<ヒロイン視点>
「え…、淡島さん、ここで呑むんですか?」
私服に着替えた淡島さんの色気に圧倒されながらも、
仕事終わりの私たちは電車を乗り継いで淡島さんがオススメなお店がある駅で降りた。
駅を下りてから、何となく悪い予感はしてた。
淡島さんのあとについて行きながら歩いていたけれど、
それは明らかにBarHOMRAに続く道だったから。
そして今、店の前で足を止めて看板を見上げる。
「そう。残念ながら私が呑みたいお酒を作ってくれるのはここしかないのよ」
「は、はぁ…」
「嫌なら別の店にするけど」
淡島さんの申し出に乗っかりたいけどセプター4のNo.2にまさか嫌だとは言えない。
あ、因みに先程淡島さんに「プライベートだから副長呼びは禁止」と念押しされてしまった。
「い、いえ、大丈夫です」
「じゃあ行きましょ」
皆がいませんように。
祈るような気持ちで短い階段を昇った。
目に入ってきた光景は懐かしいの一言で。
あれだけ入り浸っていたのだから無理はないかも。
室内に置かれているものを見れば、多々良さんの私物も結構置かれている。
そして奥から現れたのはこのバーのマスター。
『よかった、草薙さんしかいないみたい』
現れた草薙さんは私を見て口元に笑みを浮かべて、目を細めた。
約一年ぶりに会った草薙さんは何だか更にかっこよくなってる気がして、
私は思わず視線を逸らした。
「いらっしゃい」
「連れて来たわよ」
「…え?」
淡島さんの言葉に驚いて淡島さんを見上げる。
その表情は涼しげで、そのままカウンターへと足を進めていた。
「久しぶりやな、マドカ。マドカがセプター4におるって小耳に挟んでな、世理ちゃんに言って連れて来てもろた。
いきなり堪忍な」
困ったように笑う草薙さん。
何で草薙さんがそんな顔をするんだろう。
「…こっち座り」
草薙さんの言葉に小さく頷いて、私も淡島さんに倣うように淡島さんの隣のカウンター席へと腰をかける。
「…お久しぶりです。お二人は知り合いだったんですね…」
「まぁな。…何や、マドカ堅苦しいな。心配せんでええよ。今日は人払いもしてるし」
「…はい」
草薙さんの気遣いに正直胸を撫で下ろす。
今いきなり皆に会うのは正直慌てふためいてしまう。
尊さんやアンナに多々良さん…。
八田くんに何言われるかわかんないし…。
「さて。世理ちゃんはいつものやな」
「あんこ2割増しね」
「………あんこ?」
思わず淡島さんを見れば草薙さんが口を開く。
「ん、気にしたらあかん。マドカは何呑む?お酒は呑めたよな?」
「最近呑んでないですから…」
「さっぱり系が好きやったか。任せてもうてええかな」
「はい」
私の返事ににっこりと笑った草薙さんはうやうやしく挨拶をしてお酒の用意をし始めた。
『相変わらず手捌きが綺麗』なんて思いながら草薙さんの用意する様子を眺めていた。
そして淡島さんに出されたお酒に私は釘付けになった。
お酒に、あんこ。
いや、あんこにお酒がかかっている。
「はい、マドカ」
草薙さんの声に我に返る。
「あ、ありがとうございます。えーっと」
綺麗なグラスに注がれた炭酸が入ったお酒を見つめる。
「ジンライムや」
「ジンライム…」
それを見ていた淡島さんが口を開いた。
「ジンライム、ね」
「変な詮索せんといてくれる?さっぱり系やろ?」
「そうね。じゃあ御崎さん。乾杯」
「乾杯」
淡島さんが一口飲んでから、草薙さんが綺麗に沈めた丸状になっていたあんこが崩されていくのを見る。
何だか見てはいけないようなものを見てる気がして、視線を逸らして自分のジンライムに口をつけた。
すっきりとしたライムが口の中に広がる。
「ん、美味しい…です」
「そらよかった」
笑って応えてくれた草薙さんに胸が高鳴る。
どうしよう、久々に会ってもかっこいい。
「マドカの働きぶりはどうなん?世理ちゃん」
「私は直接は関わってないからわからないけれど、
宗像室長も珍しく伏見も御崎さんのことは褒めてたわ」
「へぇ、凄いやん」
二人のやりとりに私はブンブンと顔を横に振る。
「室長のはお世辞でしょうし、伏見さんは違うかと…」
