Q&A1118 ☆体外受精が保険適応にならないのは何故? | 松林 秀彦 (生殖医療専門医)のブログ

松林 秀彦 (生殖医療専門医)のブログ

生殖医療に関する正しい知識を提供します。主に英語の論文をわかりやすく日本語で紹介します。

Q 26歳、治療暦2年
23歳で結婚後、約半年間自己流タイミングをとりましたが結果は出ず、不妊専門のクリニックに通い始めました。そこで卵管造影検査によって片側卵管周囲癒着が見つかり(開腹はしていませんので疑われると言ったほうが適切かもしれませんが)、しかし両卵管とも閉塞しているわけではなかったのでそのままタイミングを試みましたが、排卵は毎月癒着側から。この1年半で癒着でない側からの排卵は3回だけでした。そのため、やはり卵管の癒着が不妊の原因ではないかという医師の判断で、この度体外受精を始めました。幸いなことに、夫の精液も問題はなく、私も年齢のせいもあったのか採卵・受精と1度でうまくいき、10個の胚盤胞を凍結することができました。
私は運良く凍結までを1度で行うことができましたが、個人で開院されているクリニックのためか価格設定も高めで、今後の移植も含めると70万円を超えてしまいそうです。被害妄想のように思われるかもしれませんが、年齢も若く、卵管の癒着も産まれつき?(開腹手術をしたことはないので原因が思いつきません)で不妊となってしまった私にとって、これだけの自己負担を求められると「子供を望むことは罪だ」と言われているような気持ちになってしまいます。私も夫も子供はたくさん欲しいと思っているので、できれば胚盤胞をたくさん戻して3人以上は産みたい気持ちでいます。しかし、その都度かかってしまう移植費用などのことを考えると無理かもとも思います。

そこで質問させていただきたいのですが、現行の医療保険で高度不妊治療が保険適応外となっているのは「疾病ではないから」という認識のためであるとこは理解できていますが、一方で「禁煙外来」も疾病ではないのに保険適応で治療が受けられますし、オプジーボ(ニボルマブ)のような超高額の抗がん剤などが保険適応になっているのを見ると、不妊治療の金額なんてかわいいものなのに、なぜ医療保険に認めてもらえないのか疎外感のようなものさえ感じます。
先生は医師の立場から、高度不妊治療にかかる費用のクリニック間での差を無くす(縮める)ことや、高度不妊治療の医療保険適応はやはり無理な話だと思いますか。私はもう採卵等終えていますが、今後治療に望む人が私のような気持ちになることが無くなれば良いのに、と願ってやみません。

A これにはいくつかの理由があると思いますが、あくまで私見ですので、雑感記事の扱いとしています。

1 産科医療の歴史的背景から
妊娠や出産に伴う医療費は自費ですが、自治体発行の妊婦健診助成券(14回分の妊婦健診をカバーするクーポン券)や出産育児一時金(42万円)で補填されます。妊娠までの過程として、この延長線上に体外受精や人工授精などの不妊治療があるという考え方です。したがって、保険適応ではないが、助成金や補助金で賄おうという発想です。
もちろん、切迫早産で入院したり、帝王切開になると保険適応となります。同様に、不妊治療の場合にも、子宮内膜症、子宮筋腫、子宮内膜ポリープなどの手術の際には保険適応になります。

2 体外受精の成功率が低いこと
体外受精の臨床妊娠率(胎嚢確認)は全国平均で28.9%、出産率は19.7%です。通常の医療では90%未満の成功率の治療はほとんどないと思います。難しい心臓や脳の手術でも少なくとも50%の成功率はあるでしょう。このように成功率の低い医療行為に対して保険適応にすべきか否か考えた場合に、ある程度の成功率を持つ医療機関を、保険適応の体外受精実施施設に認定することが必要になります。それには、クリアしなければならない大きなハードルがあります。

