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2017年11月11日(土) 10時51分18秒

愛、屋烏に及ぶ愛 ~GetNavi webを倒せ!!~

テーマ:流星仮面二世(談)
どうも!!流星仮面二世です!!

さて、以前こんな記事をアップしましたが

愛、屋烏に及ぶ愛

そう、息子の三世の魂の追撃でオカダカズチカがバス釣りをやってた場所を突き止め、行って感極まったんでしたが・・・それは9月22日頃。オカダがTwitterにまたもやゲットナビのバス釣りの記事をリツイートしているのを発見。さっそく覗いてみると・・・




ゴゴゴゴゴ・・・


ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ・・・

な、なんだこれはッ!!前回とちがう場所じゃあーねぇかッ!!

でも、オカダの着てる服とかが一緒だ。ということは、前回やった北浦のときと同じ日に行ったバス釣りを、2回に分けて掲載しゃがったってことか!!ぬぅぅーGetNavi webめー!!

三世に報告すると・・・

「おおおー探す!!」

おおっ、今回もやる気か!!


ぬぉぉぉぉ~・・・

しかし今回はあまりにも勝手がちがいすぎる。前回もかなり困難だったけど、あのときは検索場所としては霞ヶ浦のどこかの岸からやっているというのは確かだったからよかった。だが今回は見出しこそ"霞ヶ浦に挑む!"になっているが、リンク先をよく読むと霞ケ浦周辺なんて書いてある。そう、こいつは明らかに霞ヶ浦ではない。川、水路だ。

霞ヶ浦は川だけでも50数本という数が流れ込んでいる。そこに田んぼに使われる名もなき用水路を入れたなら、その数は天文学的、計り知れない。それに・・・そもそもこの場所が霞ヶ浦沿いかどうかがまず定かではない。もしかしたら霞ヶ浦には繋がってこそいるが、霞ヶ浦から離れた内陸の河川のものかもしれない。捜索範囲があまりにも途方ない。これは前回よりもはるかに難題だぞ。だって見出しこそ"霞ヶ浦に挑む!"になっているけど明らかに霞ヶ浦じゃないんだもん!!だってちがうもん!!アタシじゃないもん!!先生に言っちゃうから!!(ん?)

三世、とりあえず霞ヶ浦水系の河川から調査開始。しかし、しばらくすると・・・

「だめだぁ~。川じゃ見当つかないよ~」

だよなぁ・・・いくらなんでもヒントがなさすぎる。何かないか?

背景・・・そうだ、背景に工場らしきものが見えるぞ。それも工場だとしたらこれはなかなか大きい建物だ。


うむ~

「視点を変えて工場を探してみよう」

だが、川と同じく工場の数も数知れずにして、しつこいようだがこの建物が霞ヶ浦沿いにあるかどうか・・・ここが最大の関所となる。

「これはわかんないよぉ・・・」

かなりの長時間探していたが、さすがにお手上げ状態。ごもっともだ。こいつはあまりにヒントがなさすぎる。おれもさっぱり見当がつかない。

でも諦めるわけにはいかない。よーしここからはお父さんが探してあげるよっ!!昭和のファンの生きざま、見せてやるからなー!!

さて、ヒントの背景だが・・・まず改めて、工場らしき建物から調べてみよう。ここ、気になるところはこの建物の屋根が高いことだ。

このテの作りだと、おそらく場内は屋根伝いに動くクレーン(天井クレーン)が配置されている作りではないだろうか?そう、クレーンでモノを吊るとなれば高さが必要になるし、縦横の動きが出てくるからね。だから屋根も高めのこうした構造になるんだ。加えて幅もあるから重量物を扱うだろう。工場だとしたら、アルミや鉄などを扱う工場じゃないかな?

あるいは在庫品を大量に収納することができる作り・・・中に高い棚があるか、自動で高いところに品物を搬送できるところ、つまり倉庫か物流センターの可能性も高い。

で、そのあたりを条件に入れ調べてみます。が・・・確かに霞ヶ浦周辺にはあるんだけど、こりゃ該当箇所がいっぱいあって、うーん、わかんねぇなぁー・・・

次。建物がダメなら、この建物の後方に見える送電鉄塔・・・こいつはどうだろうか?


