分子栄養学のススメ

分子栄養学の確立者である三石巌によって設立された会社“メグビー”のブログです。


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 ボクのわかいときの日本は今よりひどいものだった。好戦国として外国からきらわれていた。戦争をやって金や領土をぶんどることの味をしめていたってことなんだろう。兵役は国民の義務だった。

 そのころ成人の日はなかったが徴兵検査の日はあった。その日、二十歳の男子はのこらずしかるべき役所によびだされたもんだ。ボクのばあいは区役所だった。おさだまりの身長、体重、視力などの項目がすむと、全員すっぱだかにされた。そのまま国家権力執行者のまえにいかされる。かれは軍服をきて椅子にこしかけているんだ。かっこうがついている。

 かれは若者の下垂体をにぎる。殺生与奪の権をにぎって人権無視の思想をうえつけるつもりだろう。

 かれはしばし書類に目をやって解放のサインをだした。合格不合格はここできまったようだ。

 ボクが学生服をきると、ぶあいそうな中年男が「第二乙種合格」としるしたほそながい紙きれをくれた。

 これは一九二二年、第一次世界大戦がすんで軍縮の時代のことだった。そのせいで、第二乙種合格は不合格をいみしていた。ボンヤリ者のボクでもそのくらいのことは知っていた。

 この徴兵検査におちたことは、おそらくボクの一生にとってなにより重大なできごとだった。おかげでボクは、いちども兵営の門をくぐることがなかった。第二次世界大戦にかりだされて無念の死をとげることもなかった。

 むかしは「父母の恩は山より高く海より深し」なんていうことばがあった。ボクの目は父親ゆずりでわるい。そのおかげで徴兵検査におちたわけだとおもえば、これは父の恩ってことになる。だが、その時点ではこんな殊勝なかんがえはうかばなかった。男兄弟が三人ともこのいみで父の恩をうけたんだからたいしたもんだ。それは山よりも高く海よりも深いといっていいだろう。

 この父の恩は、兵役をのがれさせたばかりじゃない。「どうぞ、お先に」なんて軽口をたたかせる心境になったのも、ボクのわるい目のしわざだったんだな。

 

本原稿は、1994年1月7日に産経新聞に連載された、三石巌が書き下ろした文章です。

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あけましておめでとうございます。

本年もよろしくおねがいします。

 

年末に、『本ナビ:本のソムリエの一日一冊書評」さんに医学常識はウソだらけ 図解版 』をご紹介いただきました。

http://1book.biz/2016/12/31/-mitsuishi.html

ありがとうございました。

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