☆☆妊娠判定陰性の時の考え方:オプション検査の是非 | 松林 秀彦 (生殖医療専門医)のブログ

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生殖医療に関する正しい知識を提供します。主に英語の論文をわかりやすく日本語で紹介します。

初めての体外受精で判定(ー)となった時のショックは計り知れません。このような場合、何かしらオプションを提示するのですが、「それがあるなら、なぜ先に言ってくれないのか!!先に教えてくれたら検査したのに!!」ということがしばしばあります。しかし、これらの検査はあくまでオプションであり、メインキャストではありません。その辺りの説明がなかなか難しく、もどかしい思いをすることがあります。このような時のたとえ話で何かふさわしいものがないか、ずっと考えていたのですが、なかなか思いつきませんでした。そんな時、YouTubeで「178cmの男子が練習してダンクシュートをマスターする」の動画からヒントを得て考えたのが、「妊娠成立と走り幅跳びの関係」です。

小学校6年生の女の子の走り幅跳びではおよそ3mが平均値ですので、3mを基準に話を進めます。大人の女性なら、走り幅跳びを一発勝負で行って3m超えるのは普通にクリアできる基準です。多くの方は3mならまず飛べますから、「まずは1回飛んでみましょう」ということになります。50%の方が飛べたとします。残りの50%の方は、「きっと、たまたまうまくいかなかったと思うから、もう1回飛んでみよう」とするでしょう。そして、2回目に20%の方が目標をクリアします(合計70%です)。何回か飛んでも結果が出なければ、フォームなどを考えてみます。走り幅跳びには様々な要素が混じっています。目標の3mに到達しない場合、助走スピードが遅いのか、踏切が悪いのか、タイミングが合わないのか、ジャンプ力がないのか、空中姿勢が悪いのか、着地がうまくいかないのか、様々な要因が考えられます。それぞれを分析して、トレーニングし、改善した上で、もう一度飛んでみるでしょう。そして、うまくいけばOKとなります。それでは、なぜ最初から、フォームなど様々な要因を検討しないのかというと、フォームがメチャクチャでも3m飛べる方が少なくないからです。たとえば、身長が高い方なら、一歩の歩幅が大きいので、ちょっと助走して軽く一歩で3m程度難なくクリアできます。この際、フォームは関係ありません。もし、全員にフォームなど様々な要因を最初から検討し、修正し、1回目を飛んでみても、簡単に飛べる方には何らメリットがありません。初回の成功率が55%になるかもしれませんが、大多数の方は無駄な時間と労力をかけたことになります。



妊娠に置き換えてみましょう。走り幅跳びの3mを妊娠成立のラインであるとします。まず1回移植してみると、50%の方が妊娠したとします(胚盤胞移植での平均妊娠率)。残りの50%の方は、たまたま染色体異常だった可能性が高いから、もう1回移植してみます。そして、2回目に20%の方が妊娠します(合計70%です)。何回やっても結果が出なければ、可能性のある要因を考えてみます。体外受精で良好胚を移植して判定が出ない時、刺激が悪いのか、内膜調整が悪いのか、ホルモン環境が悪いのか、着床の窓が違うのか、銅亜鉛濃度バランスが悪いのか、慢性子宮内膜炎なのか、不育症なのか、様々なことを考えます。それぞれを分析して、治療し、改善した上で、もう一度移植してみます。そして、うまくいけばOKとなります。それでは、なぜ最初から、可能性のある要因を検討しないのかというと、可能性のある要因が異常でも妊娠する方が少なくないからです。たとえば、妊娠しやすい方なら、どうやっても難なく妊娠できます。この際、検査の異常値は関係ありません。もし、可能性のある要因を最初から検討し、治療し、1回目を移植してみても、簡単に妊娠できる方には何らメリットがありません。初回の成功率が55%になるかもしれませんが、大多数の方は無駄な時間と労力とお金をかけたことになります。さらに、ヒトの着床についてはほとんどわかっていませんので、「可能性のある要因」というものがどこまで正当化されるかが明らかではありません。現在ある多くのデータは、複数回移植不成功の場合のオプション検査および治療であり、実際にオプション検査および治療を初回から取り入れてメリットがあるものはひとつも証明されていません。もし、初回からメリットがあるということが判明すれば、オプションではなく、ルーチンになります。

また、医学研究には、後方視的研究(後ろ向き)と前方視的研究(前向き)がありますが、後ろ向き研究で有意義とされた検査および治療が、前向き研究でその効果が否定されることも珍しくありません。したがって、現在のところ、オプション検査は、あくまでも複数回移植不成功の際の検査および治療でしかないのですが、何回不成功の場合にメリットがあるかは定かではありません。胚盤胞の場合は移植2回、分割胚の場合は移植4回が目安になると、先ごろの米国生殖医学会医学会でディスカッションされていました。走り幅跳びとの違いは、妊娠のオプション検査にはお金がかかるだけでなく、薬剤も追加されます。検査をすればするだけ薬剤が増えます。いわゆる薬漬け状態になりかねません。しかし、この薬剤が本当に必要かは明らかにされていないわけです。

「178cmの男子が練習してダンクシュートをマスターする」のは、どうやったかというと、ただひたすら練習なのですが、ジャンプ力の訓練から始まって、タイミングのつかみ方、空中姿勢などひとつひとつマスターしながら、着実に目標に近づいていきます。普通のダンクから、最後は後ろ向きのダンクまでできるようになり、かなりジャンプに余裕が現れていました。2mの男子なら簡単にダンクできるでしょうが、178cmの男子には練習が必要です。もちろん、練習してもできないヒトも大勢いるでしょう。そこは、持って生まれた身体能力の違いかもしれません。妊娠治療も、すべてのことをやり尽くしても妊娠できない方がおられるのも事実です。これは、それぞれの方の胚の生命力の限界なのかもしれません。ダンクシュートも同様、走り幅跳びも同様、ヒトにはそれぞれ限界があります。しかし、可能性を信じてトライします。まさに、「人事を尽くして天命を待つ」心境だと思います。

オプション検査は、どの段階で受けていただいても構いませんが、それが全てではありません。あくまでも「オプション」です。先にやったから大丈夫という確証はありません。後でやっても、もしかしたら見当違いかもしれません。なお、オプション検査を全く取り入れていない施設もありますが、私は可能性を少しでも上げる取り組みが必要だと考えています。