☆プロテインS活性低下 | 松林 秀彦 (生殖医療専門医)のブログ

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生殖医療に関する正しい知識を提供します。主に英語の論文をわかりやすく日本語で紹介します。

プロテインS活性についての質問がしばしばありますので、わかりやすく解説したいと思います。

血液中には血液を固める物質(血液凝固因子)と細胞(血小板)が含まれています。ケガをすると血が出ますが、即座に血小板や血液凝固因子が集まってきて、血を止めます(止血)。それでは、血管の中で何故血が固まらないのでしょうか。これは、血液がスピードを持って流れているからです。ですから、スピードがゆっくりになれば血は固まります。それでは、体内で最も血流が遅い場所はどこでしょうか。実は、子宮、特に胎盤なのです。胎盤は血液の袋であり、流れているというより溜まっていると言った方が適切かもしれません。もうひとつ胎盤には特徴があって、絨毛(胎盤)細胞表面はもともと血液凝固因子が集まりやすい環境になっています。それを防御する機構(アネキシンA5)も備わっていますが、抗リン脂質抗体存在下ではその機構が破綻することが知られています。したがって、多少血液が固まりやすい状況であっても、体内の他の場所では血栓ができる心配はありませんが、胎盤では少しのことで固まりやすい環境にあります。

プロテインS、プロテインC、第12因子は血液凝固系の因子であり、いずれも減少すると血栓ができやすくなります。この他にも血液凝固系の因子は沢山ありますが、この3つが現実的に検査で異常値が出やすいものです。低い方が問題ですので、40~60%未満を異常としている場合が多いと思います。このように基準値には大きく幅があります。妊娠中には血液凝固系の因子は大きく変動します。妊娠すると、プロテインCと第12因子は増加しますが、プロテインSは減少します。つまり、プロテインCと第12因子は妊娠前に異常値(低い)だったとしても、妊娠すると正常値になります。逆に、プロテインSは妊娠前に正常ギリギリだったとしても、妊娠すると異常値(低い)になる場合があります。しかも、プロテインS欠乏は東洋人に多くみられ、欧米ではみられません。そこで、日本人としては「プロテインS」に絞って話をすればよいことになります。

①Thromb Haemost 2010; 103: 984(オーストラリア)
要約:プロテインS、プロテインC、アンチトロンビンIIIの妊娠中の変動を440名の妊婦で検討しました。アンチトロンビンIIIは妊娠中に変化せず、プロテインC活性は妊娠22週まで増加プロテインS活性は妊娠初期に平均46%まで低下し、妊娠中期にはそれ以上の低下は認められませんでした。

②Blood 1986; 68: 881
要約:プロテインS活性は、妊娠していない女性と比べ(97%)、妊娠中の女性では有意に低下(38%)しています。プロテインSが補体C4b結合タンパクに結合すると、プロテインS活性が不活化されるため、補体C4b結合タンパクの増減がプロテインS活性に影響します。しかし、補体C4b結合タンパクは、非妊娠(100.0%)と妊娠中(103.5%)に違いはありませんでした。全体のプロテインS(抗原量)は、非妊娠と比べ(100.0%)、妊娠中(68.0%)に有意に低下していました。

③Thromb Res 2008; 123: 55(日本)
要約:小さな胎児発育を示す102名と正常な胎児発育を示す58名の母体のプロテインS活性および補体C4b結合タンパクを測定し、後方視的に検討しました。正常発育群では、妊娠後期のプロテインS活性(35.8%)は、妊娠中期のプロテインS活性(56.5%)より有意に低くなりました。正常発育群と比べ小さな胎児発育群では、妊娠中期(36.6%)、妊娠後期(30.2%)共にプロテインS活性が有意に低下していました。正常発育群の補体C4b結合タンパクは、妊娠中期(81.1%)より後期(90.5%)で有意に高くなりましたが、小さな胎児発育群の補体C4b結合タンパク(84.0%、86.0%)と有意差は認めませんでした。

④Dakar Med 1999; 44: 54(セネガル)
要約:100名の正常分娩の方と100名の常位胎盤早期剥離の方のプロテインS、プロテインC、アンチトロンビンIIIを測定しました。常位胎盤早期剥離群では、プロテインS活性とプロテインC活性が有意に低下していました。

⑤Blood Coagul Fibrinolysis 2008; 19: 653(日本)
要約:妊娠中にプロテインS活性は妊娠10週から、プロテインS抗原量は妊娠20週から減少する一方で、補体C4b結合タンパクの変化はありませんでした。胎盤を染色したところ、プロテインSは変性した絨毛部分に認められ、正常な絨毛にはみられませんでした。補体C4b結合タンパクも同様の場所に弱く染まりました。

解説:論文①②は、妊娠中のプロテインS活性が低下することを示していますが、補体C4b結合タンパクの変化はなく、全体のプロテインS(抗原量)が減少するためです。

論文③④から、妊娠中のプロテインS活性の大きな低下があると、小さな胎児発育や常位胎盤早期剥離のリスクとなることを示しています。その他、プロテインS活性が30%未満では様々な臓器の血栓症が生じたという症例報告が複数あります(大丈夫だったという報告もあります)。このような場合に、抗凝固療法(アスピリン、ヘパリン)が奏功したという症例報告があります。

論文⑤から、プロテインSは、ダメージのある絨毛を覆い、修復する過程に関連しているのではないかと考えられます。妊娠中にプロテインSが減少する程度が大きいほど、ダメージを受けた絨毛細胞が多いことを示しており、つまり、胎盤の環境が悪いことになります。そのため、妊娠中の合併症のリスクが増加すると推察されます。

プロテインSに関するデータは未だ十分とは言えませんが、プロテインS低下症例は妊娠合併症のハイリスクとして管理する必要があり、特にプロテインS活性が30%未満では要注意であると考えられます。