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FLOWERS~ めぐみの夢恋語り~・ブログで小説やってます☆

Every day is  a new day.
一瞬一瞬、1日1日を大切に精一杯生きることを心がけています。
小説がメイン(のつもり)ですが、そのほかにもお好みの記事があれば嬉しいです。どうぞごゆっくりご覧下さいませ。

 

 

韓流時代小説 秘苑の蝶 第二部

 「恋慕~月に咲く花~」 後編

「秘苑の蝶」第二部スタート。
奇跡の出会いー13歳の世子が満開の金木犀の下で出逢った不思議な少女、その正体は?
第二部では、コンと雪鈴の子どもたちの時代を描く。

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 桂花と同様、賛もあの日を思い出したようだ。
「この前は、私が桂花に食べさせて貰ったんだったな」
 桂花は顔をほころばせた。
「そうですね」
 考えつつ言う。
「あの日からまだひと月余りしか経っていないんて、自分でも信じられません」
 そのわずかな間に、随分と色んなことがありすぎた。今や男の身でありながら、桂花は東宮の〝妃〟となり、王宮に棲まうことになった。慣れ親しんだ〝金冒〟の名を持つ人間はもうどこにも存在しない。
 また、あの違和感が頭をもたげてきた。
ーこれが本当に自分が望んだことだったのか?
「桂花?」
 賛が訝しげに見つめている。桂花は慌てて我に返った。
「申し訳ありません、やはり疲れているみたいですね」
 賛が小さな息を吐いた。
「そんなこともあろうかと思って、用意させていたんだ」
 眼で指し示され、桂花も彼の視線の先を追う。酒肴の載った二つの小卓より一回りこぶりな卓には茶菓の準備が整っていた。
 桂花の花のような唇から思わず歓声が洩れた。
「金木犀茶ですね」
 賛が笑って頷いた。
「たぶん桂花には酒より、こちらが良いのではないかと思って」
 桂花は微笑んだ。
「お心遣い、ありがとうございます」
 用意された金木犀茶は、爛漫と咲き誇る姿そのままの色をとどめ、眼にも眩しいほど鮮やかに色づいている。桂花が早速、茶器を手にしようとするのを賛が横から制した。
「待って。今夜くらいは私がするよ」
 桂花は躊躇い、上目遣いに彼を見た。
「でも」
 賛が優しい笑みを浮かべる。
「花嫁は花婿以上に疲れるものだろ? ここは何も言わずに任せて」
 これ以上言うのも可愛げがない。桂花は頷き、素直に任せることにした。
 賛は手慣れた様子で湯冷ましに湯を注ぎ、それを急須に入れる。しばらく待ってから急須を両手で持ち上げ、ゆっくりと円を描くように回した。
「こうやると、茶葉の味と香りが更に際立つんだ」
 言いながら、急須から二つの湯飲みにそれぞれ茶を淹れた。桂花はなめらかに動く彼の綺麗な手の動きを眺めているだけだ。
「どうぞ」
 茶托に乗せた湯飲みは、茶器とお揃いだ。白地の縁に金の蔦模様が繊細に描かれている。
「頂きます」
 桂花は両手で湯飲みを捧げ持ち、一礼して口に含んだ。賛からは顔を背けて桂花茶を飲む。貴人には飲むところを見せないのが礼儀とされている。
「ー美味しい」
 思わず心の呟きが洩れた。馥郁とした花の香りはきつすぎもせず、殆ど薫らないくらいだ。最初のひと口を含んだひと刹那、ほのかに薫る程度だ。しかし、そのかすかな香りは確かに今の季節に香る金木犀の花そのものである。
 味は爽やかで、こちらも主張しすぎない。口の中でわずかに感じられる柑橘系にも似た茶は後味も良かった。香りも味もきつくなく、優しい感じだ。金木犀の花自体は、その鮮やかな色といい強い香りといい、どちらかといえば控えめな佇まいによらず主張する感じだけれど、お茶になると可憐な見た目そのままの控えめさを発揮するらしい。
 ただ、お茶の色そのものは、秘苑を彩る際立った橙色そのままの眩しいくらいの黄金色をしており、美しい。
「桂花茶は飲んだことはある?」
 問われ、桂花は頷いた。
「はい、母がたまに飲んでいたので」
 意図的に母を出したわけではなかったが、賛がハッと息を呑むのが判った。
 彼はしばらく迷ったような素振りを見せ、やがて遠慮がちに言った。
「実家の義父上や義母上は、今回の婚姻について何か話されていたか?」
 刹那、王に召し出された日、帰邸して泣いていた父の姿が浮かんだ。別れの日、話しかけても上の空で半病人の体であった母の憔悴した顔まで思い出す。
 桂花は両親の姿を打ち消し、笑顔を作った。
「いいえ。特には何も」
 男同士の婚姻に〝歓んでいた〟と嘘を言うのもかえって空々しい。それが桂花の精一杯の応えであった。
 賛がポツリと呟いた。
「そうか。そう、だな。明基叔父上や清明叔母上には、私は大切な子息を連れ去り、君の人生を台無しにした放蕩者ということになる」
 どこか自棄のような物言いに、桂花は哀しくなった。
「邸下。そのようなおっしゃり様はお止め下さい。私はー」
 賛が桂花を見つめている。燭台には龍が浮き彫りにされた黄金の蝋燭が赤々と燃えていた。賛の瞳が桂花を射すくめる。
「本当に後悔していないのか? 私と共に生きるこの道を選んだことを」
 いつまで経っても桂花が応えないため、待ちかねた賛が問うてきた。
 二人の間に突如、沈黙が降りる。かつてないほどの気まずさが漂った。