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2010-01-26 09:17:26

中国は崩壊しない〜「毛沢東」が生きている限り〜 を読んだ

テーマ:ブログ
中国は崩壊しない、そんな題名の横に、「毛沢東(ビッグブラザー)」が生きている限り、と但し書きのような副題がついた本を読んだ。(アマゾン

毛沢東と共産党政権への素朴な信仰に基づく信頼感、それが人民をまとめている限りは中国の現体制は盤石である、という趣旨で、それを裏から支えているのは全土を覆い尽くす共産党ネットワークによる相互監視と情報統制であるという。

七章に分けられた本文のうち五章までは、中国や半島諸国に対して批判的な論調をとるブログ等々でこれまでもよくとりあげられてきたような、中国の近現代史上の事件とその問題点が著者の体験もまじえて淡々と書かれている。

六章「拝金主義革命」では、拝金主義による人心の荒廃、環境汚染、短期的な営利を重視すぎる企業や国家の矛盾などを指摘する。

ここで面白かったのは、人民の人気取りと社会の安定を重視して生産性の低い既存の構造不況業種企業に延命処置を施す中央政府と、あえて痛みある政策を採用して構造不況業種を一掃し、高付加価値産業への移行を促す構造改革を目指す地方政府との不協和音のエピソードを紹介した部分だ。

中国の抱える問題は、長期にわたる自民党の一党独裁を受け入れてきた我々日本人にとっても共通する部分もあり、どこか日本の風景を見るようで興味深かった。

七章「大中華帝国の夢ふたたび」では、前章で示された問題をうけて、世界不況による成長の鈍化、株や土地バブルの崩壊などは現体制をゆさぶりはするが転覆する力はなく、共産党は革命か戦争によってその問題を解決しようとするであろうと指摘する。革命とは、現在の資本主義的経済政策を止めて再び共産主義国家として鎖国さながらの統制経済に戻ることであり、戦争とは近隣諸国ことに台湾との地域紛争によってむりやり経済を上向かせようとすることだと指摘、これは普通の中国人の発想だという。

さらに、中華思想と列強による植民地支配という国家的ルサンチマンが暴発、世界に冠たる中国としてその名をとどろかせようと覇権主義国家として君臨する事を目指すのではないか、という結論で終わっている。

七章はなかなか香ばしく目眩がしそうな結論なのだが、その覇権を目指す中国が自分勝手な行動をとれば世界はどう見るだろうか。今年のダボス会議でもCOP15で煮え湯を飲まされたヨーロッパ勢や、アメリカの人権団体などの激しいバッシングに遭うという予想もなされているように、実際に実行にうつされれば、世界を敵に回すという高い代償を支払うことになりそうだ。

だが、この本の真の結論はあとがきに書かれている。

あとがきでは、まず日本政府に対して、政権が変わるたびにかわる一貫性を欠いた対中外交では中国の硬軟織り交ぜた巧みな外交にかなわないと指摘、中国に学ぶべきであると提言している。たしかに鳩山政権の友愛外交の弱腰を突く論者は多いが、その多くは対中強硬論のうらがえしであり、一方的な反中も媚中も有害であることにかわりはない。こと外交に関しては著者の言うように、中国に多くを学ぶ必要がありそうだ。

さらに、たとえ共産党一党独裁体制が盤石であったとしても、中国社会の大きな不安要因である官僚の汚職、人心の荒廃を防ぐためにも言論の自由が必要であるという中国へ向けたメッセージ、これこそきわめて正当にして、中国の現体制にとってもっとも危険な提言であり、本書の真の結論となるべき部分だろう。

詳しい人にはいささか食い足りない部分もあるかもしれないが、全体として扇情的な表現を避け、平易な文体で内容もよくまとまっており、現代中国の陰の部分を短時間で概観するのにはいい読み物ではないかと思う。七章はちょっと言い過ぎの観があるが、これぐらい言っておかないと売れないという事情もあるのだろう。
2010-01-20 07:43:59

日本は電気自動車を作れるだろうか。

テーマ:ブログ
表題のようなことを考えたのは先週の週刊アスキーに載った神足裕司氏のコラムを読んだから。

神足氏はモータージャーナリストの館内端氏が東京~大阪間を無充電で555.6Kmを走破したことをとりあげて、なぜそのようなことをしたかと言えば"電気自動車は使えないとデマをまき散らす輩がいるからだ"と指摘した。

確かに内燃機関が自動車に搭載されなくなれば、エンジンそのものやそれをコントロールするユニットを作る会社は打撃を受けるだろうし、部品点数も大幅に簡素化されるというので関連するメーカーも打撃を受けるのだろう。そうした「痛み」がもたらす社会の動揺と、それによって痛みを受ける旧勢力からの妨害について神足氏は懸念しているようだ。

