事実 | 古原雅純Official Blog
 
 今でもこのお話を皆様にするべきなのか、
正直悩みどころです。

この先に私のような想いをする女の子がいないことを願ってやみません。
私には私の正義があり
彼らには彼らの正義があった、
それだけの話だったと言えばそうなのです。

私は皆様に隠すべきことは何もしておりません。
天に恥じらうようなことは何一つしておりません。

しかしながら
真実を知りたい、といったお声をあまりにもたくさん頂戴したので
事実をありのままに皆様にお伝えしようと思いました。

これらはあくまでもミュージシャン古原雅純がお伝えしたいことではなく
ひとりの普通の女の子が経験したありふれたお話です。

ワガママは承知の上ですが
どうか
古原雅純の音楽やこれからの活動に
この件を重ねないで頂きたく存じます。

そして、ここに残すことはあくまでも
私個人の気持ちや考えです。

それぞれの方にそれぞれの考えがあり、それぞれの立場があります。
どうか、ここに残ったことがこの件のすべてではないことをご理解いただければと思います。

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N社の管理体制についてはおおよそ皆様がご存知だと思いますが
私が店長をしていた店はN社では異例の多い店舗でした。

N社はメイドをはじめとした「萌え店」と呼ばれる店舗を20店舗以上運営している、
日本橋では大きな会社です。
しかしながら、N社でも経験のない「スタジオ併設型店舗」。

このブログを読んでいただいている多くの方がご存知の通り、
中学生の頃より撮影会に出演していた私は
「撮影」というものに対する危険性も普通のメイドさんの何倍も経験しております。

その経験を踏まえて
私が新店舗の店長を任されることになったとき、
以下を最初にNさんにお話しし、お約束いただいていました。

・私はシフトには名前を書かないけれど、毎日店にいます。
・その私に他のスタッフを同じ給料システムを適用すると、私の人件費が馬鹿にならないので月収(15万円)+バック(ドリンクやチェキ、撮影などのバック)にしてください。


お店の開店準備が終わり、いよいよ開店。

1か月目は毎日が戦いでした。
すべては私の力不足が原因なのですが
思ったように売り上げが伸びず、大赤字。
メインのはずの撮影スタジオは社長にラインなどでお願いしても備品が届かず。
赤字がかさみ、スタッフの給料が払えない!と社長にラインしても既読無視。
結果、私を含めたスタッフの給料は大幅に遅れ、
給料を受け取ったのは給料日の25日から10日以上たってからでした。

2か月目は常連様が定着してきて若干安定。
撮影スタジオは結局、経費が下りないで
照明機材とパソコンを私が自腹で捻出し、
もともとリフレだった2階のカーテンレールなどを
ドライバーとカナヅチで女の子2人で解体し
無理やりスタジオをオープン。
「そこまでしなくても!」とたくさんの方に言われてしまいましたが
スタジオを設立する以外に売り上げを伸ばす方法を
その時の私は見つけられずにいたのです。
撮影メニューがなれけば、女の子も稼げない=スタッフが離れていく
そういった危機感もありました。

10月8日のことだったと思います。
本社事務所に呼び出され、
怒った表情の社長にこのシフト表を渡され聞かれました。
 
 

「なんでますみちゃんはシフトに入ってないの?」


私は頭が真っ白になりました。
ーえ?・・・・-

「シフトに入ってないのに15万とかおかしいでしょ?」
「え、でも毎日店にいますよ?」
「どうやってますみちゃんが仕事してたって証明できるん?」
「このタイムカード見てくださいよ」
「いや、タイムカードで店にいたことは証明できても、どんな仕事してたかの証明にはならへんやろ?」
「だってそんなん、毎日何時に何してたなんて記録してないですよ」
「・・・・・・」
「じゃあ、どっちかにして。
ますみちゃんが15万取れるように他のスタッフの給料減らすか
シフトにますみちゃんの名前あるときの分の給料だけとって、
それに合わせてほかのスタッフの給料そのままか。」