遠いんで薄く見えますが中央のです

送電線、送電鉄塔ですが、実は配置や場所により線の名前があり、鉄塔があるわけなんですね。鉄塔も我々見るとどれも同じように見えますが、これも種類がいくつかあるそうなんです。ネットで探ると送電鉄塔のマニアなんかもいまして、ブログやサイトにまとめられていたりもしています。どの世界にもマニアはいるんですね。すごいです。

ということで、今度はそのあたりを参考にして霞ヶ浦周辺の送電鉄塔側から眺め、釣り場を逆探知してみようという算段です。

まず霞ヶ浦(西浦)の上側から攻めていくことにします。上を走るのは鉾田線という送電になります。どれど・・・れー!?な、なんだこれは!?ここ、数えたら鉾田線だけで送電鉄塔が40本もあるじゃねぇか!!他にも北浦線、麻生線、鹿島線、佐原線って・・・霞ケ浦周辺に一体何本送電鉄塔があるんだ!?こ、ここから一本ずつ、横から眺めて探すってぇのかよ!?(てぇのかよ!?って、おめーが自分から言い出したんだっぺよ)

もはやこれは・・・これは地球以外に生命体のいる星を探すのと同じくらいの難易度かもしれない。今回はあまりにも難題すぎた。さすがにお手上げだぁ。

こうして一旦は完全撤退しようとしたそのとき、急に我に返りました。鹿追う者は山を見ず・・・そう、ボクは場所探しに夢中になるあまり、画像の背景にばかり気をとられていました。釣りが趣味なのに、一番肝心なことを忘れていたんです。そう、川そのものを見るということをです。

ここ・・・川にしては岸辺が整いすぎてて、でも用水路としては広すぎる作りです。画像の先、流れはは二又になっていて、しかも本線の方はカーブがあります。水口、つまり水も流れ込んでいるところもあります。正直、珍しいシチュエーション。なかなかない場所です。水深まではわかりませんが、釣りのポイントとしてはかなり条件がいい、釣り人をそそらせる場所です。

だから思い出してきたんです。記憶が甦ってきたんです。そうかつて、この近くに行ったことがあると・・・

いつだかはわかりません。でも昔、そうよあれは・・・あれはクリスマスの夜よ。私とミッチェルは寝室にいたの。サンタさんに会うんだと起きていたミッチェルがやっと眠ってくれて、私も安心してうとうとしていたわ。そのときよ!急に空が明るく光ったの!私は急いでミッチェルに覆い被さろうとしたわ。でも次に気がついたときは何か・・・そう寝かされていたわ。そこは何かの乗り物の中のようだった。私の周りには頭が大きくて目が大きい、人間ではない生き物が何体か立っていたの!!そして彼らは私にこう言ったのよ!!

「モリセイロ・・・ッテ、ナニ?」

いいや!!

そう昔、ボクは車に乗っていました。そして川を見てボクは誰かに言ったんです。

「この辺、霞ヶ浦より釣れそうですね」

と・・・

いつ?誰に言った?そのときおれは何をしていた?歳は?シチュエーションは?何でもいい、何かないか・・・昔なんだ。とにかく若いときのはずだ。そこで何をしていた?

それはまさにひとり逆行催眠の様相でした。丸1日、こうして自問自答を繰り返し、そればかりを考えていました。そしてひとつのキーワード、若いとき行ったという点が引っ掛り、もしかして!?と思い心当たりのところを地図で見てみました。すると・・・ああ、なんてことだ・・・あった・・・あった!!やはりここだったか!!

そう、この場所は!!おれがよくプロレスを一緒に観に行く、おなじみの先輩の実家の近くだったのだ!!

あれは、27年も前・・・ちょうど大学が休みで実家に戻って来てた先輩に会いに、高校を卒業したばかりのボクが母親の車を借りて、取りたて免許のなれない運転で先輩のとこへ遊びに行ったときだった。そのときこのあたりを通って、この水路の本流になる川を見て、霞ヶ浦より釣れそうって言ったんだった。

先輩の実家とこの場所は、その距離わずか約3キロしかありません。まさに目と鼻の先。移動ルートから言えばオカダと川村光大郎は先輩の実家の道路を通過したんじゃないか?という勢いです。しかもこの辺りは一面水田地帯で見通しがいいので、遠くではありますが視野に入ります。あの先輩もプロレスに関してはかなり引きが強くて神秘的な力を持っているけど、まさかここで繋がってくるとは夢にも思いませんでした。恐るべしです。

というわけで!!オカダのツイートが9月22日で、場所発見こそ9月内にできたものの三世の部活動と新人戦が続いたのと相次ぐ台風でなかなか行けず、だいぶ日にちが経ってしましたが行ってきましたよ~!!

