新しい視点の論文は、考えさせられます。本論文は、人工授精の精子調整時間と妊娠率の関係を初めて調べたもので、精子調整後40~80分で子宮に注入した場合に最も妊娠率が高くなることを示しています。卵子のみならず、精子にもゴールデンタイムがあることになります。
Fertil Steril 2014; 101: 1618(フランス)
要約:2012年にフランスの7カ所の不妊クリニックから709名、計862周期の人工授精において、精子調整時間と妊娠率の関係を前方視的に検討しました。排卵誘発は、hMG製剤かFSH製剤を用い、卵胞が15mm以上になったところで、hCGを投与し排卵のトリガーとしました。精子は禁欲期間5日以内の新鮮な精子を用い、精子調整後22~37℃で保存しました。精子調整後40~80分で子宮に注入した場合に最も妊娠率が高く、それより短くても長くても妊娠率が低下しました。この他に人工授精の妊娠率低下に寄与する要因として有意だったものは、女性の加齢、運動精子数低下、原因不明不妊症の場合でした。
解説:欧州では人工授精に力を入れており、キチンと排卵誘発(卵巣刺激)を行い、キチンと排卵のトリガー(hCGかGnRHa)を使った人工授精が行われています。その成果は、高い妊娠率に現れています。フランスでは、2010年に59,897件の人工授精が実施され、6,179名の児が誕生しています(生産率10.3%)。欧州全土では、2009年に8.3%の生産率でした。これまで、排卵のトリガーの32~40時間後に精子を注入すると妊娠率が良いことが知られていましたが、精子調整後の時間に関する検討は行われていませんでした。このような背景のもとに本研究が行われました。本論文は、精子調整後40~80分で子宮に注入した場合に最も妊娠率が高くなることを示しています。
精子調整後の時間が短くても長くても妊娠率が低下するのは何故でしょうか。受精前の準備として、精子の染色体凝集が解除されることが必要と考えられています。しかし、精子調整後の時間が短いと、染色体凝集が解除されるための時間が不十分で、この準備ができていない状態で精子が注入されることになるからと考えられます。精子調整後の時間が長くなると、精子を長時間培養することによるマイナス作用、たとえばDNAのフラグメントが生じるため、あるいは先体反応が起こるためではないかと考えられます。一方、顕微授精では、先体反応が起きていた方が受精率が良いことが知られており、精子を培養(3時間以上が望ましい)してから顕微授精を行います。先体反応とは精子の先体が卵子の透明帯に接近した時に起こる反応で、卵子と融合できる状態になります。
従来、原因不明不妊症の場合には人工授精が有効であると考えられていましたが、本論文の結果は、逆に原因不明不妊症の場合は人工授精では成績が悪いことを示しています。原因不明不妊症の方は、早めのステップアップが望ましいということになります。
日本では、排卵誘発をしない、排卵のトリガーを用いない人工授精が行われることが多いように思います(人工授精当日のhCGはトリガーではありませんのでご注意ください)。卵巣過剰刺激症候群(OHSS)や多胎妊娠を避けるため、あるいは自然を好む日本独特の風潮などの理由があるからと考えますが、このため人工授精の妊娠率はあまりよくありません。私は、欧州のスタイルで人工授精を行っておりますので、排卵誘発剤と排卵のトリガーを使用します。薬剤を使用することに抵抗感を示す方もおられますが、目的は妊娠•出産ですので、目標に最短で到達して欲しいとの考えで行っています。次のステップである体外受精にいかずに人工授精で妊娠するなら、とてもハッピーだと思います。人工授精にも全力で取り組むべきだと考えています。