混乱し、頭の動いていない錯乱状態のまま
あれよあれよと話は進んでいき
その結果がこの紙切れ1枚でした。

 
表の一番上が向こうが提示した私の適正給料。
一番下が私が会社に返還すべき給料だそうです。

 
たまたま回収してきた紙のなかに、こんなメモが紛れていました。
そして気づきました。
ーほかのスタッフと給料変わらんやん・・・-

スタッフ達の給料システムは「プランB」と呼ばれる、ほとんどの店舗に適用される給料システムでした。

各時間帯(カフェタイム・バータイム・ナイトタイム)ごとの売上で給料が変わるのです。
スタッフ1人当たりの売り上げが
20.000円以上で時給12000円
15.000円以上で時給1100円
10.000円以上で時給1000円
5.000円以上で時給900円
5.000円以下で売り上げの50パーセントをスタッフで均等割りといったシステムでした。


たとえばカフェタイムに2人のスタッフがシフトに入っていたとして
○売り上げが15000円だったとすると
15.000円÷2人=7.500円←スタッフ1人当たりの売り上げ
この場合は時給900円
○売り上げが8000円だったとすると
8000円÷2人=4000←スタッフ1人当たりの売り上げ(5000円以下なので”時給割れ”になります。)
つまり、8000円の50%÷2=2000円
この場合は日当が2000円となります。

つまり、一定金額を下回ると時給はなくなり
時給換算すると良くて500円程度、酷いと20円程度にまでなる半歩合制の給料システムです。

この給料システムは
頑張れば頑張る程にお給料があがるシステム
だそうで、交通費の支給はありませんでした。




N社では店長には時給が+100円のはずなのです。
・・・・おかしいやん。

そしてこの日、10月末での閉店が告げられました。
「私はこの先どうやって生きていけばいいですか」
「女の子なんだからどうにだってなるよ」
「・・・・」
「最終的には風俗でだって働けるもんね」
「・・・・」




3か月目。最後の1か月。
反発することもなく、おとなしく。
楽しんで仕事をしました。
閉店が決まって、守るべきものがなくなって
気が楽になったのも事実です。

自分の二十歳の誕生日を超えて
ハロウィン。
毎日全力で楽しみました。

31日。午後23:30。
お客様のいなくなったお店のキッチン。
付き合ってるだとかなんだとか言われ続けてきた戦友、副店長だったちあき。
本当にむちゃくちゃばっかりだった、”元”店長の私に
「ありがとう。」って言ってくれて。
そのまま泣き崩れました。

そのあと、経費が下りずに大量に持ち込んでいた私物の撤収。
朝8時までかかって、店から家まで運びました。
自転車通勤だったのですが、
どうしても自転車だけは回収できなくて
そのまま店の前に止めて帰宅しました。




夕方、自転車を取りに戻ったら
なくなっていたのです。

店の中に入り
そこにいた新店のスタッフに「私の自転車どこ?」って
半分怒鳴りつけるように聞きました。←今反省
「朝はありました」
「じゃあどこなん?」
「社長が乗っていったんやと思います」
「はぁ・・・?(怒)」

我慢して、何もなかったように
年内はいっしょに頑張ってくれたスタッフへの恩返しに
あの会社で働こうと思っていたのに。

我慢の糸がプツンって
音を立てて切れてしまいました。


そこからは皆様がご存知の通りです。


11月2日だったか、3日だったのは曖昧なのですが
あのツイートの直後に電話番号とメールアドレスを変更し、
あの会社の人たちとライン以外のすべての連絡手段を絶ちました。

以下、社長とのラインやりとり
 
 ※撮影会業務のために、会社からケータイ1台とiPadが支給されていました。
 
 
  
 
 
 
 
 
 
 
 
 

そして、次にきた連絡はこれでした。

 
 ※定型外郵便で送ったところ、重量オーバーでケータイとiPadが返送されていたのですが
ポストをチェックしていなかったのでこの日まで気づきませんでした。

 
 
 
 ※口座から許可なくお金を引き出した事実はありません。
おそらく「9月分までの給料振込み」のことを指していらっしゃるのだと思います。
 
 