今回は三世と三世の大親友、田口とリコシェのファンの81くんも一緒です。

まずこちら、オカダと川村光大郎が話していた橋です。

こちらはGetNavi webの画像


来たよ~

この日はとにかく天候がよく雲一つない青空。オカダのバスタオルも生えますな~。

では、釣りもしてみます。

こちらはGetNavi webの画像


お。三世、同じ場所でやってるじゃないか

秋になり多少風景も変わりましたが、工場も送電鉄塔も見えますね。やっと見つけたこの場所には感極まります。寒くならないうちにこれてよかった~。で、どうでぇ三世、アタリあるかい?

「これでなんか釣れれば最高なんだけどないなぁ。でもお父さん、ここ浅いね」

そうそう、このポイント、この日に見た限りでは、水深は30~50センチくらいしかありません。おそらくこの水路では水深が最も浅い箇所ではないかなと思われます。この時期は水温も下がるので、魚は深場へ移動してしまいます。ブラックバスの餌になる魚、バス釣りではベイトフィッシュなんていうんですが、この時期はそういう魚もここにいないので、やるなら春から夏がいいと思いますね。春から夏の田んぼの時期、水揚げをしている時期はもっと水も入ってきていていると思うんで、そういうときがいいかもしれないですね。

ちなみにワタクシ、本当はまたマネしてこれ


寝っ転がってキャッチ

やろうと思ったんですが、先にもちらっと触れましたが相次ぐ台風で相当水かさ増してたんでしょうね。もうとにかく泥が上がって ましてですね、足場もぐっちゃぐちゃです。このオカダの寝そべるコンクリート部も泥で見えなくなっていました。

さて、ここより上に行くと水門もあり、かなり川幅もあって深くなり流れもありました。ここではカワウやカイツブリ、茨城では"むぐっちょ"なんて言いますが、こういう魚を食べる鳥が多く見られました。ということはブラックバスの食べる魚もいるということですね。実のところこの日の感情は、この場所に行ってみたいが90パーセント以上で釣りはオマケ的だったので、ほぼ形だけだったので釣れませんでしたが、ちょっとやってみたところアタリ、魚の反応ですね。これはありました。本腰入れてやったらいいかもしれないです。

で、さらに上に行くとこんな魚の群れがまさに大軍、ものすごい数で泳いでいました。


撮影・流星仮面三世

これは最初ハクレンかと思ったんですが、トドですね。トドというとわかりづらいですが、ボラの大きいのをトドというんですね。画像で見るとあれですが、これかなり大きかったですね。80センチはゆうにあります。これが100匹強、まさに川を占拠状態でした。

ボラは出世魚で、イナ、オコ、ボラ、トド(とボクは覚えたのですが、地方や地域により呼び方ちょっとちがうようです)と大きさで呼び名が変わるんですね。トドはいわばボラの限界、マックスサイズです。ちなみに何かあって、もうやりようがない、どうしようもないとき"とどのつまり"と言ったりしますが、これはボラがこれ以上大きくならない、トドで最後ということから、これが語源といわれています。

いやぁーしかし、これだけ大きいのがこんなにたくさんいるのは初めてみました。

ということで今回はオカダの釣りに来た場所ということで来ましたが、個人的には釣り場としてかなり魅力を感じました。暖かくなったらひとりでじっくり、釣りをやりにこようかと思い・・・え、何々?

「お父さん、オカダ琵琶湖でもバス釣りしてるみたいだよ」

び、琵琶湖!?茨城以外は勘弁してくれ~!!

ありがとうございました。


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2017年10月30日(月) 01時15分00秒

不夜城プロレス物語

テーマ:流星仮面二世(談)
どうも!!流星仮面二世です!!

さあ今日はですね、当ブログにもコメントくださいます

ジャスト日本さん(ブログ:ジャスト日本のプロレス考察日誌

こちらのブログでのシリーズになります

「俺達のプロレスラーDX」

こちらがですね、9月29日より

「俺達が愛するプロレスラー劇場 vol.1」
※こちらのご紹介は最後にやります

として電子書籍されました。で、今回はそちらの出版記念飲み会があるということで・・・こちらの方にお声を掛けていただきましたので10月24日に東京・新宿の方に行って参りました。その模様をご報告します。

新宿です

よぉおる~のぉ新宿ぅ~う~らどぉり~♪と、八代亜紀のなみだ恋を思わず口ずさんでしまいます。が、なみだ恋のイメージとは一転、夜の新宿は、とにかく人だらけですね。退勤する人、遊びに来た人。そして仕事、観光含めて見受けられたのが外国人の方ですね。非常に多かったです。日々、約400万人が行き交うというこの場所。その様は、一見するとひとごみであり雑踏でしかありませんが、この人みんな、ひとりひとりに家庭があって生活があって・・・人生のドラマがあるんだろうな~と・・・物思いにふけってしまった次第です。

