$あれも聴きたいこれも聴きたい-Trickbaby イギリスにはインド人が沢山住んでいます。その数は2001年の国勢調査では約100万人。イギリスの人口の約2%です。しかし、トリックはここから。パキスタン人が75万人、バングラデシュ人が28万人。普通の日本人の目には区別がつかないでしょう。

 トリックベイビーは、在英インド人女性サイラ・フセインと、レゲエで有名なアイランド・レコードで働いていたスティーヴ・エイガーの二人組です。96年に結成され、デビュー・シングル「インディ・ヤーン」がヒンズー語の歌としては初めて英国のラジオ・ワンのプレイ・リストにのる活躍をいたしました。

 その後2004年に発売されたアルバム「ハンギング・アラウンド」は、評論家筋から軒並み高い評価を得て、各国をツアーします。インドでも人気を博し、ボリウッド映画「ハイデラバード・ブルース2」で映画音楽デビューをします。翌年には、アビシェーク・バッチャンとプリヤンカ・チョプラという超有名俳優をフィーチャーした「ブラフマスター」のサントラで大躍進します。

 その後も英国とインドを股にかけて活動を続け、2008年に発表したのがこのセカンド・アルバム「チョール・バザール」です。「チョール・バザール」とは、有名なムンバイにある泥棒市場のことです。別に盗品を売っているわけではなくて、ヴィクトリア女王の船荷として送られて紛失したヴァイオリンがこの市場で見つかったので、そう呼ばれるようになったという話です。私は残念ながら行ったことがありません。

 サイラは、子どもの頃から、ガザルやカッワーリーなどのインドの伝統的な音楽や、往年のボリウッド映画の歌を聴いて育ったそうで、それが血となり肉となっていると語っています。長じてロックやテクノを愛するようになるものの、体に染みついた音は消えません。

 そんな彼女とレゲエ好きのスティーヴとの出会いが西と東の音の融合を生みました。見事に西にも東にも妥協がありません。なかなかハイセンスでポップなダンス音楽が繰り広げられています。

 ゲストに参加しているのが、大ヒット曲「ステイ」で有名なシェイクスピア・シスターズのマルセラ・デトロイト。そう言われてみれば、トリックベイビーの神秘的なポップス感覚はシェイクスピア・シスターズと一脈相通じるものがあります。

 どんなサウンドかと言いますと、リズムは基本的にはバングラ・ビートです。バングラはパンジャブ地方のお祭りの音楽を先祖に英国のインド人コミュニティーで発展した音楽です。そのお祭りビートは私の血となり肉となってしまったので、時々無性に恋しくなります。そのバングラ・ビートをミニマルにした上に、サイラのしなやかだが抑え気味の歌唱と、縦横無尽に重ねられるクラブ系の音のコラージュが、とても新しい感覚です。

 中にはボリウッドのクラシックをサンプルした曲も入っています。ここでは2曲。このアルバムはインドのCDショップで買ったのですが、ファンのためにファースト・アルバムからのヒット曲が2曲とボーナス・トラックが1曲入っています。そのボートラとファーストからの一曲がそれです。

 「ネエラ」では、81年のヒット作「シルシラ」からの曲、ボートラの「クリーミー」には、60年のこれもヒット作「マヤ」からの曲が使われています。後者のオリジナルはインドの歌姫ラタ・マンゲシュカルが唄っています。こういうサンプリングのセンスがとってもいいですね。ボリウッド独特のオーケストラ・サウンドが秀逸です。

 私は一押しのバンドだったんですけれども、彼らの公式サイトを見ても、このアルバム以降のニュースは全くありません。もう辞めてしまったんでしょうか。そうだとしたら、あまりに惜しいことです。皆さんもビデオを見て一緒に惜しんでください。
 
Chor Bazaar / Trickbaby (2008)