だが、日本EVクラブの行ったこのイベントに、トーヨータイヤ三洋電機が協賛・協力しているように、全ての部品メーカーが打撃を受けるわけでもないし、電機メーカーなど自動車製造業以外のメーカーも参入して自動車関連産業以外のところへも波及する話でもある。

それに、中国という存在もある。日本のように高度に洗練された自動車を作れないかわりに小回りの効く中小メーカーが電気自動車を製造していて、比亜迪汽車がアメリカにEVを投入するという発表をしたばかりだ。

トヨタもEVを投入するそうだが、中国に二年も遅れて2012年になると報じられている。この遅れは何かといえば、まず巨額の開発資金を投じたハイブリッド車を売ってコストを回収しなければならないということや、トヨタが出すからにはそれなりの作り込みをしなければいけないという、"しがらみ"があるからに相違ない。おそらくEVへの移行はもっと先だと思っていたのかもしれない。二年という年月はクルマ作りにとってはほとんど泥縄で作ると言っても良いだろう。

しかし、トヨタが出すころには廉価な中国製EVがそれなりの市場を獲得していることは容易に想像できることだ。(もっとも車両の安全性などのノウハウが足りないため、欠陥車問題という敵失は十分期待できるだろうが)

大企業を保護しようとする従来型の産業政策では、過去の仕事のしがらみで新しい市場の動向に対してレスポンスが遅くなるきらいがある。日本でもベンチャー起業がどんどん行われ、電気自動車製造でもそれなりの中小メーカーが育っていれば、こういう問題が出たときにブランドの制約にとらわれることなくすみやかに対応しその生産高を延ばすことで、中国に流れるはずの利潤を日本に持ってくることもできるだろう。

よく景気対策のために大企業を優遇せよというおかしな議論がなされることがある。職なくして景気回復なしなどとも言われる。しかし、従来からの大企業を優遇することよりも多様なイノベーションにもとづく起業を支援することの方がはるかに重要だし、こうした企業のM&Aももっと活発に行われるようになれば大企業にとってもローリスクで新事業を始めることで利益になるはずだ。

成長戦略とは日本企業の持つ様々な萌芽的ビジネスの多様性を増やし、様々な市場の変動に適応できる企業がすぐにのびて行くことで全体としての成長を維持し続けることではないだろうか。ベンチャーを保護し延ばす仕組み、失敗してもまたすぐに再チャレンジできる仕組み作りを急ぐべきだ。変なヘゲモニー争いで国政を止めてはいけない。
2010-01-11 13:13:14

巣鴨署No pants subway ride Tokyoの阻止に成功

テーマ:ブログ
ズボンを脱いでパンツ一枚で地下鉄に乗る、"No pants subway ride"というイベントが東京でも開かれるはずだった。

インターネットで参加者を募るフラッシュ・モブというイベントの一種だが、Facebookに「No Pants Subway Ride Tokyo!」というページを作って参加をよびかけるなどかなり組織的に計画されたイベントであることがわかる。

これに対する警視庁の対応が凄かった。朝日新聞の記事によると、イベントの出発点となった大塚駅には警視庁巣鴨署の署長以下、約60人の警察官が待機して実行を完璧に阻止した。参加しようとした人のブログ(日本語)によれば制服警官や私服警官がトイレやホーム、改札口とそこら中にうじゃうじゃいてとても実行するような状況ではなかったらしい。

ちなみにこのイベントは東京だけでなく世界各国で実行されたらしく、ニューヨークではつつがなく行われたそうだ。

電車に乗ったらいきなり下半身下着一枚のお兄さん(しかも短足)の毛ずねがにょっきりあったらと思うと悪寒がする。ただ、悪趣味でありながらも人畜無害なこの手のおふざけに対する国ごとの反応の違いは興味深い。こういうイベントはその行為そのものよりもそれによって引き起こされる周囲の反応を楽しんだり考えたりすることにこそ意味があるので、そういう観点からすると東京の許容度はきわめて低かったようだ。しかも官憲がいきなり出て強制的に阻止したというあたりは、日本の社会の民度についていろいろな感想をもたれることだろう。

警視庁は"ズボンを脱がない"参加者として"No pants subway ride"というおふざけイベントに、はからずも参加させられてしまったことを反省するべきかもしれない

警視庁はいい仕事をしたと思う。だが戦術レベルでは完勝したが、それがゆえに戦略レベルで主催者に完敗したかもしれない。もう少しソフトな対応はできなかったのだろうか。
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