さて、人生のドラマという話が出ましたが、人生でもっともドラマをかもし出すといえば出会いに他なりません。プロレスファンとの出会い、ジャストさんとの始まりは、ジャストさんがリッキー・スティムボートのことをブログで取り上げようと調べていたところ、出てきたのがボクの名レスラー伝のリッキー・スティムボートの回だそうなんです。以降、それからはこちらをお読みくださり、コメント欄、メッセージ欄でやり取りするようになり今日に至る次第でございます。

ジャストさんは年齢的にはボクよりもお若い世代ですが、とにかくプロレスへのエネルギー、パワーがすごい、アツい方です。しかし単にプロレスファンというだけでなく、自分が大好きなプロレスの良さ、素晴しさをプロレスを知らない人へ、ひとりでも多くの人へ伝えたい、知ってほしいという熱意や思いに満ちあふれている方です。まさにプロレス純一無上。ブログにも現れているその姿、その熱意が今回の電子書籍化を呼んだんだと思います。

そんなジャストさんですが、今回、ボクもお会いするのは初めてです。これまでの直接のやり取りはアメーバブログのメッセージでのみ。話したことすらありません。一体どんな方なのか・・・緊張します。

待ち合わせの席に行くと、すでにいらっしゃったジャストさん。

「あー!!流星さーん!!」

と、満面の笑顔で出迎えてくれました。それは・・・もし知らない土地に行き道がわからなくなり、周囲に人はいるんだけど、なんだか誰も素っ気なくて聞きづらいなぁ・・・と、不安になったとき、あ!この人に聞けば教えてくれそう♪という、そんな話しかけやすい、人懐こそうな好青年という第一印象でした。

しかし話し出せば血液型がプロレス、星座もプロレス、髪の毛の一本一本の先端までプロレスでできているといってもよいくらいのプロレス愛。にこやかにプロレスを語るその姿は純粋無垢そのもの・・・なんだか微笑ましくなってしまいます。

そして続いて登場したのはジャストさんの電子書籍化をしましたごきげんビジネス出版の編集者でありますHIさんです。

HIさんは今回の電子書籍化を担当したことでもわかりますように、やはりプロレスファンでいらっしゃいます。ボクと年齢がひとまわり程もちがいますが、さすが編集者の方。全体を見ながらときにはホスト的に話題を振り、ときには意見を交え会話をしていくあたりはさすがです。しかも、HIさん顔がカッコよくて声がまた、いい声してます。当日は言わなかったんですが、実はボクの友達に顔が似てる人がいましてですね、なんだか妙に親近感湧いてしまいました。

最後に登場したのは、キン肉マンのロゴ帽子にカール・アンダーソンのパーカーを身に纏った方・・・そう、今日来たのはジャストさんのお付き合いのある方同士ではありますが、ボクは個々となると当然面識がありません。お互いに、どちら様で状態でしたが、Twitterの名を教えていただきびっくり。その名は北村バンベイダーさんです。

そうなんです。自身のツィートはもちろん、駒沢シバティストさんはじめ、多くのプロレスファンがリツィートすることが多いことから、ボクもその名前を知っていました。Twitterでのフォロワー数に現れているように、そのプロレス情熱はまさに北村の筋肉のようにアツく、しかし話せばとても話しやすい方です。それにしても今日、遭遇するとは夢にも思いませんでした。

こうして初めましてだらけの出版記念飲み会がスタートします。乾杯早々始まったその内容は・・・

電子書籍化までの道のり

みんなのプロレス歴やプロレスを見始めたときの話

力道山メモリアルいろいろ

ザ・マミー(オリジナルじゃない方)の話

レスラーの行ったところを捜し巡礼する

ターザン山本は名レスラー

北村バンベイダーさん、HIさんと蝶野

HIさんは蝶野ファン

みんなアリストトリスト大好き

グレート・ムタ名勝負

ジミー鈴木のDSW

NOAHの明暗、過去と現在

佐々木健介のいろんなウワサ話

佐々木健介の2ちゃんねるアスキーアートとプロレス2ちゃんねる全盛期

佐々木健介の、ヴァー!!

谷津嘉章は、なんでも話してくれそう

谷津嘉章の名勝負はあるか?

