日曜日は、家族でいちご狩りに房総へ出かけました。
いちご狩りは朝早いので、受付まで車で並んでいたのですが、
娘がトイレに行きたいと言い出したので、その前に済ませていた息子が、
彼女にトイレの場所を説明していました。
その説明の仕方が、「一番左端のハウスのドアを開けると、そこにトイレがあるよ。」
というものでした。
車から出て行った娘はしばらくして、帰ってきて、
「よくわからなかった。ハウスから見て左なのか、どっちから考えて左なのかわからなかったから、寒いし戻ってきた、云々。」
と。
それを聞いた兄(息子)は、多少イラっとして、
「車から見て、僕らがいるところから見て左に決まってるでしょ。」
のようなことを言っていましたが、
この二人のやり取りを聞いていて、私はちょうど10年前、娘が幼児教室に通っていた時のことを思い出し、思わず笑ってしまいました。
当時、左右判断をやっていたのか、四方見をやっていたのか、記憶が定かではないのですが、
熊のぬいぐるみの左右を考えるプリントでした。
この、こぐま会の問題だと、「あなたから見て」と丁寧に書いてありますが、
「くまの左側にあるものは何でしょう?」
のような時、こういう問題が出たら、「あなたから見て」と書いていなくても、
これは「あなたから見て」です。
しかしながら、娘は、こういった問題で、
「自分から見てですか?
それとも、自分が熊になったら、ですか?」
のようなことを、言い出したのです。
これは1回切りのことではなく、しばらく、この左右の問題のとき続いたことで、
彼女は、自分からではなく、たいてい自分が熊のぬいぐるみになったつもりになってしまうので、悩んでいました。
そうすると左右が逆になるのですが、左右の判断が出来ないのではなく、思考が「自分がその具体物になった」つもりになって考えてしまうのです。
そのようなことを先生に言ったら、
「それは○○ちゃんの勝手なわがままな考え方、判断です!!自分から、と言ったら、自分からです。」と、叱られたのを、
今でも母娘で覚えていて、
今回の兄妹のやり取りを聞いて、
未だに、そういう思考は残っているし、変わらないのね、、、と
母娘が苦笑いになりました。
これは、物事の考え方の一つの例ですが、
性格的な部分こそ、
あの当時先生に注意されたこと、言われたことは、兄妹共に長所も短所もそのまま残っています。
本人たちも、「○○先生に、よくこういうところ叱られたよね。」と笑っています。
あの当時、努力したことで培った、残っている長所も未だにそのまま彼らが自分のよりどころとして生きている自信となる部分でありますし、
性格的に彼らの短所である面も、苦手なものも、
未だに、根本は当時言われてた通り。
先生から、「自分の短所を知りなさい。」と言われていたことが、今よく理解できます。
その、短所の部分や苦手なもの、
というのは、結局自分が一生付き合っていかなければならないのですから、
それは早々直るものではないし、そう簡単に克服しできるようになるものではないですが、
その自分の短所や欠点、苦手なことを、「知る、気付く、向き合う」ことは大切なことだと思います。
私はいつまでも直らなくても、できるようにならなくても、別に問題はないと思います。
でも、自分の短所や欠点や苦手なことを、知らないことは、本人の成長に繋がりませんし、
この先、生きにくいと思います。
さらに、自分の弱いところや欠点を知っている人というのは、やはり強いですよね。
欠点や短所、苦手なことは、直そう直そう!とするばかりでなく、本人が自覚するように気付かせてあげてください。
こんな幼児でも、自分の弱い部分を知っている子は、自ら成長しようとしますし、その欠点がいつしかその子の強みになっていくのではないかと、私は信じています。
今週はペーパーは、観覧車(回転推理)やキューブ積み木の四方見分野にはまりそうですね。
観覧車は、先週水曜日、工作で皆に作ってもらいましたが、
それを使って具体的に進めていこうと思っています。
今週もがんばりましょうね。
山中