☆スクラッチング法 | 松林 秀彦 (生殖医療専門医)のブログ

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生殖医療に関する正しい知識を提供します。主に英語の論文をわかりやすく日本語で紹介します。

2013.11.12「☆☆着床率を上げる方法(NSAIDsとCOX)」で、スクラッチング法をご紹介しました。本稿では、スクラッチング法の文献的根拠についてまとめてみました。

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要約:スクラッチングの歴史をご紹介します。
 文献をひもとくと、動物では1900年代前半から論文があります。
①1907年 ギ二アピッグの子宮内膜に損傷を与えると脱落膜化が促進され着床率が増加
②1968年 マウスの子宮にオイルを入れると脱落膜化が促進され着床率が増加
③1972年 上記の現象は抗ヒスタミン剤を使用すると消失する
 これらの結果から、創傷治癒過程に出現する様々な物質(サイトカインや成長因子など)が着床を促進する可能性が示唆されます。
 一方、ヒトでは、、、
④1971年 黄体期(着床期)に子宮内膜組織検査を行った周期に28名が妊娠したが、流産は2名(7%)のみで、子宮内膜の脱落膜化が促進され着床環境が良好になった可能性が高い
⑤1993年 7回以上の体外受精不成功であった14名の女性に、子宮鏡検査、子宮内膜掻爬、3種類の抗生剤投与を行ったところ、次の周期の体外受精で6名に妊娠成立
 以上を踏まえて、ヒトでのスクラッチングの論文が3件発表されました
⑥2003年 平均4回の体外受精不成功であった45名の女性に、前周期に4回の子宮内膜組織検査を行ったところ、着床率(27.7% vs. 14.2%)、妊娠率、生産率は非実施群の約2倍であった
⑦2007年 平均7回の体外受精不成功であった63名の女性に、前周期に2回の子宮内膜組織検査を行ったところ、着床率(11.0% vs. 4.0%)、妊娠率、生産率は非実施群の約3倍であった
⑧2008年 超音波上不規則な子宮内膜像を呈した60名の女性に、体外受精周期に1回の子宮内膜組織検査を行ったところ、着床率(33.3% vs. 17.7%)、妊娠率、生産率は非実施群の約2倍であった
 これらの論文は全てランダム化試験ではありません。しかし、ランダム化試験を子宮鏡検査で行った論文が3つあります。
⑨2003年 94名の女性をランダムに分け、最近の子宮鏡実施群と過去の子宮鏡実施群としたところ、妊娠率(71% vs. 39%)は最近の子宮鏡実施群で有意に高くなっていました
⑩2004年 2回以上体外受精不成功であった421名の女性をランダムに分け、子宮鏡未実施群、子宮鏡実施(異常なし)群、子宮鏡実施(異常あるも無処置)群としたところ、妊娠率はそれぞれ21.6%、32.5%、30.4%であり、子宮内の異常の有無にかかわらず子宮鏡実施群で有意に高い妊娠率であった
⑪2006年 520名の女性をランダムに分け、子宮鏡未実施群、子宮鏡実施(異常なし)群、子宮鏡実施(異常あり処置)群としたところ、妊娠率はそれぞれ26.2%、44.4%、39.6%であり、子宮鏡実施群で有意に高い妊娠率であった

解説:なぜスクラッチングが有効なのかについては完全には明らかにされていませんが、最近の報告では、スクラッチングにより着床に必要と考えられている様々な物質の遺伝子発現が増加しているというデータがあります。たとえば、MUC1、クリスタリンαB、アポリポプロテインD、フォスフォリパーゼA2、ウロプラキン1b、グリコデリンAなどです。また、スクラッチングによりTNFα、IL15、GROα、MIP1BなどのサイトカインのmRNAの発現が増加しているという報告もあります。脱落膜化は着床に必須の現象ですが、上記の遺伝子、サイトカインが脱落膜化に関与するのではないかと考えられています。

また、着床率を上げる方法として、子宮鏡検査(可能な限り体外受精の周期近くに実施)の有用性も認められています。

かつては移植前に子宮内には触らないようにするというのが常識でしたが、その常識が覆されてきた歴史とも言えるでしょう。

下記の記事も参考にしてください。
2013.11.3「☆NSAIDsとCOXとは? 基礎編」
2013.11.5「☆NSAIDsは着床を妨害するのか?」
2013.11.6「☆アスピリンを飲むのが心配です」
2013.12.18「☆着床にはやはり炎症が必要」