東京ドーム観客動員数

対戦カードが凄まじ?かった猪木ボンバイエ

今思うSWS

SWSのテレビ映像

北村バンベイダーさんのここだけの話、カブキの"力"小鉄さん編

北村バンベイダーさんのここだけの話、カブキの"力"対戦カード編

初めてレスラーからサインもらった話

WJプロレスの伝説と健介と保永

ジャスト日本さんと鈴木みのる選手の、寒気するようなすごい話

同じく小島の話

四天王プロレスと現在のレスラーの今後

ドン・レオ・ジョナサンの本職と木戸の賢さ

と、こういった感じですかね。テンポよく、とにかく話に花が咲きました。中でもとにかくジャストさん、北村バンベイダーさんは知識が抱負で、ふたりの掛け合いは見ているだけでも楽しめます。そしてHIさんは、うーんやっぱり友達に似てる。多分、弟いたらこんな感じだったんだろうなぁ~。

こうして話も盛り上がってきて、これから後半戦というとき・・・もう少し居たかったんですが、電車がなくなってしまうので残念ながらボクはタイムアップ。やむ無く退席となりました。

最後はみなさんが笑顔で送ってくれました。あ~いつ何時、どんなところでもプロレスファン同士の会話には国境がないなぁ~。さっき初めて会ったのに、ものの数分で打ち解けて、前から知り合いみたいに話している。語って聞き入って、感情が豊かに、そしてお互いが必ず笑顔で向かい合って・・・ふと、そんなことを帰りの電車の中で考えていました。心地よい余韻、いつも感じます。本当にすごいことです。

この日は会社から、午後は早退して息子の三世の柔道の試合を見て、それから東京に行くというハードスケジュールでした。移動に3時間、滞在時間はわずか2時間ほどです。しかし、プロレスファンとの交流は、いつも

「行ってよかった。会ってよかったなぁ~」

と思えることが必ずあります。だから今回も、ボクは行かせていだだきました。そのかいあって新たに気づかされ、学ばさせてもらった、来てよかったと思える点かありました。

かつて、ワールドプロレスリングで実況をしていた辻アナウンサーは

「古舘さんにアントニオ猪木がいたように、 私には長州力がいた」

と言ったことがありました。

ボクはこれまでにも、ブログで繋がった方にお会いしたり、プロレス会場でやり取りのあるファンの方と会ったり、プロレスの飲み会やサミット、ファン同士で交流したりしたことがありました。

しかし、ふと気がつくと・・・これまでボクがお会いしてきた方は同年代、そして年上が非常に多かったんですね。もちろん若い方もいましたが、歳としてはふたつ下くらいまででした。しかし、この日に集まったボクを除く3人の方は、みなボクよりお若い・・・平均すると約10歳前後、ボクと年齢に開きがある方ばかりです。

ボクは・・・そう、今回は会話の中に、いつもは感じることのなかったジェネレーションギャップを正直、感じていました。

ボクは1972年度の、1973年生まれのオッサンです。だからボクの中のプロレス人生は金曜8時がすべての始り、スタートでした。でも今回、みんなのプロレス人生のスタートは土曜4時、だったんです。

みんなはボクとは時間軸も、見ていたレスラーもちがいました。だからプロレスそのものもファンの思考も・・・微妙にちがっていたかもしれません。それは考えてみれば仕方のないことかもしれません。でも、こうして話したことで、プロレスのスタートラインしかり、これまでに気づくことのできなかったことに気づかされました。それは、1950年代、60年代、70年代、80年代、90年代、2000年代、2010年代・・・いつの時代も人々は、こうやってプロレスを見てきたんだなぁということです。

ボクの子供の頃、大人とプロレスの話をすると

「まあ~、今のプロレスがなんだかんだ言ったって、力道山が一番だよ」

と、よく言われたものでした。

力道山のがおもしろくないわけじゃないけど、やっぱり今の方がおもしろいと思うんだけどなぁ。いつも大人たちに、そう思っていました。でも、その頃の大人たちが何を言わんとしていたのか?わかったような気がしました。

そう、時代も世の中もちがう。でもその年代には必ずそのプロレスがあって、プロレス好きがいて、プロレスが続いていたんだなぁと・・・

土曜の4時にテレビ放送開始を待って、夢中になっていって、好きなレスラーを応援していました。みんなプロレス少年だったんです。そんなプロレス少年たちが今、大きくなって、あの頃は、今は、と同年代とプロレスを語り合っていました。目を輝かせ、まるで当時に戻ったように、うれしそうに語り合うんです。それはボクらが80年代のプロレスを語るのと同じであり、あの頃の大人たちが力道山を語るのと同じこと、だったんです。

だから、みなさんがプロレスを語るその姿は見ているだけで心地よく、本当にいい気分になるものでした。プロレス、楽しい、このワードがそろえばジャンルも年代も関係ないんだなと思いました。