①各医療機関の成功率の開示が必要になること
私の知る限り、施設間の臨床妊娠率の違いは最大10倍程度あります(ありました)。日本では日本産科婦人科学会が全国のデータを収集していますが、医療機関毎のデータを公表していません。おそらく、学会内の様々な事情により公表できないのだと推察しますが、公表に踏み切った場合には、抵抗勢力による大きな反対が予想されます。米国のように第三者機関が統計をまとめ公表するといった仕組みが必要ですが、公的な第三者機関を作るのは至難の技ではないかと思います。抵抗勢力は政治的な場合と経済的な場合が考えられます。政治的な場合は、たとえば学会の要職に就いている医師の病院の妊娠率がよくない場合であり、経済的な場合は、極端な話ですが成功しない方が収益増加につながる仕組みにあぐらをかいている場合が考えられます(この場合には最終的に患者さんは離れていきます)。

②成功率に線引きをすると、患者さんの選別をする方向へ向かうこと
体外受精の必要がない患者さん(自然妊娠可能な患者さん)に体外受精を行えば、あたりまえですが妊娠率は高くなります。医療機関の正当な評価は、体外受精しか妊娠の見込みがない方での妊娠率ですが、体外受精の適応の部分で医学的に正しい判断をしているかどうかの評価は困難です。つまり、難しい患者さんが切り捨てられ、簡単に妊娠する患者さんのみ体外受精を行う方向にシフトする可能性があります。逆に、安易なステップアップを推奨することになりかねません。これは、医療として正しい方向に向かうものではありません。切り捨てられた患者さんの向かう先は、高額な医療費の完全自費の医療機関になることが容易に想像されます。

③保険適応になると、年齢制限の線引きがさらに厳しくなること
公費投入の際には、費用対効果が重要になります。つまり、妊娠率が何%以上なら保険適応で十分ペイできるとの判断のラインが生じます。本当は、単なる年齢だけの問題ではないのですが、解りやすい線引きとして厳しい基準で年齢制限をすることになると思います。助成金の年齢制限の際にも大きな問題になりましたが、さらに大きな問題になると思います。切り捨てられた患者さんの向かう先は、やはり高額な医療費の完全自費の医療機関になることが容易に想像されます。

④高度な医療にはお金がかかること
何となく体外受精を行っている施設もある一方で、命がけで体外受精を行っている施設があるのも事実です。そこが妊娠率に反映されるわけですが、培養環境、培養師のスキルアップ、十分な知識や技術のある医師などの条件を揃えるにはお金がかかるのは当然です。したがって、妊娠率を突き詰める程、高額な費用がかかります。一方で、妊娠率をつきつめず、費用だけ高額に設定している施設があることも可能性としては否定できません。これは、外から見てもわかりませんので、患者さんが知る由もありません。値段しかわからなければ、「費用が高い=高度な医療をおこなっている」のではないかと錯覚させることもあるでしょう。適正な費用がいくらなのか、それによって保険点数を決める必要がありますが、ここもかなり難題です。

このように体外受精が保険適応になるには超えなければならないハードルがかなり高いと思いますが、私は、体外受精を含めた不妊治療は保険適応になるべきだと考えています。質問者さんの言う通り、癌治療や透析など毎月100万円単位の医療費が極めて多くの方に公費投入の形で使われています。その多くは高齢者です。医療費の患者負担3割、社会保険+公費で7割という比率は小額の医療費でのことであり、高額の医療費になると高額療養費制度が登場します。通常の月収の方では毎月約9万円までが患者負担でそれを超える額は全て公費で賄うというものです。したがって、100万円の医療費がかかったとしても9万円が患者負担、91万円が社会保険+公費負担となります。高額療養費制度を利用している方はかなり多いはずですし、これは毎月のことです。体外受精に50万円かかったとしても、毎月ではありません。生殖年齢の女性の中で実際に体外受精が必要になる方の人数を計算したとしても、高額療養費制度の額とは比べものにならないくらい低い額だと思います。日本の将来に必要なのは、子供達です。人口減少に歯止めがかからなければ、「日本」という国の力が弱体化し滅びゆくのは明白だと思います。少子高齢化を解消するには、老人医療ではなく不妊治療にもっと資金を投入することが必要だと考えますが、選挙対策(戦略)には老人向けの政策が有効であるという不思議な国「日本」です。これでは、本当に日本の将来に必要な政治家や政策が成り立ちません。いっそのこと、ある年齢を超えたら選挙権も被選挙権も消滅するようにならないか、そんなことを考える日々です。