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TSUTAYAでレンタルしていたDVDを1日延滞しています。今。

分かってるんですけどね、良くないことだと。
昨日は一日このDVDを持ち歩いていたんですよ。帰りがけに返却しようと。
それでも私ってば脳の一部がやや腐りかかってるもんだからすっかり忘れて翌日鞄の中を見て、あーあってなるんですよ。

意地でも今日借りたDVDをもう一度見てやろうって思いますよ。そしてちゃんと返却する。
晩ご飯を食べに外へ出た時に必ず私はTSUTAYAに寄る。自動ドアをくぐり抜けて階段をずかずか登って3階に行って、返却するの。
店員さんが延長してますね、って言ってきたら「知ってますがな何ゆうてますねん」という顏しながらピッタリ払ってやるんです。もう清算するまえからお金用意してるんです。

そのくらいしないとこの悔しさはどこにも行き場がないのです。

しばらく映画を借りるのはやめようっと。
やっぱり映画は映画館で見るのが好きですわたし。

私は一日に映画館をいくつかはしごするのが好きです。
何度かブログにも書いているのでご存知の方も多いかもしれませんが、一日で映画館3件4件はしごするのは私にとっては当たり前のことなのです。

これ、本当オススメなんですけどね。
ネットで映画館検索して、同時に観たい映画検索して、電車の乗り継ぎ表見るみたいな感じでスケジュールを組んで行くのは本当に楽しいです。

走ったらこの回間に合うじゃん!!とか思いながらスケジュール組むんですよ。
そうすると4本は観れるな、とか思って欲が出ちゃうんですよ。

東京都内は映画館が密集しているところが多いので本当に助かります。
水曜日だったりするとレディースデイとか言って格安で映画が観れます。
そんな時は感謝の気持ちしか湧かないです。

そうして映画を観て、気に入った作品はパンフレットとか買って、帰りに一人で日本酒飲んで炙ったエイヒレちぎってたら、あぁもう死んでもいいなって思うんです。

それくらい幸せを感じるのです。
最近は映画も良い値段しますから、これはかなりの贅沢な趣味です。

それと同じくらい好きなのは古本屋巡りですね。
神保町とかももちろんいいですが、私は荻窪辺りですね。
行くと決めてる古本屋がいくつかあります。

掘り出し物を見つけたら、昼間だろうが何だろうが関係ありません。
貝焼きの店に行って蛤とイカ焼きながら買ったばかりの古本を読むんです。
ジョッキの焼酎水割りかウーロンハイがお供です。

ざわざわうるさくって、煙もすごいもうもうとしているんですけど、そういう所で見つけた古本を読むのは本当に幸せです。

こういうこと言っているとおっさんくさいとか、そういいますけど、だったら私は全力でおっさんになりたいですよ。
化粧品でコレガヨカッターっとかあそこの服がカワイーとか誰々ちゃんって課長と付き合ってるんだってーとかそういう話よりも、私は一人で古本持って酒飲んでる方が性に合ってます。

作業用BGMとして河島英五をかけていたからか、最終的に酒の話になりましたが、そもそもなんの話を書いていたのか。

それでも私ってば脳の一部がやや腐りかかってるもんだからすっかり忘れて翌日鞄の中を見て、あーあってなるんですよ、という話に戻る訳ですね。

ではまた。

えいしまひれね
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三日坊主にならないといい、などと書いた矢先に二日連続で更新を休むという暴挙。

この性格もずっと変わりません。
何かに夢中になると食事も忘れ、睡眠も忘れ、トイレにも行かない私ですが、自分の中でその物事に対し満足がいくとそれまでの熱が嘘のように冷める事があります。

その中でも冷めない事というのはあって、それは今でも続く趣味に変わっています。

私の趣味はいくつかあります。
一つは写真を撮る事ですね。
デジタルガジェットを買いあさっている私ですが、本当はフィルムのカメラが好きです。

限られた枚数であったり、現像されるまでどういう写真が撮れたか分からなかったり、単純にシャッター音やフィルムを巻く音なども好きです。
カメラの軽量化が進む昨今ですが、あのフィルムカメラ特有の重さも好きです。

旅に行く時には必ずデジタルのカメラを一つとフィルムのカメラを一つ持って行きます。
そうすることで、撮りたい瞬間を取り零すことがありません。
大事にしたい瞬間はフィルムカメラで撮ります。
それはデータという触ることのできない形ではなく、手で触れることのできる思い出として残したいからです。

もう一つの趣味は旅行ですね。
昨年は一人旅に行けませんでしたが、今年はどこか行きたいですね。
海外が良いです。ニューヨークはいつ思い出しても素晴らしい思い出です。
日本国内でも良いですね。なんにせよ旅行は面白いです。

もし、自分がこの地で生まれていたらと考えたりしながら習慣の違いを知ったり、知らない道をただひたすらに進むのもわくわくします。

日常の「当たり前」が溢れる世界を飛び出せるというのは慣れることはなく、いつなんどきも新鮮です。

旅行のときに必ず持って行くのはもう一つの趣味である、本ですね。
本は素晴らしいものです。
私はあまり人と食事に行きませんし、友人も少ないです。
そうすると自分が持っている考えを共有したり、解を求めるということがうまくできません。
ですが、本は著者との対話に近いです。
本の中に解が隠れていたり、自分に似た登場人物を見つけては感情移入します。