古舘さんで育った世代にはどこか、辻アナウンサーに違和感があるものでした。しかし辻アナウンサーの言葉には、ボクらにプロレスがあったように、ボクらにはプロレスがあったんだと・・・そういう意味も含まれていたんではないだろうか?そう初めて気づかされた、そんな心境になりました。

本当に勉強になりました。みなさん、またいつかお会いしましょう!!ありがとうございました。

さて、では最後に書籍の方をご紹介しましょう。

ボクも購読して読みましたが、こちら、内容はですね、各レスラーごとに時代を追いながら、経過や描写が丁寧に詳しく書かれているので読みやすくなってます。特に新規のプロレスファンや、これからプロレスを知ろうという方にはぴったりなのではないかと思いました。

で、ボクなんかはファン歴こそ長いんですけど、読んでますとね、その内容にうんうんとうなずきつつも、しかしながらやっぱり生きてますとプロレス追えなくて離れてしまっていた時期もあるんですね。プロレスが空白な時期ですね。そういうプロレスがわからない時期にですね、あ~プロレスではこんなことあったのか~というのをですね、読んで知ることができました。また元々知っている知識に加え、読むことで新たに知るものもありまして、非常にタメになりました。

で、ひとつだけ、あったらよかったんじゃないかな~というのが登場してくるレスラーの顔ですね。これがわかったらよかったんじゃないかなと思いました。まあ権利関係でいろいろあって写真使うのは難しいとは思うんですか、たとえば簡単なイラストでイメージだけでも伝えられればよかったんじゃないかなと思いますね。アンドレなんかは特にあったらよかったんじゃないかなと感じました。やっぱり新しいファン、これからいろいろ覚えようというファンが読んだとしたらですね、これは心理的にも容姿の確認、欲しいところではないかなと、こう思いましたね。そして、長い文章を連続で読んだ場合、そういうのがあると箸休めにもなりますし、文章もさらに効果的になるんじゃないかなと・・・そう感じました。

今回、久しぶりに電車に長く乗りましたが、ちょうどこの日はボク退勤時間帯に乗ったわけなんですが、満員の電車内は立ってる方でも90%がスマホ見てるんですよね。これ、こういう時間ですよね。電子書籍というものが威力を発揮するのにこれ以上のシチュエーションはないと思います。電車通勤の方は、プロレスファンでなくてもですね、プロレスを知らない方でも読み物として十分楽しむことができると思いますので、みなさん機会があればゼヒいかかでしょうかね。


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2017年10月22日(日) 23時30分32秒

名レスラー伝~地獄の大悪党!!グレート東郷 その9 大悪党よ永遠に~

テーマ:名レスラー伝

探偵「68年2月を最後にグレート東郷が日本へ現れることは二度とありませんでした。その後、東郷は何をしていたのでしょうか・・・」

先輩「日本のプロレスから完全に消えた東郷だったが、69年1月にルー・テーズと組んで"トーゴー&テーズ・カンパニー(ナショナル・レスリング・エンタープライズ )"という団体の設立案を突如ぶち上げたんだ。もちろん日本で活動する団体ってことでだよ」

探偵「あれ?ということは、東郷は69年にも来日していたということなんでしょうか?」

先輩「これは団体の立ち上げ話こそ調べれば出てくるんだけど、東郷の来日に関してはわからなかった。わかっていることは、この情報をキャッチした日本プロレスに東郷の計画が強烈に阻止されたということかな」

探偵「日本プロレス、本当に徹底してますね」

先輩「ああ~。他には東郷側は設立に向けNET、フジなどテレビ局への交渉もしたということだけど、これもうまくいかなかったという・・・結局、団体構想は日本では何ひとつ煮詰まらず終わってしまったようだ。その後、同年8月にはNWAへの加盟を申請したそうだが否決され、結局そのあとは何もなく、そのまま話は消滅し終わってしまったということだよ」

探偵「うーん、しかし先輩。何度か話に出てますが、東郷は海外ではプロレス関係に顔が利くわけですし、プロレス以外の事業も順調で食うには困らなかったわけですよね。言ってみれば、そのままでもよかったわけですよ。それなのにアメリカ在住の東郷が、なぜわざわざ日本でプロレス団体を作ろうとしたのか・・・その意図がボクにはどうもわかりません」

先輩「確かにな。金儲けのため、だけじゃないような気はするね」

探偵「日本プロレスへの復讐?」

先輩「ああ~もしかしたら、あったかもしれないな。自身の新しい団体を人気にして興行戦争で日本プロレスを圧迫させ、やがて潰すみたいな・・・日本プロレスに散々やられた東郷の報復ってあたりかもね」

