「0は偶数だが,2の倍数ではない」(算数) | メタメタの日

 「0は偶数だが,2の倍数ではない(2の倍数とはしない)」と算数の教科書に書いてあることをtwitterの議論で知った。
 そんなバカな,と思ったが,確かに小5の算数の教科書全6社のものにそう書いてあった。
 以下,その後調べた結果です。
 先ず,現在の教科書の代表として啓林館「わくわく算数5上」を見ると次の通りだった。(なお,平成22年検定済・23年発行なので,平成27年現在使用のものとは若干異なっているかもしれない。)
偶数

倍数

 「2でわり切れる整数を偶数」とし,0が2でわり切れることを「0÷2=0」という式で確認して0を偶数としながら,次の頁では,「倍数というときには,0の倍数やある整数の0倍は考えないことにします」と,0を2の倍数から除いていた。
 オレはこんな教え方をしていたっけ?と昔の教科書を探したら,中学校の教科書だが,昭和60年発行(昭和58年検定済)東京書籍(小平邦彦監修)中1の9頁に「どんな整数に0をかけても積は0になるから,0はすべての整数の倍数である」とあり,18頁には「公倍数のうちで0を除いた最小のものを最小公倍数という」とあった。
 そう,こういう風に理解し,小学生にもこういう風に教えていた。
 ところが,同じ1980年代の啓林館の中学の教科書中1(昭和61年検定済・平成元年発行)の11頁には「どんな数に0をかけても0になるから,0はすべての整数の倍数であるといえる。しかし,この教科書では,倍数を考えるとき,0は除いておくことにする」とあった。
 「この教科書では」…か。しかし,東京書籍の方が妥当だよな,と思った(小平さん監修だし)。ところが,同じ東京書籍の同じ小平邦彦さんが関わっている小学5年下(昭和60年検定済)5頁を見ると,倍数を1倍から始めていて,0倍の結果の0を倍数から除いている。そして,12頁で「2の倍数を偶数といいます。0は偶数とします」とある。この書き方では,「0は2の倍数」とするのか曖昧だ。

 文科省の見解はどうなのだろうか。
現行の小学校学習指導要領解説算数(平成20年発行)によると,5年の内容に,
http://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/new-cs/youryou/syokaisetsu/index.htm
 「8の倍数は{8,16,24,32,…}であり,12 の倍数は{12,24,36,…} である」(164頁)と,1倍から始めているから0を除いている。
 文科省の見解は,小学算数については昔からそうだった。(中学数学については平成元年の指導要領改訂後の平成5年度から中1の数学は「正負の数」から始まり,「整数の性質」の単元がなくなったので,文部省の見解は確認できなかった。)昭和53年の「小学校指導書算数編」を見ても,5年の内容に,
「2の倍数{2,4,6,8,10,12,………}
 3の倍数{3,6,9,12,15,………} 」
(106頁)とあり,0を倍数から除いている。

 文科省の倍数のこの扱い方には歴史的な根拠がある。
 約数・倍数という概念について,エウクレイデス(ユークリッド)『原論』第7巻(池田美恵訳・中公「世界の名著9・ギリシアの科学」330頁)は,
「(一,二 略)
三 小さい数が大きい数を割り切るとき,小さい数は大きい数の約数である。(四 略)
五 そして,大きい数が小さい数によって割り切られるとき,大きい数は小さい数の倍数である。
六 偶数とは,二等分される数である。
七 奇数とは,二等分されない数または偶数と単位だけ異なる数である。」
とある。
 ギリシアでは負数も0も知らず,1も「単位」であって数でなかったから,当然,倍数に0を考えていないし,偶数にも0を考えていない。
 正整数についてだけ整数の性質を論じたギリシアの伝統をヨーロッパが引き継ぎ,明治日本も受け継いだということだろう。 
 明治時代の算術の教科書を見ると(http://kindai.ndl.go.jp/search/detail),理論流儀算術の寺尾寿のものも,国定算術教科書に関わった藤沢利喜太郎のものも,かの高木貞治のものも,「整数の性質」の章で0を華麗にスルーしている。
 この伝統が,小学校で0の四則計算を扱うようになって,2×0=0,0×2=0と,2の倍数としての0や,0の倍数(=0)を考えられるようになっても,0については倍数を考えないという慣習になっているのだろう。
 Takehikomさん(http://togetter.com/li/850697)によると,『算数教育指導用語辞典 第四版』http://www.amazon.co.jp/dp/431680264X では,「小学校では0を偶数としては扱うが(略)0をある整数の倍数として扱うことはしていない。0を整数nの倍数としてみるのは中学校である」(p.195)というから,算数教育では,確信的慣習になっているようだ。
 確かに,「2は6の約数,6は2の倍数」という倍数と約数の関係を教える小学校では,「0は2の倍数」とは言えても,「2は0の約数」とは言えないから,倍数としての0を認めると不都合が生じるのだろう。(※追補:この箇所,あとのコメントで指摘されたように訂正の必要があります。)

 時代によって,教育段階によって,同じ用語の定義・意味が変わる(たとえば,加・減・乗・除と和・差・積・商)ということはあるから,それさえはっきりさせれば構わないということは認めるが,小学校で,「0は偶数だが,2の倍数ではない」と教えているのは,やはり賛成できない。