最近難しいネタばかりで恐縮していましたが、とても興味深くわかりやすい論文がありましたのでご紹介します。多嚢胞性卵巣症候群(PCOS)の方に「腹腔鏡下卵巣ドリリング手術」を行うと排卵しやすくなります。せっかく腹腔鏡を行うのですから、通常は両側の卵巣にドリリングを行いますが、片側にしてみたらどうなるかを調べたものです。その結果、右卵巣のドリリング手術だけで十分効果があるだけでなく、右卵巣からの排卵率と妊娠率が高いことを示しています。
Hum Reprod 2013; 28: 2417(クロアチア)
要約:2009~2013年にPCOSの方で、クロミフェン療法にて排卵しない96名に対して、片側か両側の「腹腔鏡下卵巣ドリリング手術」を実施しました。これらの方を術後半年間追跡調査し、前方視的に検討しました。片側群(49名)は右卵巣に対して卵巣容積に合わせた電気凝固(60 J/㎤)を行い、両側群(47名)は左右卵巣に対して固定用量の電気凝固(卵巣あたり600 J)を行いました。術後初回周期での排卵率は、両側群より片側群が有意に高く(49% vs. 73%)なっていました。片側群では、右卵巣が小さいより大きい方が排卵率が有意に高く(36% vs. 100%)なりました。同様に両側群でも、右卵巣が小さいより大きい方が排卵率が有意に高く(33% vs. 88%)なっていました。さらに、両群ともに妊娠率も右卵巣が大きい方が有意に高くなりました。
解説:PCOSの方の妊娠を目指した治療の進め方は、①クロミフェン内服、②hMG/FSH製剤注射あるいは「腹腔鏡下卵巣ドリリング手術」、③体外受精の順番が一般的です。ポイントは卵巣過剰刺激症候群(OHSS)と多胎妊娠を防ぐことが重要であり、「腹腔鏡下卵巣ドリリング手術」と体外受精ではそれが可能です。ドリリング手術は、電気凝固やレーザーで卵巣に穴を沢山開けると、それだけで排卵しやすくなるという手術で、元来は卵巣を切ってそのまま縫うという摩訶不思議な手術(卵巣楔状切除術)でした。PCOSの卵巣は卵巣表面が固く、自然に卵巣の表面が破れる「排卵現象」が物理的に起こりにくい状態です。そこで、「切って縫う」方法が試みられ、弱くなった卵巣皮膜から排卵が起こるという仕組みでした。ドリリング手術では、卵巣全体に穴を開けると卵巣皮膜が全体的に弱くなり、楔状切除術と同じ効果が得られます。この手術によって不思議なことに、ホルモンバランスまでもが改善され、LH>FSHからLH< FSHという正常状態に戻ります。しかし、この手術の効果は永続的ではなく、せいぜい1年程度有効にすぎません。
ドリリング手術のデメリットは、電気凝固やレーザーによる卵巣へのダメージと術後の癒着です。卵巣へのダメージを減らすためには、排卵させるに十分な最小限の出力を使えばよいので、卵巣容積に合わせた出力での「卵巣ドリリング手術」が望ましいわけです。しかし現在のところ、最適な出力はわかっていません。術後の癒着は、ドリリングの範囲が広い程、出力が強い程起こりやすいため、縮小手術が望まれます。また、大腸(結腸)の位置と重なる左側では構造的に癒着の確率が高く、卵巣へのダメージが強くなりやすいと考えられます。このような考えのもとに「右側のみ手術する」という発想が生まれ、本論文の研究が実施されました。
右卵巣の排卵率や妊娠率が高いことは、これまでにも報告されています。右卵巣静脈は直接下大静脈へ、左卵巣静脈は左腎静脈を経由して下大静脈に繋がっているので、左卵巣ではうっ血(血の流れが悪い)が生じやすくなっています。これは、男性も一緒で、左精索静脈が左腎静脈を経由して下大静脈に繋がっているため、左精巣でうっ血が生じ、精索静脈瘤となります。ヒトの身体は男女とも基本的に同じですから、卵巣にも左右差があることは納得できます。排卵現象の左右差は動物でも認められ、右卵巣からの排卵が多いのは牛とマウスであり、左卵巣からの排卵が多いのは鳥、鯨、チンチラです。繰り返しますが、ヒトは右卵巣がよいようです。