探偵「しかし日本プロレス側に早々カウンター食らってしまったと・・・」

先輩「そういうことなんだろうね。そして結局これが現在にまではっきりわかる形で残っている東郷のプロレス、最後のプロレスだろう」

探偵「これが大悪党最後のプロレスか・・・」

先輩「ああ・・・でもね、おれたちここまで・・・生い立ちからずっと東郷を調べてきたわけだよね。東郷に関する有名な話や事件、言われもたくさん出てきて、本当にいろいろ調べたよ。調べたけど、ひとつだけ・・・わからなかったことがあった。なんだかわかるか?」

探偵「え!?なんですかそれは!?」

先輩「東郷が日本プロレスを乗っ取ろうとした、って話だよ」

探偵「え?先輩、最後の最後に何を言ってるんですか?それは日本プロレス時代からレスラー、関係者にファンに至るまで、よく知られてる話じゃないですか。莫大な財産にものを言わせてなんて」

先輩「じゃあ聞くけど、東郷はいつ、どうやって日本プロレスを乗っ取ろうとしたんだ?」

探偵「それは・・・あれ!?どうやって・・・!?」

先輩「わからないんだよ。

"日本プロレスを乗っ取ろうとした"

って言葉は確かに出てくるんだけど、乗っ取ろうとしたという経緯や根拠や証拠は一切出てこないんだよ」

探偵「本当に・・・これも、これもないッ!!こんなに長い期間、詳しく調べたのに集めた資料にない・・・馬場さんアメリカ定着計画は経緯や金額までハッキリした資料があったし、大木金太郎引き抜き工作も引き抜きから阻止までの過程もハッキリした資料がありました。外国人レスラーボイコットの件も書いてある本が存在してて・・・これまでの事件には確たる証拠がありましたよ。でも、東郷が日本プロレスを乗っ取ろうとした話が書いてあったものがない!!ネットでも、どこにも出てこないですよ!!」

先輩「陰謀・・・だったんじゃないだろうか?」

探偵「う、嘘の情報だったと!?」

先輩「ああ過去に・・・プロレス界で起こった事件や出来事というのは、なんかしらの形で詳細が出てしまうものだった。アントニオ猪木の日本プロレス追放事件、新日本プロレスのクーデター事件、全日本プロレスのキッド・スミス引き抜き事件、新生UWFの崩壊など・・・そのときの状況、関わった人物、確執など、いろんな視点から紐解かれた事件の真相が昔のゴングの増刊号とかにはね、この類の特集はよくあったんだ。知識と探求心があり、熱心な記者やライター、評論家たちが詳細に調べ克明に記したものがあったんだよ」

探偵「確かにそういったのありましたし、今なお、当時の事件を改めて検証して出される書籍もあります。本当に真実に迫った内容のモノから、商用目的で出されてるウソ交じりの感じのものまで・・・多々ありますよ」

先輩「そうなんだよ。でも東郷が日本プロレスを乗っ取ろうとした話は、今だかつて誰も書いてない。触れてないんだよ。竹内宏介さんや門馬忠雄さん、菊池孝さん、桜井康雄さん・・・このあたりなら過去に書いていてもおかしくないはずなのに、誰も残していないんだよ。おかしいと思わないか?」

探偵「おかしいです・・・日本プロレスを乗っ取ろうとしたなんて歴史的大事件のはずですよ。でも、これほどの出来事なのに、いつ、どのようになって始まったとか、こう企んでいたとかこう計画していたとか、こうしてダメになったなんて証言が、ひとつも出てこないなんて・・・」

先輩「そうなんだよ。だから、この件に関してあるのは

"東郷は日本プロレスを乗っ取ろうとした"

っていう

"言葉"

だけなんだよ」

探偵「思い返せば思い返すほど・・・力道山が亡くなったあと日本プロレス側は東郷に何もさせないうちに、すぐ日本から出て行かせました。それこそ間髪入れずにです。そしてトルコに襲われた事件。これが日本プロレスを乗っ取ろうとしたからだと思っていたファンは多かったはずですよ。でも実際はTBSプロレスに関することでの事件で、日本プロレスの乗っ取りとはまったく無関係だった」

先輩「結果、日本プロレス時代では乗っ取る段階に行けてないし、TBSプロレス時代では日本プロレスを乗っ取ろうとしていない。だから・・・東郷は日本プロレスは乗っ取ろうなんてしてなかったんじゃないだろうか?」

探偵「日本プロレス乗っ取りは、東郷を嫌う一派が東郷を嫌うあまり、これ以上ないほどに悪者にしたりするために流したデマ、プロパガンダだったのか・・・だから誰も内容を書けず"言葉"だけが現在まで残ったのか」

