医師不足とマンキュー | 肉団子閑居為不善

医師不足とマンキュー

アゴラに「医師増員のため、医学部を廃止せよ - 井上晃宏(医師)」というエントリーが投稿された。

井上氏は医学部の定員がボトルネックとなって医師数の増加が限られていると指摘し、医学部を廃止して資格試験としての医師国家試験のみにすれば医師の供給が増えると提言している。だが、医師を増やせばすむ問題だろうか。

ここの記載を見ると、人口千人あたりの医師数は日本が2.0、アメリカは2.4だそうだ。だが、日本よりも医師数が多くても、アメリカの医療はいま大変な問題に直面している。

アメリカには救貧医療のメディケイドや老人医療のメディケアなどの公的医療保険がある。これらの公的医療保険によってカバーされている人々と、私的医療保険会社の提供する高価な医療保険に入ることのできる豊かな人々の間の中間層として数千万人の無保険者がいて医療の機会を狭められていることが大きな社会的問題となっている。そこで、他の国のような国民皆保険制度の創設によって医療の機会に多くのひとがあずかれるようにしようとオバマ民主党政権が奮闘しているが、医療費を削減するためにメディケアにかかる費用を減らそうとしたところ、かえってそれによって老人が医療を受けられなくなるのではないかという懸念が出ている。

そうした報道をうけて、GREG MANKIW'S BLOGにSupply, Demand, and Healthcare Reformというエントリーが投稿された。政府の政策で誰もが医療の恩恵にあずかれるようになることで医療の需要が増すときに、その価格はコストの拡大とともに上昇する。すると、結局のところ需要が供給を規定するのではなく、その価格でどれだけ供給できるかというかたちで、供給量は定まってくる。

そうした増大したコストを支払うことを抑えようとすれば、政府が支払おうとしている公的医療保険による診療報酬だけでは供給はひどく少なくなり、私的な医療保険を使っていくらかの割り増しを払うことのできるような人ばかりが医療にあずかれるようになるのではないかという懸念を示している。

しかし既に日本でも医療費削減政策の結果、都市部で大病院にかかったことのある人ならわかるだろうが、高い部屋代を払える人が優先的に入院して治療をうけ、部屋代を負担できない人は不当なぐらい長く入院を待たされる負担能力による差別が平気で行われるようになった。国民皆保険制度とは言うが、実際には患者個人の負担能力の差によって受けられる医療の質や量がかわるようになってきている。

医療サービスの提供者である医師も、過剰な需要によって生じた激務に生命の危険を感じたり、その働きにみあった報酬を得られないなどの理由から、安い公立病院や救急病院から逃げ出して診療所の院長に転職してワークライフバランスを実現しようとする。医療の需要を拡大する公的な皆保険制度の下では医療のコストが拡大するのは当然のことであり、皆保険を採用している状況で医療費を抑制するということは、その供給を減らすことと同じで利用者に多大な不利益を生じることを意味する。

ここまで見ていくと、実は医師不足とは医療費不足でもあることがわかる。さらに言えば、国民皆保険制度によって誰もが医療にアクセスできる過剰需要状態が医療費の増加や病院勤務医の過密労働を生み出している。したがって、井上氏の指摘するような方法で医師の供給を拡大したとしても、問題の解決にはほど遠い。

なぜならば、医師が過剰で余っている状況をつくりあげて安く医師が雇えるようにするのもいいのかもしれないが、そうして供給を増やすことで需要が増え、結果的に医療費が増えるという悪循環に陥る。Mankiwの指摘するように、最終的には国が負担できる医療費の額に依存して供給は規定されるわけで、どんなに医師が増えたとしても患者が必要とする医療コストを国が支払うことができなければ、意味がないのだ。

たとえば、医師の数が増えて、ネイリスト大量養成時代のネイルサロンがそうしたように、大量の医師を高卒ネイリストのようにずらっと並べて仕事をさせるような病院が、方々にできるかもしれない。だが、ネイルサロンが増えた時におきたように、一度自分もプロに爪を塗ってもらおうという人も増えるだろうし、公的な補助を受けて自己負担を抑えて安くやれるという制度を利用して、中には8,400円の単色ラメグラでは飽き足らず13,800円のアートやり放題コースを毎週とっかえひっかえやるような客も出てくるだろう(某ネイルサロン価格表)。納得できる名人を求めて何ヶ所もネイルサロンを尋ね歩く人も出てくるだろう...ネイルなら全額自費だが、医療は三分の一だけが自費なのだ。

結局、明日からでもできる即効性のある策は、開業医や看護師がトリアージして病院に直接かかる人を減らすことで医療のアクセスを減らすことだ。おそらく医師の収入減少につながるこうした仕組みは医師の反発を招くことは当然のことながら、高価な高度医療へのアクセスを妨げられる患者団体からの大きな反発を受けるだろう。だが、日本最大の抵抗勢力にして既得権益者とは、実は公共サービスを利用する我々自身なのだということは認める必要がある。医師を増やすのはいいとしても、そもそもそれによって広がった需要に対してその費用を負担する能力は我々自身に、ひいては我が国にまだ残されているのだろうか。