闇の世界に顔が利く男は17歳ながら大人の男の余裕と存在感を放つ美少年 韓国時代小説 猫は見ていた | FLOWERS~ めぐみの夢恋語り~・ブログで小説やってます☆

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小説  お嬢様春泉の秘密

  第一話  猫は見ていた

~あなたを愛しているけれど、同時に憎んでるもいるわ~。

16歳の私が初めて愛した男は、父を殺しにきた刺客だった。「悪魔的に美しい暗殺者」

を愛した少女の悲劇。

 

「あっ、あの。どたなさまかは存じませんが、お嬢さまをお助け頂き、ありがとうございました。主に成り代わり、お礼を申し上げます」
春泉の真後ろに控えていた玉彈が男に律儀に頭を下げ、慌てて〝お嬢さま、お待ち下さいませ〟と叫びながら、後を追いかけてゆく。
しばらく呆気に取られていたように立ち尽くしていた男が肩をすくめた。
「フン、これだから金持ちの令嬢は扱いにくいねえ。助けてやったのに、良い歳をして礼の一つも言えねえとは始末に負えねえや」
男は毒づきながら、そっと大きな手のひらで自らの両頬を撫でる。
「馬鹿力で思いきり叩きやがってよ。しかも、一度ならず二回だぜ」
長身で大人びた顔立ちのせいか、よく二十歳過ぎに間違われるが、時折、かいま見せる屈託ない素顔から、この男がまだ十代であろうことを窺わせる。
背後でプッと吹き出す音が聞こえ、男はつと振り向いた。その整いすぎるほど整った面から笑みが消え、代わりに凄みのある表情が浮かんでいる。
「おい、お前。今、笑ったな?」
「い、いや。気のせいだろう」
先刻の露天商―春泉に法外な値でノリゲを売りつけようとした男が怯えた顔で店先に座っている。
大方、春泉に男が二度も引っぱたかれるのを高みの見物していたに相違ない。
「おっさん。今度、あんな無茶をしたら、本当にどうなるか判ってるんだろうな」
せめてもの意趣返しにと必要以上に脅してやると、案の定、小心な男は震え上がり、真っ青だ。
「わ、判ってるさ。もう、あんな真似はしない」
「判ってるのなら、それで良い」
光王と呼ばれた若い男はもう一度、ギロリと露天商を睨みつけると、脚音も荒くその場から立ち去り、やがて大路を行き交う人の群れに混じって見えなくなった。
若い男の姿が人波に呑まれたのを確かめてから、露天商の主人は大息をつく。
「あれが噂の光王か。怖ェ、怖ェ。うっかり、あんな奴に眼っこ入れられたら、それこそ本当に商売上がったりだぜ」
光王、その名は、都で危ない橋を渡ったことのある者、闇の世界と一度でも拘わったことのある者であれば、必ず知っている名であった。
誰もがその光王という少年がいつ、どこから来たのかを知らない。ただ、気が付いたときには、光王は都の身寄りのない、行き場を持たない孤児たちを集め、その首領格にのし上がっていた。
光王は男気のある質らしく、自分の稼いだ金で気前よく手下たちを養ってやるので、手下たちもまた彼のために生命賭けで従うと言われている。噂を聞きつけた浮浪児が次々と光王の許に集まり、最初は数人だった光王の集団はいつしか十数人に膨れ上がっていた。
もっとも、光王はいつも単独で行動しているので、果たして、彼が本当にそんな集団のリーダーなのかどうかを知る者はいない。光王は彼の言うとおり、小間物売りを生業(なりわい)としている。それも、この露天商のように町中に店を出すことは滅多となく、大抵、商売物の詰まった箱を背に負い、町中を歩きながら品を売ってゆく、いわゆる行商人である。
話では、光王はまだ十七、八だと聞いているが、今の男はどう見ても、二十歳は超えているように見える。町中にはしょっちゅう姿を見せるが、彼がどこに住まいしているかすら、ろくに知る者はいないのだ。まだ若い癖に、やたらと存在感のある男で、闇の世界、つまり、陽の当たる道を歩けない者たちとも深い関わりがあり、その世界にも顔がきくといわれている底の知れない怖ろしい男なのだ。
