私が産婦人科を選んだ理由 | 松林 秀彦 (生殖医療専門医)のブログ

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生殖医療に関する正しい知識を提供します。主に英語の論文をわかりやすく日本語で紹介します。

「どうして産婦人科を選んだんですか?」よく訊かれます。
医学部は全ての診療分野を学び、卒業時(私たちの頃)か研修医修了時(現在か随分昔のインターン制度の頃)に進路を決めます。基礎医学の道に進んで研究をするという選択肢もあります。
卒業当時、いろいろ考えました。しかし、私は最初から生殖医療をやりたくて産婦人科に入局しました。そんなヒトはほんとに珍しいのです。もう人生の半分以上を生殖医療に費やしてきました。歳をとったなぁと感じることもしばしばあります。

産婦人科を選んだ理由
1 「道ばたでヒトが倒れていた時、どの診療科の医師が最も役立つだろうか」と考えた時、それは産婦人科医だと思いました。なぜかというと、赤ちゃんからお年寄りまで幅広い年齢の方を診察できるからです。たとえば、生まれたての赤ちゃんを診察できるのは、小児科医と産婦人科医だけで、内科医も外科医もお手上げです。産婦人科は女性だけの診察ですが、男性も身体の構造は一緒です。しかも、産婦人科医は手術もできます。
2 診断から治療までひとつの診療科で完結できることを重視しました。内科医が診断しても手術は外科医にお任せするしかありません。知らず知らずのうちに内科と外科で上下関係が生じますし、もっと問題なのは内科的判断を外科的に検証するというプロセスがありません。診断から治療まで一貫して行うことで初めてフィードバックして診断精度を向上させることができると思います。それには、ひとつの診療科で完結できなければなりません。産婦人科、泌尿器科、耳鼻咽喉科、整形外科、眼科などがこれにあたります。
3 全身管理できる診療科が医師としての醍醐味を感じられると思いました。たとえば、眼科、皮膚科のように、身体の一部のみを対象にした診療科では全身管理は必要ありません。また、産科救急は一刻を争う緊急事態もしばしばあり、全身管理を伴う救急疾患の対応にも慣れています。

生殖医療を選んだ理由
1 25年前の卒業当時、母校の慶應義塾大学だけが不妊治療を大々的に行っていて、「不妊の慶應」と言われていました。当時の教授は飯塚理八先生で、私が飯塚教授の退官最後の年度の教室員でした。
2 高校1年の夏に生物の実習で「ウニの発生を2泊3日で観察する」というのがありました。私の高校は千葉県立長生(ちょうせい)高校という公立高校で、理数科に在籍していました。生物の名物先生で廣田先生という方がおり、夏期合宿を毎年房総半島の勝浦で行っていました。海辺の民宿に泊まり、まずウニを岩場か素潜りで採ってきます(もちろん許可を頂いていますが、今ではできないかもしれません)。オスメスごちゃ混ぜで採取してきたら、中を開けて性別を確認し、受精させます。受精卵を3日間夜通し観察して、プルテウス幼生まで育てて観察記録を作成します。取り扱いの容易さと、発生速度が速いので、発生の実験として広く行われています。一日で胞胚(ヒトの胚盤胞)になりますので、早回しで発生を見ている気分になります。使わないウニは当然食べます。採れ立ての新鮮なウニの美味しさに感動したのですが、受精卵のドラマチックな成長にはもっと心を打たれました。この頃から、知らず知らずのうちに受精、発生など生命の神秘に魅せられていたのだと思います。今でも、ヒトの受精卵を見るとあの頃の感動を思い出します。

以上をふまえて、私は産婦人科、それも不妊症に特化した診療をしたいと考え、人生の選択をしました。それが正しかったのかはわかりませんが、毎日充実した日々を過ごしています。この世界の進歩は速いので毎日勉強しなければなりませんが、それも苦にならないことが大切だと思います。そして、勉強したことを世間に還元していきたいと考え、このブログを始めました。少しでも日本の生殖医療の発展につながれば、それが私の生きてきた証だと思っています。