☆心優しいケア「ユマニチュード」 | 松林 秀彦 (生殖医療専門医)のブログ

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生殖医療に関する正しい知識を提供します。主に英語の論文をわかりやすく日本語で紹介します。

心優しいケア「ユマニチュード」についてご紹介いたします。私も初めて知りましたが、素晴らしいケア技術だと思います。

心身医学 2016; 56: 692(日本)
要約:ユマニチュードは、病院や施設で援助を必要とする人に対するケア技術を2人のフランス人が明確にしたものです。この根底には「ケアを受ける方が持つ能力を奪わない(無理強いしない)」ことがあります。

ケアの4つの基本:相手に常にポジティブなメッセージを発信する
1 見る:ケアの最中に、相手を「水平」な目の高さで「正面」から「近く」「長く」見ることで、平等、親密、愛情のある関係であることを伝えるアイコンタクト
2 話す:ケアの最中に、無言ではなく、「低めで落ち着いた声」「前向きな語彙」「途切れなく話す」ことで、相手を常に意識していることを伝える
3 触れる相手を驚かせない部分(体幹、下肢、上肢)から触れることで、安心感を持たせる*
4 立位援助:寝た状態では空間の把握は天井か壁だけとなり、3次元空間のコミュニケーションが実感できないため、立位あるいは座位となることで、立体的な空間でのコミュニケーションをとることが、人としての尊厳を与えることになる

ケアの5つのステップ(例:自宅で寝たきり認知症の高齢女性が末期癌であることがわかり、緩和ケアを行うことになりました。大きな褥瘡があるためそのケアが必要でしたが、看護師の全てのケアを固く拒み、つばを吐きかけたり、噛み付いたり、蹴ったりするため、困った患者でした。ここに、ユマニチュードケアのインストラクターが介入しました)
1 出会いの準備:相手のプライベートな領域に入って良いか許可を得るために、「3回ノックして3秒待つ」ことを2回繰り返す(ケアを受ける方の覚醒水準を高める方法)
2 ケアの準備:相手に「あなたに会いに来ました」と告げ、仕事(ケア)のためだけに来のではないことを明らかにする。3分以内に同意が得られなければ辞去する(会いに来たことを告げた後に、「褥瘡の手当てをする」と言うのではなく、「身体を拭きましょうか」と言うが、同意が得られなければあきらめる)#
3 知覚の連結:ケア提供者が発する言語的あるいは非言語的なメッセージ全てに同じ意味をもたせ、ケアの4つの基本に矛盾がないようにする(正しく「見る」アイコンタクトができ、優しく「話す」ができていても、患者さんの手を掴んだりする「触れ」方では全てが台無しです)
4 感情の固定:共に過ごした時間がとても良いものであったことを1分以内で共有する(「よく頑張りましたね」「気持ち良かったですね」とアイコンタクトを取りながら、優しく触れ、語る)$
5 再開の約束:再び来訪することを告げる(「また会いましょうね」と笑顔で辞去する)
(これらのケアの結果、患者さんの暴言や乱暴な行動がなくなり、周囲との穏やかなコミュニケーションが成立するようになりました。看護師も、患者さんに対する苦手意識がなくなり、用事がなくても顔を出すようになりました。)

解説:たいへん良いお話です。病院では、このような患者さんがたまにおられ、その方への対処に難渋することがあります。在宅介護の場面でも起こり得る状況です。認知症の方、聞く耳を持たない方への対処法として、実践したい方法です。普段の外来診療でも役立つ内容であり、ぜひコミュニケーションスキル教育の一環として医学教育の現場でも取り入れてほしいと思います。

補足説明:
*身体の各部位の末梢神経からの情報が大脳感覚野のどの程度の部分をカバーしているかを示した「ホムンクルス」というものがあります。これによると、手や顔からの情報が全体の2/3を占めており、体幹、下肢、上肢からの情報はわずか1/3程度です。つまり、手や顔にいきなり触れてしまうと、ビックリしてしまうのですが、体幹、下肢、上肢から触れると驚かせないようにできます。

#「あきらめる力」は重要で、患者さんが望まないことが無理やり行われるのではなく、患者さんに交渉の余地があることを理解してもらうのがねらいです。これにより、最初は拒絶されても2回目にはよりよい反応を得られるようになります。

$記憶障害が進行しても最後まで残る記憶は「感情と結びついた記憶」です。ケアが心地よいものであったことを共有する時間を持つことで、良い感情記憶を残すことができます。