国立、谷保天神下の田んぼ

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中央線沿線のこの辺りでは、唯一残っている田んぼではなかろうか。
僕の育った小金井の貫井はその名の通り湧き水の豊かな土地で、あちこちに水田新田の跡地があるが、僕の頃には全て埋め立てられ平凡な宅地や商用地になっていた。
少年時代抱いていた田んぼへの憧れは、田んぼに棲む水生生物に対する強い興味もさることながら、日本人が二千数百年来生業としてきたという稲作の流れに、自分もつながっていたいという願いだった。
民話や身近な昔話に必ず登場する田んぼが身の周りに無いということが、日本人として自分をひどく不完全な物に思わせていた。
そんな小学校五年の頃、自転車探検でこの地を見つけたのだった。
谷保天神から湧き出す豊かな水が、美しい水路となって走り田を潤す。
それは集落に張り巡らされ水草が茂り、小魚が隙をついて疾駆する。
天神の森を始めとして周りにはこんもりとした雑木林が豊富で、正に思い描いたような里山の田園。
僕はユートピアに踏み込んだのではないかとさえ思った。

もういつ以来になるだろう、去年の秋ごろ久しぶりに訪ねた谷保には、建売住宅に圧倒されゆく水田の姿があった。
聞けば農家も高齢化する一方で、(全国的な流れだとは思うが)代がかわるごとにこの儲けの出ない農地を手放していくのだという。
そうは言っても面影の残っているのが嬉しかった。
稲穂を渡る風が懐かしく身体を包み、穂と葉のさやぎは心の一番渇いた部分を潤した。
ここに戻りたかったのだと五感が訴えかけ、自分が豊葦原瑞穂の国の住人であるという実感が身を包んだ。
それは稲の精霊と心を交わすようなしみじみとしたひとときであったが、ひとたび稲穂の波から顔を上げると、周りにはこの土地を付け狙う平成建築の群れが牙を剥いていた。

いま、この国において受け継がれてきた良い物や美しい物は、必定のこととして急速に失われゆく流れにある。
それは敗戦後、再優先の待遇で奉ってきた経済の事情という物に、我々が大人しく従ってきた結果なのだろう。
思うにこの経済の事情に服従する人の心と戦うために、僕は道遠い能の世界にいる。
敵が大き過ぎる無力感や、風車に挑む徒労感に草臥れきって転がり落ちた、いまならまだ間に合うだろうか、という問いに答えるように、谷保の稲穂は健気な頭を垂れていた。

今年も田植えが始まる。
どうか谷保の瑞穂が末永く秋を彩りますよう。
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お水取り

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先日、養老の役作り?を兼ねて、三浦半島に湧き水を汲みに行きました。
掬い上げて飲んでみれば、「心も涼しく疲れも助かり」本当に命の水を頂いているという気がしました。
養老の前シテは良い水を飲んで元気になったお爺さん、後シテはその湧き水の背後にある山の神様、何となく湧き水と山の神様がなぜ繋がるのかと不思議に感じられますが、こういう所に来ると、その意味がよく理解できます。

生きとしいける物全ての生命の源は水であり、その水を生み出すのは正に山であり、山の持つエネルギーこそ、この世の万物を回す根源なのだと思いました。
養老の山神はその根源的エネルギーそのものなのだと思います。
ことに今回は「水波之伝」ということで、仏も神も水と波という表れの違いに過ぎず、我々ちっぽけな人間達も大自然の一部であるという巨大なテーマが語られます。
今回訪れたのはささやかな野中の泉でしたが、その背後にある小山の湛える自然のエネルギーに圧倒されました。
養老の滝を湧き出させる山神となれば想像を絶するスケールなのでしょう。
後シテが山神とのみ語られ固有の名前を持たないことが、この能の持つ心の深さを表しているのだと気づきました。









5月17日(火)、国立能楽堂大講義室にて〈三人の会 事前講座〉を行います。

6月25日(土)の会当日に使用する可能性のある能面・能装束・小道具類をお見せする他、それぞれの曲の解説や見どころなどを三人がお話し致します。もしかするとサプライズゲストが来るとか来ないとか、、

14時~と19時~の二部制にしてますので、お仕事帰りの方にもお越し頂ける時間となっております。

チケットお持ちの方は無料、チケットの無い方は2000円となります。お問い合わせ/お申し込みは下記リンクよりお願い申し上げます。

http://www.tessen.org/schedule/kikaku/20160625_sanninnokai
注)銕仙会、観世会のみの受付となります。
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増女

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当代一の面打師見市さんからお預かりしている増女。
増女は女神や天人など人間を超越した役柄に使う女面で、世阿弥と同時代の田楽役者・増阿弥が創始したという伝説からその名がある。
当時、田楽と猿楽(今の能の流れ)は田楽の能、猿楽の能と言って、互いに競って能を演じており、演目や能面を使った演技の質の上でも共通性があったと思われる。
さて増女であるが、若い女面であるにもかかわらず口角を上げず微笑みを表現しないこと、細く描かれた眉に冷厳な眼差しが神性を湛えつつ、仄かに色気を帯びた、クールビューティ能面の代表でもある。
増阿弥創始の逸話は伝説の域を出ないが、当時の口煩い見巧者達に人気を博し、世阿弥自身が「冷えに冷えたり」と絶賛した、増阿弥という役者の「冷えた」芸の質を現代に映す鏡ともなっている。

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