☆見逃しやすい子宮と膣と腎臓の形 | 松林 秀彦 (生殖医療専門医)のブログ

松林 秀彦 (生殖医療専門医)のブログ

生殖医療に関する正しい知識を提供します。主に英語の論文をわかりやすく日本語で紹介します。

子宮形態異常一般女性で4.3%、不妊症で3.4%、不育症で12.6%にみられ、決して稀な疾患ではありません。しかし、左右の子宮は別々に発育するため、片側だけに子宮形態異常がみられることが時にあります。左右どちらかの腎欠損と婦人科臓器の閉鎖した状態を呈する症候群があります。閉鎖した部分には生理の血液が貯留するため、生理中の激しい腹痛で救急外来を受診したり、持続する膣炎により婦人科外来を訪れます(主に10代の女性)。このような片側性子宮形態異常(奇形)を、1970年代に発見した3名の名前をとって「Herlyn-Werner-Wunderlich症候群」と言います。本疾患は、産婦人科医の中でも遭遇する頻度が低いのではないかと考えられていますが、実際は本疾患の存在を知らない場合に診断することはできません。したがって、多くの場合には見過ごされており、本疾患を知っている産婦人科医のもとをたまたま訪れた際に発見されます。本論文は、「Herlyn-Werner-Wunderlich症候群」の亜型も含めた5つのパターンとその頻度を示した初めての報告です。

Hum Reprod 2013; 28: 1580(イタリア)
要約:「Herlyn-Werner-Wunderlich症候群」には5つのパターンがあります(図1を参照して下さい)。1981~2011年に本疾患と診断された87名を分析しました。
1 重複子宮、重複膣、片側膣閉鎖、片側腎欠損*:72.4% (63/87)
2 中隔子宮、重複膣、片側膣閉鎖、片側腎欠損*:11.5% (10/87)
3 双頚双角子宮、重複膣、片側膣閉鎖、片側腎欠損*:10.3% (9/87)
4 重複子宮、片側子宮頚部閉鎖、片側腎欠損*:4.5% (4/87)
5 双角子宮、子宮頚部中隔、重複膣、片側膣閉鎖、片側腎欠損*:1.1% (1/87)
*片側腎欠損は全て膣閉鎖と同側です

診断がつき次第、閉鎖している部位を開放する手術ですぐに症状はよくなります。閉鎖している側の子宮も早めに手術が行われれば、妊孕性を損ねることもありませんが、遅くなると感染による子宮内腔のダメージや子宮内膜症を発症し、妊娠が難しくなります。手術方法は以下の通りです。
1 膣中隔切除(による閉鎖空間の開放)
2 膣中隔切除(による閉鎖空間の開放)、子宮中隔切除
3 膣中隔切除(による閉鎖空間の開放)
4 子宮頚部形成(による閉鎖空間の開放)
5 膣中隔切除(による閉鎖空間の開放)
図1松林 秀彦 (生殖医療専門医)のブログ-図1

解説:婦人科の臓器(卵巣、卵管、子宮、膣)は「ミュラー管」からできます。「ミュラー管」と腎臓は、左右の「中腎管」から作られます。妊娠4週までに「中腎管」の発生障害が起きると、「ミュラー管」も腎臓も発生しません。したがって、両側の「中腎管」の発生障害が起こると両側の腎臓が欠損するため生存できません(生まれてきません)。片側であれば、片側の腎臓と「ミュラー管」の欠損となります。妊娠5~8週に「中腎管」の一部に発生障害が起きると、腎臓~尿管と婦人科の臓器(卵巣、卵管、子宮、膣)の発生障害が種々のパターンで生じます。このため、女性生殖器系と腎臓泌尿器系の様々な形成障害(奇形)がしばしば合併します。
「ミュラー管」の発生は(図2A)、はじめに卵巣(1)ができ、卵管(2)→子宮(3)→膣上部(4)という具合に上(頭側)から下(足側)へ向かって順番に作られます。このとき同時に腎臓と尿管が作られます。一方、膣下部は下(i)から上(ii)へ向かって作られます。妊娠9~20週に、左右別々に作られた子宮と膣が中央に近づいてきて(図2B)、くっつき、ひとつになります(図2C)。最後に子宮と膣の間の壁が取れて、内腔がひとつになり完成します(図2DEF)。壁が取れる順番は、子宮では中央(1)→下部(2、頚部)→上部(3、底部)であり、膣では下部(i)→上部(ii)です(図2C)。医療者に誤解されやすいのは、図2BCDです。分離重複子宮(図2B)と不分離重複子宮(図2C)のことをほとんどの方は区別せず、双頚双角子宮と呼びますが、重複子宮の誤りです。双頚双角子宮は子宮中隔の中央(図2D青矢印)部分が取れたものを言います。また、患者さんに誤解されやすいのは、図EFです。子宮内腔の形は同じよう(体部が2つにわかれる)であるため、子宮卵管造影検査ではこの両者の区別はつきませんが、中隔子宮では子宮の外側は直線(図2E青矢印)であるのに対し、双角子宮では子宮の外側はくぼんで(図2F青矢印)います。正常子宮では子宮の外側も内側も直線になります。双角子宮は単頚のものを指しますので、単頚双角子宮とは言いません。
図2松林 秀彦 (生殖医療専門医)のブログ-図2

私は、慶応義塾大学の恩師の故田村正蔵先生2013.5.21「ピル(OC)のメリット 」を参照ください)から教えを受け、大学やその関連病院に勤務していた1988~2008年に23名の本疾患の方を診断•治療してきました。これらのほとんどの方から妊娠出産報告を聞いています。

私も大学を離れて5年目になります。若いドクターに教える機会も減りましたので、ブログを通じて少しでも啓蒙活動ができればと考え、本疾患を紹介することにしました。「Herlyn-Werner-Wunderlich症候群」は、知らなければ絶対に診断できないものです。診断のポイントは、「隠れた膣」があるのではないかと疑うことです。それには、2つの条件があります。1つは片側の腎臓がないこと(超音波でみればすぐわかります)、もう1つは片側の膣円蓋部がないこと(図1、左膣円蓋部はありますが、右膣円蓋部はありません)です。膣円蓋部が全周性にあることは、子宮頚部が1つになったことを意味します。膣円蓋部が片側のみにあることは、子宮頚部が1つになっていないことを示しています。これにより、「隠れた膣」の存在がわかります。手術で行うことは簡単なのですが、何の目印もない膣の壁にメスを入れるのは最初は非常に大きな勇気がいります。診断に迷われた場合はご相談ください。