熊本の大地震、大変なことになっています。
お亡くなりになられた方、被災者の皆様に心よりお悔みを申し上げます。
こういう大災害が起こると思い出すのが、「ペン1本あれば生き続けられる」という言葉です。
もちろん食料や健康が前提となりますが、
会社も家も被災し、PCもデータも破損してしまったという状況で、
いつ仕事再開できるか、どう生活費を得るかが大きな問題になってきます。
人や家族は食べないと生き続けられません。
被災直後は支援物資や仮設住宅などでひとまず生活することはできます。
しかし、生活はその後も何十年も続けなければなりません。
家族がいれば養い続けなければいけません。
私は新聞記者時代に上記の言葉を教えられました。
いや記者は大災害の被災地に飛んでいって取材するのが仕事ですから、意味は多少違って
「記者はペンとメモさえ持ってさえ行けばいい(それだけで仕事はできる)」というような文脈だったと思います。
それを確か神田正則さんがおっしゃっていたと思いますが、
「ペン1本あれば生き続けられる」という言葉に、私が上記を重ね合わせたのだと思います。
大空襲や大災害後のガレキの街であっても、少しでも報酬を得るには、まず「書くこと」がある。
「書く」なんて誰でもできる、と思うでしょう。確かに今はブログやSNSで誰でも発信できます。
しかし「きちんと報酬を得る」ための書き方は、また別です。
企業のブランディングに向上できる論理的な記事が書けるか。
原稿料としてきちんとお金をいただける内容が書けるか。
この人に書いてもらいたいというレベルの記事が書けるか。
さて本題。書くことを一例に挙げましたが、
人が死ぬまでできる仕事、定年後も、老眼になっても、頭があまり回らなくなってもできる仕事の一つに
「書くこと」があります。
そのほかにも勿論さまざまな仕事はありますが、
たとえば執筆は病気になって入院してもベッドの上でできます。
いま定年は60歳。伸びても65歳。仮に65歳まで働かせていただいても、
おそらく契約社員として収入は1/3に下がるとも言われています。
しかし女性の平均寿命は85歳。20年近く生活しなければなりません。
少子化で日本人労働者が減ってシニア活用は期待できる、といっても
日本経済は人口減で縮小するのは確実ですから、
企業規模も小さくならざるを得ない(MBA的見通しでも)多くを雇い続けられない。
となると狭き労働は優秀な中国人・インド人の若い働き手にとって代わられます。
やはり「自分で細く長く仕事をする」というスタンスが、
国もMBAも大学も大学院も決して教えてはくれませんが
どう考えても必要になってくると思うのです。
だから私たちも意識的にそのための準備が必要なのだと思うのです。
もう一度問います。
「あなたの今の仕事、死ぬまで続けられますか?」