「それにしても、男にしておくのは勿体ないほどの器量だな。あの容姿じゃア、都中の女があいつに色目を使うってのも満更、嘘じゃねえかもなあ」
光王についてのもう一つ風評。それは、〝稀代の女タラシ〟である。それについても、まだ十三にもならない中から、十歳以上年上の妓生にしこたま貢がせていたとか、真実かどうか判らない武勇伝が伝わっている。何しろあの天界から降り立った天人とも見紛うかのような美貌のお陰で、彼にその気はなくとも、女の方が放ってはおかないらしい。
彼が黙っていても、光王に貢ぎたがる女は後を絶たないし、一夜限りでも良いから抱かれたいという女はごまんといるそうな。
「神さまは不公平だな。何で、あんな奴がモテまくるほどの容姿に恵まれてるんだ? 俺はこのとおりのちんちくりんだしなァ」
露天商は呟くと、小さくかぶりを振る。
なるほど、確かに、先ほどの手際は鮮やかだった。露天商が見ても、誰が見ても、垢抜けない色黒の娘を上手いことを言っておだて上げ、その気にさせてしまった手練手管は見事としか言いようがない。
「女ってえのは摩訶不思議な生きものだからな」
露天商はぼやきながら、首をひねる。
光王にまんまと乗せられ、あの娘はボウッとなったらしい。すると、面妖にも、色の黒いパッとしなかった娘の頬に赤みがさし、眼がまるで潤んだようにキラキラと輝き始めたではないか!
頬をうっすらと上気させ、眼を潤ませた―ただのそれだけのことで、娘が別人のように見え始めたから、世の中はまだまだ判らないことが多すぎる。なるほど、言われてみれば、確かに娘の厚ぼったい唇は紅など差してないのだろうし、紅などなくとも十分に艶やかで、口づけを誘っているように見えないこともない。
光王が先刻の科白を本心から口にしたかどうかまでは判らないけれど、噂どおり、女をその気にさせるすべにかけては侮れない―というのは本当のようである。
それにしても、十七、八の小僧がどうやって、そんな女をその気にさせるすべを身につけたものやらと、露天商は大真面目に考えた。
相当の修羅場をかいくぐってきたんだろうな、あの若造は。でなけりゃア、あんな風に闇の世界を牛耳る親分そのもののような威厳なんぞが十七、八のガキにつくもんじゃねえ。
光王についての噂が嘘でなければ、光王はまだ十七のはず。彼のいちばん上の二十歳になる息子より年少なのだ。
この頃では、女房の奴は俺より稼ぎの良い長男の方を大事にしてるからな。くそっ、誰が一家のご主人さまだって言いやがるんだ。この俺じゃねえか。
彼の息子は幼い頃から、できが良かった。小間物屋の倅は字でも計算でもすぐに憶える神童だと噂が噂を呼び、聡明なところを見込まれ、とある商家の坊ちゃんの側仕えに上がっている。是非住み込みでと言われたのに、通いを希望してもそれがすんなりと通るほど、向こうは倅を跡取りの側仕えとして欲しがった。
いずれは、その商家の執事となるのだと、女房が我が事のように誇らしげに語っているのが、まるで
―父親は甲斐性なしなのに。
とあからさまに言われているようで、何故かいつも癪に障った。
自分なんぞ、たった一人の古女房でさえ、その扱いに手を焼いているというのに。ああ、今日もまた家に帰れば、稼ぎが少ないと女房にどやされ、四人の子どもたちには白い眼で見られるのだろう―。
浮気をしたくても、その軍資金も度胸もなく、ついでに、この面相では光王のように黙って突っ立っていても、女の方が寄ってきて、いそいそと世話を焼いてくれるわけでもない。
「結局のところ、俺には二十一年連れ添ったあの嬶(かか)ァと糞生意気なガキ共しかいねえってことかよ」
露天商はもう一度大きな溜め息をつくと、今度は盛大なくしゃみをした。
「やけに冷えると思ったら、今度は雪かよ。全く、貧乏人にはこの寒さはこたえるぜ」
彼は鈍色の空を恨めしげに仰ぎ、ぶつぶつと口の中で悪態を繰り返したのだった。