☆一酸化窒素経路からみたバイアグラと着床 | 松林 秀彦 (生殖医療専門医)のブログ

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生殖医療に関する正しい知識を提供します。主に英語の論文をわかりやすく日本語で紹介します。

一酸化窒素(nitric oxide: NO)は、平滑筋弛緩作用、動脈拡張作用があります。本論文は、一酸化窒素経路の観点に基づいた検討の結果、バイアグラによる着床促進の可能性を示唆しています。

Fertil Steril 2015; 103: 1587(米国)
要約:妊娠初期の胎盤を提供していただき、絨毛細胞であるcytotrophoblastからHTR-8/SVneo細胞株を樹立しました。この培養細胞に一酸化窒素関連の物質(NO、バイアグラ、cGMP作動薬、cGMP阻害薬、L-NAME、SNAP)を添加し、絨毛細胞の浸潤能を検討しました。絨毛細胞のインテグリン発現は、一酸化窒素あるいはcGMPが増加する薬剤を添加すると、α6β4(静止状態)からα1β1(浸潤状態)にシフトし、浸潤能が高くなりました。結果は下図の通り。

青字および青線は、cGMPが増加することにより絨毛浸潤が高くなりますが、赤字および赤線は、cGMPが低下することにより絨毛浸潤が低くなります。

解説:生体内では、一酸化窒素は一酸化窒素合成酵素(NOS)によってアルギニンと酸素とから合成されます。一酸化窒素は細胞内のグアニル酸シクラーゼ(GC)を活性化してcGMPを合成させることによりシグナル伝達に関与しています。一酸化窒素の平滑筋弛緩作用、動脈拡張作用を利用したものが、ニトログリセリンであり、狭心症の治療に用いられています。一酸化窒素の生物機能は1980年代に見いだされ、1998年のノーベル医学生理学賞の受賞に結びつきました。

着床に向けた子宮内膜の変化は「血管透過性亢進、浮腫、細胞膜の流動化、胚盤胞の接着による上皮細胞の細胞死」であることが明らかにされています。着床部位では一酸化窒素とcGMP増加がみられるため、一酸化窒素とcGMP増加による血管透過性亢進と浮腫が、着床促進に繋がるのではないかと考えられます。ラットでは、cGMP産生を抑制すると着床障害になります。妊娠ラットでcGMP産生を抑制すると、妊娠高血圧症候群(妊娠中毒症)になります。マウスでは、一酸化窒素が絨毛の分化に重要であるという報告もあります。つまり、一酸化窒素とcGMP増加が、着床や胎盤形成(placentation)に重要な役割を担っていることが示唆されます。

シルデナフィル(バイアグラ)はPDE5阻害剤であり、cGMPが増加します。PDE5のmRNAは子宮および胎盤に発現が認められます。子宮内膜が薄い方にバイアグラを投与すると、内膜が厚くなり、着床率がよくなるという報告があります。また、絨毛の浸潤能低下あるいはインテグリンα1β1発現低下の場合に、妊娠高血圧症候群や子宮内胎児発育遅延(IUGR)が増加することが報告されています。

正常な胎盤を形成すること(normal placentation)が着床~妊娠維持に必須なわけですが、異常な胎盤を形成する(abnormal placentation)と、着床障害、流産、妊娠高血圧症候群、IUGRに至ることが明らかとなっています。本論文は、バイアグラなどcGMPを増加させることで、絨毛細胞の浸潤能が増加することを示しています。つまり、バイアグラは、着床能促進(改善)のみならず妊娠高血圧症候群やIUGRの予防にもつながる可能性があります。

2015.6.13「☆子宮内膜NK細胞の調節機構と着床」の記事は、子宮内膜の脱落膜側(母体側)からみた着床に関する最新知見でした。本論文は、子宮内膜の絨毛側(胎児側)からみた着床に関する最新知見です。新たな切り口からのこの2つの論文は、着床現象が解明される日がくるのが近いことを感じさせます。