物語が終わればその本の中で起こった物語を何度も反芻します。
そうすることで、まるで自分自身の体験のように物語を堪能することができます。

誰かに会うことなく、人の意見を聞けるというのも本の良い所だと思います。

それから、本は物語だけでなく史実に基づいたものも好きです。

私は義務教育しか受けてきませんでしたので、人よりも知らないことが多いと自負しています。
ですから、人よりも勉強をしなければならないと思っています。

もちろん、学校教育でしかわからないことや学校教育で得ておいた方が良いことも多いと思います。
物事を多くの人に教えるというやり方や、30人程の人たちと一緒に何かをするということ、基礎的な知識の習得。
そういったことは、学校教育の方が学びやすいと思います。

そういった機会を私は自分の選択で途中で放棄しました。
その結果、私は共同生活というのがあまり得意ではありませんし、たくさんの人に好かれようとする行動をあえて選択するということが素直に行えません。
それに、基礎的な、誰でも知っている一般常識とされることを私は全く知らないということだって稀ではありません。

更に、私という人間は、自分勝手なのです。
自我が強く、偏見も持っていて、時にそれは誰かを傷つけることになるかもしれません。

そういった自分を理解した上で、自分のキャパシティを超える人数とは関わらないようにしていますし、自分が気にかけられる人たちをしっかりと大事にしたいと考えています。

勉強することも、知ることも、すべて周りより下から始まっていると自覚することで、その分頑張ろうと思えます。

知るということは、自分の中にある漠然とした不安を解消する手段でもあります。
わからない、ということは不安の種です。
その種を放っておくことは、不必要な偏見を生むことになる可能性を秘めています。

偏見というのはとても厄介だと思います。
情報を拒絶し、知りもしないで知ったように振る舞い、更にはそれを卑下したりします。
そういったことはしないに越したことはありません。

世の中には面白いことがたくさん転がっています。
それを面白いと思えるかどうかは、自分次第です。
つまらない人生だと思うのは、自分がつまらないから思うことです。

私は自分がこの世界を去る時に、なんて面白い世の中なのだと思って、自己満足で構わないから、そう感じて去りたいと思うのです。

話が四方八方へいきました。

今日はこの辺で。

ではまた。


ちょうしまぶんね


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昨日久しぶりに自分の書いた長文を読んで驚いたのは、読みづらさでした。

変な話かも知れませんが、自分自身としてはもう少し文章上手かった気がするのですが、書かないというのはやっぱりよくないですね。劣化、退化、衰退の速度は思った以上のようです。

だからこそ、こうして文章を改め書くのは良い事なのでしょうね。
練習がてらにまた書き始めようと思えました。

そもそも、私が文字を書き始めたのはいつだったか。
記憶としてしっかり持っているのは小学生の高学年の頃です。

文字を書く、というのは、ひらがなの勉強や、漢字の練習というものではなくて、物語であったり出来事をまとめる時の事を指します。

もちろん、夏休みの自由研究でよくある絵日記ですとか、そういったたぐいのものは書きました。
でも、それは自ら進んで書いた訳ではなく、先生からの指示があってそこに自分の意志はあまりなく書いたものですので話は別ですね。

小学校五年生の頃でしょうか。
友人同士で小説の書き合いがしばらくの間流行りました。
交換日記から派生したものと思われます。

当時のノートは実家にあり、たまに帰省すると押し入れを開けては昔の自分に会うためにそのノートを開いたものです。

その頃はまだ私にも集中力があり、物語を最後まで書くということがちゃんと出来ていました。
ですがそのだいたいがストーリーもへったくれもない、起承転結もない、稚拙なものです。
漫画のト書きをそのまま書き出したような、なんとも読みづらく、読み手に対してかなりのスキルを要求するものです。
物語の書き方がわからなかったのでしょうね。

もう少し年齢があがると小説を読む事に夢中になり、そうなってくると書き出す物語もすこしは読めるものになりました。

それでも、今読むと自分にとっては拷問以外のなにものでもありません。
何故かというと、私の物語では人死に過ぎだからです。当時の私、死を軽んじ過ぎ。
著者の意図が丸見えで、こんな代物をよく人に見せていたなあとただひたすらに自己嫌悪です。
しかもご丁寧にこの小説を読んだ人の感想コーナーとか設けてある。

当時の自分を土に埋めたい。全力で掘るよ。そのためなら。

小学生の頃の話ならまだいいですが、ある程度分別のつく年齢になってからのものはもっとひどいですね。その当時に観た映画や小説、ゲームに影響され過ぎで。確かに、私はそういう人間です。

映画や小説、ゲームへの感情移入が尋常じゃなく、ドラゴンタトゥーの女を見ながら年賀状の準備をしていた時は住所を入力するだけの単純作業にも関わらず気分は天才ハッカーでしたからね。
しかもそれはついこの間の話ですし。

でも、それよりなにより、大人になったと強く感じるのは心の余裕がなくなってしまってきていることですね。
書き始めた物語を終えられなくなったのも、何かを生み出す為の心の余裕がないからだと感じるのです。

人にはやはり、心の余裕は必要だと思うのです。

考えなければ思考は止まって、止まるということは呼吸をしていないというのと同等の意味を持っていて、どんどんと脳の一部が死んでいくように感じるのです。

久しぶりに動かそうとしても機械と同じで、油は切れて埃は積もって、昔のように動くことはありません。
機械も人の脳も動かす事が大切ですね。

その為には、動かす為の心の余裕を今年は作りたいと思うのです。
その一つが、この文章を書くという行為にあたります。

三日坊主にならなければいいのですが、なんとも。

それではまた。
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