渋谷は若者の街、という認識は、この街に一度も来たことのない人のものとしか、私には思えない。この街は様々な顔を持ち、とくに裏道は豊かである。

宇田川町の知られざる名店「一人静」で、一人静かに酒を呑んだ。

この店の前はかつて川であったという。それがどぶ川に変わり、アスファルトで蓋された。急に通り沿いになったここで、居酒屋でもやってみようかということになったらしい。

昨夏、近くの「アップリンク」で映画を観た際に偶然この店を見つけた。店に入ると他に客はおらず。いかにも職人然とした、しかしこちらを緊張に追い込むような堅苦しさの全くないご主人に、「ウチは焼鳥屋ですけど、よろしいですか?」と迎えられた。カウンターと、囲炉裏のある小上がり。店を出るまで客は私一人で、小上がりの壁掛け時計の振り子の音をひたすらに聞いた。

メニューの表紙には「目に言う」とある。ご主人、ああ見えてダジャレ好きか。ちなみに価格は一切表示なし。客が呑みすぎないように配慮しているのだろう。

「まると」とかいう長野の酒を熱燗でたのむ。お通しは厚揚げのひき肉入りか。地味深く、汁まで啜る。熱燗はいわゆる「チンチンに」熱く、まだまだ若僧の私は徳利を片手で持てない。両手で猪口に注いだが、少しこぼしてしまった。が、この店の板でできたカウンターには、これまで数多の客のこぼした酒が染み込んでいるはずで、私の数滴もそれに加わったことは誇らしい。そういえば、店内にいると、今は道路になっている川の臭いまでしてくる錯覚におそわれる。



「つくね」は下卑た硬さとは完全に無縁の、あくまで柔らかい仕上がり。「椎茸」は、もともと無類の椎茸好きの私には欠かせない。「もも肉」は、いわゆるnegima styleで、白ネギの熱さ甘さに笑みが漏れる。「獅子唐」の爽やかな青さが鼻に抜ける。

「まると」一本だけで前頭葉まで酔いが回った。俺はこんなに酒に弱かったっけ?



最後に「鶏雑炊」で締める。これは奥さんが担当らしい。もちろん、米の一粒も残さず最後まで喜んでいただいた。

お会計は4883円也。

「目に言う」の一番最後のページには、「しずか鍋」や「冷し茶碗蒸し」などの「予約品」が並んでいる。



店の外には桜か。私は次にいつ来ることになるかわからないが、できればいずれ花のころにも来てみたい。


一人静居酒屋 / 神泉駅代々木公園駅渋谷駅
夜総合点★★★★ 4.5