☆リウマトレックス(MTX)の影響は? | 松林 秀彦 (生殖医療専門医)のブログ

松林 秀彦 (生殖医療専門医)のブログ

生殖医療に関する正しい知識を提供します。主に英語の論文をわかりやすく日本語で紹介します。

何らかの疾患の治療で使用している薬剤が、思いがけない作用を持っていることがあります。今回ご紹介するのはその1例として、慢性関節リウマチで使用する「リウマトレックス」というお薬についてです。
「リウマトレックス」=「メトトレキサート(MTX)」です。実はMTXは、婦人科では絨毛癌(hCG産生腫瘍)の治療薬として広く用いられている抗癌剤です。MTXはこのような癌化した「絨毛(胎盤)」のみならず、正常な「絨毛(胎盤)」にも効果があるため、存続絨毛症(流産手術後、hCG値が正常になるまでの経過が長い場合)や妊娠(絨毛)部位の特定できない異所性妊娠(子宮外妊娠)の場合の治療に用いられています。つまり、胎盤をやっつけてしまう薬剤ですから、妊娠中には使えません。果たして妊娠前はどうなのか、論文を調べてみたところ、意外な事実を知りましたのでご紹介します。

Fertil Steril 2009; 92: 515
要約:1999~2005年異所性妊娠(子宮外妊娠)のためMTXを使用した67名の方で、MTX使用前後の卵巣刺激に対する反応性を後方視的に比較しました。MTXは50mg/㎡を投与し、1週間後のhCG低下率が15%未満の場合にはもう一度投与しました。データの欠落のある19名を除外し、48名について検討しました。2年以内に正常妊娠に成功したのは43%(人工授精と体外受精を含む)、妊娠までの平均期間は181日でした。体外受精を行った方のみを検討したところ、MTX治療後180日以内に採卵した場合、MTX治療後で採卵数が有意に少なくなっていましたが、子宮内膜の厚さとFSH値には有意差を認めませんでした。また、MTX治療後180日以降ではMTX治療前後の採卵数に違いを認めませんでした。

解説:従来、私たち産婦人科医の常識では、MTXは絨毛特異性が極めて高く、その他の臓器に障害を与えることはないと考えられていました。そのため、私もこれまでそのような考え方で、患者さんに説明してきました。「理論的」にはそうだと思っていただけで、この考えは「実際」に証明されていなかったわけです。確かに、MTXの卵巣毒性は低リスクorリスク無しとなっています(2013.3.21「抗がん剤の影響(卵巣毒性)」を参照してください)。また、抗癌剤治療による卵子のダメージは、アルキル化剤を用いた場合とAMHが2.0以下の場合により強く起きます(2013.3.15「癌の治療による卵子のダメージ」を参照してください)。

MTXをはじめ抗癌剤は、細胞分裂が活発な細胞に作用しますので、頭皮、皮膚、消化管粘膜(口腔~肛門)の細胞や精巣、卵巣、子宮内膜細胞に作用する可能性があります。「本当に卵巣や子宮内膜はMTXの影響を受けないのか」調べるために本研究が行われました。その結果、MTXによる卵巣への影響は、投与後180日以前で認められますが、それ以降では認められない一時的なものであること、子宮内膜細胞への影響がないことを示しています。「180日」とは、まさに原始卵胞→一次卵胞→二次卵胞→前胞状卵胞→胞状卵胞へと成長する期間と一致しています(2013.10.13「☆☆チョコレート嚢腫術後に低下したAMHが増加する場合がある?」を参照してください)。MTXは、卵胞が発育してくるところを一時的に妨害していると考えられます。

慢性関節リウマチでは、リウマトレックスを週に6mg使用します。子宮外妊娠で用いる量や回数とは全く異なりますが、MTX 50mg単回投与により肝臓に最大116日間MTXが留まることが知られており、ウオッシュアウトの期間として4~6ヶ月みることが推奨されます。また、MTXは葉酸と拮抗しますので、葉酸の投与によって、MTXのウオッシュアウト期間をより短くできるのではないかと考えられます。

ここで気になるのは、卵子はどんどん減少し老化するわけですから、高齢の方やAMHが低い方にとって、MTXを使用して半年間妊娠を目指せなくなるのは大きな痛手となります。これまでは、MTXは卵子に影響しないという考えでしたから、子宮外妊娠の方にMTXを使うことが悪いことではないし、治療後すぐに妊娠を目指せると考えられていました。そのため、妊娠(絨毛)部位の特定できる子宮外妊娠の方にもMTXが用いられることがありました。しかし、そのような場合には、腹腔鏡手術が第一選択になるべきだと考えます。術後はそのままタイムラグなく妊娠を目指すことができるからです。

今回の論文を見て、「科学的根拠を持たないことは危険」であると再認識しました。つまり、必ずしも頭に描いた理論は正しくないのです。ひとつひとつの事実を積み上げて、正しい医学を作り上げることが必要だと思います。