今朝の夢の中で「君の名は。」を酷評する両親に向けて、僕が何やら熱弁を奮っていたのでその言い分を記録してみる。
親父が「全く人間が描けてない」と少々怒り顔で言う。
その通り、絵は描き過ぎ、人間は描かな過ぎだった。
まず絵だが、アニメで初めて広角や望遠レンズを使い分けた作品だったのではないかと思う。
いままでのアニメはどんなに描き込まれていても、平たいパースで進行していたが、君の名は。のカメラワークはわざと広角の歪みや望遠のボケを利用していて、現実をトレースした背景とともに斬新な絵と思わせるに十分だった。
一方で「東京はそんな所じゃない」と笑うにも十分な作画だった。
君の名は。のキャラはみんなスペックしか無い。
しかもそのスペックが全部、ほどほどに可愛い、ほどほどに真面目、ほどほどに格好いい、おしゃれな店でほどほどにバイトしてる、ほどほどに付き合いがいい、ほどほどに大人、、、などなどありきたりな物ばかり。
作家からすると「そんなんでええのか!?」とツッコミを入れたくなるとは思うのだけど、ストーリーやキャラを見るとき、スペックしか必要のない人は多いと思う。
逆に作家が描き込みに描き込んだキャラ付けは、見る側には作品に入っていくときのノイズとなることは多い。
その味付けが好きな人もいれば苦手な人もいる。
逆にありきたりなスペックは全くノイズにならないから、最も大勢の人に受け入れられ易いのはそこそこのスペックしか与えられていない人形の様なキャラなのだと思う。
人形であるから観客が各々イメージでほどほどに肉付けをすることができる。
もし君の名は。のキャラがしっかりと描き込まれていたら、違う意味での傑作になっていたかもしれないが、これほど多くの人が足を運ばなかったかもしれないし、ある摂理に対しての人間の無力さを描いた作品だったと思うので、人間はみな棒切れでよかったのかもしれない。
ストーリーに忍ばせたその摂理の組み立て、描き方はなかなか優れていた。
君の名は。は傑作には違いない。
その目指し到達した感動の質(胸キュン)が我々にとって激しく「それじゃない」だっただけで、タワーの高さとしては古今東西の傑作と比肩しうる出来だとは思う。