本論文はカナダでの調査ですが、「妊娠を目指す男性に男性ホルモンは禁忌」という事実をご存知ない専門医が少なからずおられることを示しています。また、不妊症男性では、男性ホルモン投与により88%の方が無精子症となり、男性ホルモン投与を中止すると65%で造精機能が回復することを示しています。
Fertil Steril 2014; 101: 64(カナダ)
要約:2008~2012年に男性不妊外来を訪れた4400名の男性のうち、59名(1.3%)が男性ホルモン(テストステロン)を処方されていました。処方した医師の内訳は、内分泌科医24%、一般内科医17%、泌尿器科医15%、婦人科医5%、生殖内分泌医3%でした。ほとんどの方(82%以上)は性腺機能低下症の治療目的で処方されていましたが、驚くべきことに7名(12%)は不妊治療のために処方されていました。男性ホルモンを処方されていた方の88%は無精子症となっており、男性ホルモン中止後半年で65%の方は精子形成が復活していました。
解説:内分泌学会のガイドラインには、性腺機能低下で血中テストステロン濃度が低下し、自覚症状がある男性には男性ホルモンを投与すべきであると記載されています。性腺機能低下の自覚症状としては、性欲低下、勃起障害、情緒障害、イライラ感、疲労感、記憶障害などがありますが、自覚できない症状として、骨密度低下、細身、インスリン抵抗性、心血管系異常などがあります。男性ホルモン投与の副作用としては、肝機能障害、赤血球増多症、脂質代謝異常、睡眠時無呼吸症候群、前立腺癌リスク増加などがあります。しかし、男性ホルモン投与の最大のデメリットは造精機能障害(精子を作る力の低下)です。妊娠歴のある男性において、男性ホルモン投与は造精機能障害をもたらし、男性ホルモン投与を中止すると94%の男性で造精機能が回復することが知られています。しかし、不妊症の男性における男性ホルモン投与がどのように影響するかは、これまで明らかではありませんでした。本論文は、不妊症男性においても、男性ホルモン投与により88%の方が無精子症となり、男性ホルモン投与を中止すると65%で造精機能が回復することを示しています。
あまり知られていませんが、男性ホルモン投与は、避妊法のひとつとして有効ではないかと最近検討されています。妊娠歴のある男性に男性ホルモンを投与した場合、アジア人では90%以上、欧米人では60%が無精子症になるためです。一方、不妊症男性では、18~34%の方で男性ホルモン濃度が低下しています。低下しているものを補おうという単純な発想で投与されているものと考えられますが、男性ホルモン投与は明らかに造精機能障害をもたらします。内分泌学会のガイドライン通りに男性ホルモンが使用されているのは約半数(47%)に留まっています。内分泌学会ガイドラインには造精機能障害に関する記載がないため、知識不足のため誤用されているものと考えられます。アンケート調査によると、驚くべきことに米国の泌尿器科医の25%の方が男性不妊治療に男性ホルモンが有効であると回答しています。
男性ホルモンが適応外で最も使用されるのは、アスリートの筋肉増強に対してです。米国ではプロスポーツ選手やボディービルダーの男性の30~75%に男性ホルモンが使用されているという衝撃的な事実が存在します。これらの男性では、造精機能低下が生じている可能性が極めて高いのですが、ドーピングで使用禁止薬剤であるために、その使用は勿論、副作用を報告することがなく、表面化しないという問題があります。さらに、男性ホルモンを使用している男性の多くは、その他の薬剤、抗エストロゲン、アロマターゼ阻害薬、hCGも併用しているとされています。
「妊娠を目指す男性に男性ホルモンがいけない」ことは、当院CEOの石川智基のブログの記事にも最近アップされました。本論文は、その根拠を示すものです。専門家は専門知識をアップデートし、患者さんは「自分の身体は自分で守る」ことが必要ではないでしょうか。私のブログの読者は、患者さんのみならず、専門家(医師、看護師、培養士など)も大勢おられます。正確な最新情報を提供するために本ブログを運用しておりますので、ぜひご活用いただければ幸いです。