放したような表現だろうが、
やはり相手にその「ポジティブな心」は伝わることが多い。

そういうことが往々にしてあるのではないかと思います。

もちろん表現も非常に重要です。言わなければ伝わらないことのほうが
ほとんどですし、逆に、ある程度なら心の部分を覆い隠して
表現だけでうまいことやることもできると思います。


しかし、前提として、「表現」はある意味で上辺のものであって、
やはり「心のコミュニケーション」こそが、
人との関係性においては重要だという意識が必要かなと思うわけです。

4月から新入社員たちが入ってきます。
今年は6人か7人。(まだ選考中の人も・・・汗)

彼ら・彼女たちとの心のコミュニケーション、今からとても楽しみです。