「青の王はどうや、マドカ」
逃さないというような視線に思わず小さく息を飲んだ。
「…え、と。凄い人だと思います。思慮深くて、的確な判断と常に全体のことを考えられていて…」
「はは、うちの赤の王とはエラい違いやな」
自嘲気味に笑う草薙さんに赤の王である尊さんや吠舞羅を否定しているわけではないと伝えたかったけど、
上手く言葉に出来ずにジンライムを一口飲んだ。
そしてふっと頭を過ぎった疑問を淡島さんに問いかける。
「…あの、淡島さん。私が吠舞羅と関係があったこととか室長は」
「ご存知なはずよ。セプター4に入る前には身辺調査もあるから」
「です、よね…」
「何や、俺らと関わりあったこと隠したかったんか?」
「え、いや、そんなことじゃなくて…」
草薙さんへの言葉は草薙さんによって遮られて。
「今は青の王に魅せられとるみたいやしな」
「…」
本当に言葉に詰まった。
確かに青の王宗像室長は尊敬に値する人物で、
私も青の一員として誇りを持っている。
でもそれは赤を、吠舞羅を否定するわけではなくて…。
その時、淡島さんの端末が震えた。
「失礼」と言った淡島さんが震える端末を持って店の外へと出て行く。
店に草薙さんと二人きり。
私は何を話せばいいのか、もしかして草薙さんは怒っているんじゃないかとか
考えたらキリがないくらいで。
ただ俯いていた。
短くも長く感じた沈黙に先に口を開いてくれたのは草薙さんで。
「…アンナがな、会いたがってた」
「…はい」
視線を上げれば、困ったように笑う草薙さんがいた。
「来てくれる日教えてくれたら今日みたいに人払いするし、またアンナと会ってもらえへんか?嫌やったら…」
「嫌じゃ、ないです」
今度は真っ直ぐ草薙さんのサングラス越しの目を見て伝えた。
「…ならまた来れそうなとき連絡くれるか?」
「わかりました」
私の応えに安心したように草薙さんが笑う。
私もつられるようにして笑みを浮かべた。
「何やしばらく見ぃひんうちにまた別嬪になったなぁ」
「そんなこと…」と否定を口にする前に草薙さんの形のいい綺麗な指が私の頬をスッと撫でる。
突然のことに私は小さく息を飲んだ。
「痩せたな。仕事忙しいんか?」
「…暇ではないです」
草薙さんの手が今度は私の頭にポンと乗せられる。
心臓が、煩い。
そして私の顔はきっと赤い。
「身体気ぃつけなあかんで」
「わかりました。ありがとうございます」
「ん」と草薙さんは納得したようで、頭に乗せられていた大きな手は離れていった。
草薙さんは優しい。
誰にでも優しいんだけど…。
この優しさに甘えたくなってしまいたくなるから、セプタ―4に入っていつか成長した自分を見てもらいたかったのに。
こう優しいと…。
閉じ込めていた感情が溢れ出て来そうで怖い。
少しでも落ち着きたくて、ジンライムを喉に流し込んだ。
ふと、コルクボードに貼られている写真が目に止まる。
まだ私も写ってる写真貼ってくれてるんだ…。
胸の奥で温かいものがじわじわ広がる感覚。
入口のドアが開いて淡島さんが入ってきて小さく息を吐いた。
「何かありましたか?」
「ええ、至急椿門へ戻らないと」
「じゃあ私も」
「それは大丈夫よ。久々の再会でしょ。ゆっくりすればいいわ」
席に腰掛けた淡島さんはグラスを持ち、あんこ入りのお酒を一気に煽った。
「それを綺麗に飲み干せるのも世理ちゃんだけやわ」
草薙さんが呆れ気味に笑う。
「私も行きます。行かせて下さい、淡島副長」
「そう。じゃあ行きましょ。ご馳走様」
私に向かって綺麗に笑って、草薙さんに視線を送った淡島副長はバックを持ってドアへと足を向けた。
「おおきに」と草薙さんが口を開く。
私は草薙さんに声をかけた。
「ご馳走様でした。あのお金…」
「ん、ええよ。今日は二人とも奢りやから」
「そう…、ですか。ありがとうございます」
「気ぃつけてな」
「はい!」
笑顔で見送ってくれる草薙さんに会釈して、
私は淡島副長のあとを追いかけた。
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