これ以降は社長をブロックしてしまいましたので
何を考えていらっしゃるのかわかりません。

しかしながら、私の元に警察は来ませんでしたので
おそらく脅迫だったのだと認識しています。

しかしながら
「”会社に返すべきお金”に関する書類」も私の「給与明細」も存在しません。

約束を散々裏切られた私は
それでもこの会社に対して、誠心誠意向き合うべきなのでしょうか。


まだまだ、「これはねぇだろ!」ってことはたくさんあります。
でも
これ以上私は、この会社に心を荒らされたくないです。

上こそクソだったけれど。
必死に走った3か月間を
いっしょに戦った仲間と過ごした3か月を
汚されたくないです。

得たものと失ったものを天秤にかけて
全部を決めつけるようなことはしたくないです。



前もどこかでお話したことがあると思うのですが
私が立ち上げ、作り、店長をしたお店の名前は
フランス語で「活発」という意味です。

ガラスの靴を見つけた後だって
楽しいことや面白いものを探しに
ヒールのままかけだしてしまうような、活発な女の子の集まるお店であってほしくて。

この願いの通り、あのお店は
女子はもちろん、
2名しかいなかった男子スタッフまでもが
「じゃじゃ馬シンデレラ」でした。

たくさんの王子様が私たちと
いーっぱい笑って
小さなことをみんなで幸せな記憶にして
楽しい時間を過ごしてくださったならば、何よりもそれがうれしいです。

今、バラバラに散ったシンデレラたちは元気にしているのかな?
あの事件の後、
私は誰とも連絡を取ることをやめました。
私のせいで何かあったら、それこそ後悔しかなくなってしまう。

どうか、私の大切なシンデレラたちを
皆様で守ってほしいな、と心から思います。

こんなことになってからじゃ遅いんだよ。


あの子たちにとって、あの場所が
いつまでもお城でありますように。

ただ、私にとっては。
魔法にかけられて、きれいなドレスで夢を見て踏み込んだお城だったのに
鎖で縛られて、逃げ出すことすら叶わなかった牢獄でした。

みんなにとって私は
最後までシンデレラであれたのかな。
お姫様だったのかな。

店もなくなって、すべてを失って
一時期は何もかもやる気をなくして
音楽もモデルも全部やめて
地元に帰ろうか、とも思いましたが

負けてたまるかコノヤロー。

今は新しいご縁があり、新しい場所で新しい仕事にチャレンジしています。
毎日が出会いの連続で、とても楽しいです。

彼女たちにとってあの場所はそんな場所であれたのかな。
王子様たちにとってあの場所は、
シンデレラとの運命の出会いを果たした場所だったのかな。


あの人がもっと真剣にあたしと向き合ってくれてたら
あたしの話をちゃんと聞いていてくれてたら
何回も出したSOSにもっと早く気づいてくれていたら。

10月31日。閉店の日に。
営業中に看板張り替えたり
2Fのスタジオにあれだけ頼んでもいれてくれなかった蛍光灯と照明入れたり

私にあの場所回してきたときには生ごみもクソもごちゃごちゃで
全部私たちに片付けさせて、何も手伝ってくれなかったのに
「営業できないから全部片付けろ」とか威圧的におっしゃってきたり

そんな神経を逆なでするようなことを私にしてこなければ。

閉店した途端、私の個人アカウントを作り変えた店アカウント乗っ取ったり
足りないものや、
不便なことは全部私のせいにしたり←店長としての適正給料が出ていれば別ですが

人としてのモラルを疑うようなことをされなければ。


私はこんなことはしなかったですよ。
自分で自分の作り上げたものを汚して、
ぶち壊すような馬鹿な真似はね。


きっとこのブログも読んでいらっしゃるでしょう。
消せ、とおっしゃるならば
書面や皆様の目に届く場所でご連絡くださるならば
いつでも対応いたします。

ただ、御社様のネット上に残った私の写真は
いつになれば削除してくださるのでしょうか。

ポンバシマップの回収は
いつになれば始まるのでしょうか。



十分感情的なこと書いた後やけど
これだけは言わせてください。
これは、私の一個人としての感情です。



嘘つき。
大嫌い。

あなたみたいな人には
もう2度とつかまらない。

時間を返して。
10代最後の夏を返して。

あなたが貸してくれなかった力を
あたしのまわりの大人の人たちは貸してくれたよ。
そんな人たちまで
あなたは裏切って、踏みにじった。

いつか笑い話になったとしても
私は絶対に、あなたみたいな大人にはならない。