とにかく早ければ早い方がいいということで、全部お任せしますと伝えて待合室に移動しました。
こんなことになるなんて。
さっきまで家で楽しみだねーなんて言いながらわいわいやってたのが嘘みたい。
グレースは頑張ってるのに、やってあげられることが何もない。
ひたすら母子の無事を祈りながら待つことしか出来ませんでした。
30分以上経って、0時を回りました。
もう手術が始まって赤ちゃんが出てきた頃かな、みんな無事で出てきてほしいな、と思ってたら先生が慌てた様子で待合室に駆け込んできました。
「松原さん!松原さん!!ちょっとこちらへ来てもらえますか!?」
え?何この剣幕?もしかして何か良くないことが起きたのか…グレースや赤ちゃんの身に何かあったのか…
不安になりながら、走る先生のあとを追って処置室に入りました。
「1頭目を自然分娩しました!!」
!!!!!?????
自然分娩?
グレースが自力で産んだってこと?
麻酔は?手術は?
処置室の奥で別の先生が何か小さいものをタオルでごしごしこすってる。
近付いてよく見ると、小さな小さなイタリアングレーハウンドでした。
でもぐったりしていてピクリとも動きません。
先生が必死にタオルで温めて刺激を与えます。
「……ぴー…ぴー!!」
鳴いた!もう大丈夫!
頑張った!偉い!
グレースもよく頑張った!
0:15 1頭目出産
そんな僕たちに先生が説明してくれました。
「麻酔の準備を進めていたら、グレースちゃんが頑張って自然分娩してくれました。でもまだ安心は出来ません。お腹の中にはまだ4頭いますし、心拍の弱ってる子はまだ奥の方にいます。残りの子たちもみんな無事に出してあげるには、やはり帝王切開をした方が確実だと思います。どうしますか?」
そのとき背後から男性の声が。
「2頭目生まれました!!」
えーーー!!???
0:30 2頭目出産
どうやら1頭目が引っかかってて次がつかえてたらしい。
でも、この子も心拍が弱ってる子とは別の子でした。
帝王切開するべきかどうか。
このまま待てば自然分娩してくれるかもしれない。できれば自然分娩で産ませてあげたい。
でも、もしかしたら赤ちゃんが死んじゃうかもしれない。
ひとまずもう一度エコーをとって赤ちゃんの心拍を診てみようということになりました。
興奮と不安の整理がつかないまま待合室で待っていると、急患の犬が運ばれてきました。
その病院は夜間診療専門で、そこに来る動物はたいていかなり危険な状態の子ばかり。
他にも怪我や病気で来院してる子はたくさんいて、グレースは仕方なく後回しにされてしまいました。
本音はグレースを優先してほしい。
でも、ぐったりしてる犬や不安そうな飼い主さんを見てると、そんなことは言い出せませんでした。
どうすればいいんだ。
いや、まよってる場合じゃない。
エコーの結果、もし心拍の弱い子がさらに弱ってたりしたらもう迷わず帝王切開だ。
そうしよう。
そんなことを考えながらグレースの順番を待っていると
「3頭目生まれました!」
マジかよ!?
グレースすごいよ!
1:30 3頭目出産
こうなってくるとまた決意が揺らぎます。
やはり自然分娩でいけるんじゃないか。
帝王切開するなら3時までに決めてほしいと言われました。
じゃあエコーで赤ちゃんの様子に気をつけながらギリギリまで待ってみて、3時までに自然分娩しなかったときは帝王切開をお願いしよう。
その旨を先生に伝えてふたたび待合室で待つことにしました。
時間はどんどん過ぎていきます。
2時をまわり、2時半になり…
グレースが入れられているケージはガラス張りになっていて、触れることはできないもののギリギリまで近づくことができました。
人間が近くにいると気が散って出産に集中できない上に、今いる場所は慣れない環境なのでなるべく静かにしてあげておいた方がいいと言われてたけど、どうしてもいてもたってもいられなくてグレースの様子を見に行くと
後ろ足の間から黒くて丸いものが半分くらい出ていました!
慌てて先生を呼びに行くと、もうすぐ生まれそうだけど、人間が近くにいるとまた引っ込んでしまうかもしれないと言われ、待合室に引き返しました。
そしてしばらく待っていると
「4頭目生まれました!」
2:40 4頭目出産
ここまできたらもう最後までいけるはず!
そうだ!最後まで自然分娩でいこう!
そう喜ぶ僕たちに先生が言いました。
「心拍の弱ってる子がまだお腹の中にいます。今心拍が144まで下がっていて、さらに母体の陣痛がおさまってきてしまっていて、いきむのをやめてしまいました。かなりの高齢で疲れてしまったのかもしれません」
そうか、グレースの陣痛が始まってからもうすぐ7時間。
人間にしたら50歳の身体でここまで頑張ってきたんだ。
しかも心拍の弱ってる子が最後まで残ってしまった。
ネットで調べたら、140台まで心拍が落ちたら助かる可能性はかなり低くなるとのこと。
ここまできたけど、やはり切開しかない。
先生と話をするために処置室に向かうと、グレースが腹ばいにされて、先生が数人がかりで生まれた子たちにおっぱいを吸わせてる。
赤ちゃんにおっぱいを吸わせると陣痛を促すホルモンが出るそうです。
先生達も、ここまで来たら自然分娩で産ませてあげたいと思ってる。
だったら僕たちもグレースを信じよう。
先生が僕たちに
「初産の母犬はミルクをあげるのを嫌がることがあるけど、グレースちゃんは大人しくあげてくれました。とてもいい子ですね」
と言ってくれました。
その言葉を聞いて、なんかぐっときてまた涙が出てきました。
グレースは頑張ってる。
お願いだから出てきて、赤ちゃん!
みんなの願いが通じたのが、グレースがまたいきみはじめました。
出産に集中させるためにまた待合室へ。
最後、頑張ってくれ。
頼む…
流れる時間がすごく遅く感じました。
時計をみるともう4時をまわっていました。
駄目だ、じっとしていられない。
そーっとグレースの様子を見に行くと、先生が生まれたらすぐ介助できるように近くで控えてくれてました。
グレースに気付かれないように小声で先生
に様子を聞くと、いきんではいるもののまだ出てくる気配がない、と言いました。
すると、気配を察したのかグレースが僕に気付いて目が合いました。
思わず、頑張れと声をかけました。
その声が聞こえたのか、グレースが首をぐっと伸ばしていきみ、次の瞬間、後ろ足の間から赤ちゃんの頭が少し出てきました。
マジか、生まれる!もうすぐだ!頑張れグレース!!!
さらにグレースがもう一度ぐっと強くいきむと、最後の赤ちゃんはつるんと一気に生まれてきてくれました。
4:10 5頭目出産
喜びと安堵で、3回目の涙が出ました。
グレース、本当によく頑張った。
その日のうちにみんなで帰れるということで、いろいろしてもらって家に着いたら6時を回っていました。
すごく疲れました。
思っていたのの何倍も大変でした。
でも、何倍も感動しました。
一生ものの経験が出来たと思います。
赤ちゃんはもちろんのこと、グレースも今まで以上に愛おしく感じました。
こんな気持ちで帰って来れて本当によかった。