先輩「真実はわからないけどな・・・仮説としてはありえるだろう。とにかく東郷が日本プロレスを乗っ取ろうとしたという確固たる証拠が現在にまで世に出ていないのは確かだ」

探偵「いろんなことを知れば知るほど、東郷なんだなぁと・・・思えますね」

先輩「本当だな。さて、いよいよ最終章だ」

探偵「はい。プロレスから離れてもオーナーとして不動産業、自動車販売、飲食店経営が好調だった東郷は、食うに困ることはなかったようです。レスラー時代から、ロサンゼルスではセレブしか住めない西方地区のドン・イバラプレスというところに豪邸を構えていた東郷は、ここで妻の政枝さんと愛犬のチャピーと余生を送っていたようです(ドン・イバラプレスはビバリーヒルズにあったようですが現在詳細は不明です)」


東郷の奥さんの政枝夫人。とても仲の良い夫婦だったという



愛犬チャピーを膝にのせハーモニカを吹く東郷。こうすると、チャピーは曲に合わせて鳴き声を出し一緒に歌ったという。田鶴浜弘さん曰く、悪玉東郷の親友だったそうだ

先輩「ああ・・・何不自由なく過ごしていたんだろうね」

探偵「はい。しかし日本を去ってからわずか5年後、73年12月17日に東郷は患っていた胃ガンの手術後の経過がよくならず、62歳でこの世を去ります。常人では持てるはずのない"力"を持ち、有り余るほどの金と名声を手に入れた東郷でしたが、病には勝てなかったんですね。62歳、若いですよ。波乱万丈の大悪党の最期でした」

先輩「ああ、そうだなぁ・・・ところで日本を去ってからのこの5年の間、亡くなるまでに東郷を取材している人がいるんだ。まず2年前の71年の6月に桜井康雄さんが東郷宅を訪ねている記録がある。

東郷はこのとき

“リキさんはロサンゼルスへ来るとワシのウチに泊まるのよ。庭のオレンジをもいで食べたり、庭に転がったり、この部屋でワシと相撲を取ったりね”

と懐かしそうに語ったそうだ。そして自分の過去の話には

“子供の頃のことは、思い出したくもない”

と言い、家の話になると

“この家は、みんなワシの血でできたものなんだよ”

と誇らしげに言ったそうだ」

探偵「そうですか・・・短い言葉にも、なんか、東郷の人生が表されていますね」

先輩「そうだな。そして桜井さんのあと、同年の7月から8月くらいだろうか?ゴングから当時派遣記者としてアメリカに来ていた竹内宏介さんが、その時期に東郷を取材しているんだ。竹内さんはこの特派員時代、この取材で東郷と話したことが忘れられない思い出だったと語っている。この模様は昭和46年の別冊ゴング10月号に健在!流血の大魔王というタイトルで掲載されたそうなんだ。それがこれだよ」


71年の夏に自宅の玄関前で撮影された東郷。おそらく東郷の最後の姿をとらえた写真だ

探偵「先輩、ボクは今回の調査を進めていくうち、東郷のことは・・・やっぱりいろんな人に言われてきたような通説通りの、プロレスでも私生活でも大悪党な人間なんだと思ったんです。でも、力道山を懐かしんだり昔の話をしたりして・・・なによりこの顔。まるで別人ですよ。あの東郷とは思えませんよ。なんて優しい、そしてどこか悲しい顔なんだろう・・・」

先輩「遠い過去になってしまった日本でのプロレス。もう関わることはないと思っていた。でも、こうして桜井さんや竹内さんが自分のことを忘れず訪ねてきてくれたことが、うれしかったんだろうなぁ・・・」

探偵「東郷も人間だったってことですね・・・なんかジーンとしちゃうなぁ」

先輩「ああ。でも・・・感動しているところ悪いんだが、しかしな、まだ終わらないんだよ。まだな・・・最後まで東郷なんだなっていう妙な話があるんだ」

探偵「え?なんですか?」

先輩「力道山の秘書をしていた井上さんという方の話が“悪役レスラーは笑う-卑劣なジャップグレート東郷”に掲載されている。井上さんは日本プロレス時代から東郷と、東郷の奥さんからも大変な可愛がられていたそうで、東郷の自宅に行っては取り持たれたという」

探偵「あのエルビス・プレスリーの話をした井上さんですね。東郷夫婦から好かれていたんですね」

先輩「そうそう。なので東郷が死去したあと、どうしてもお墓参りをしたくて何度かロサンゼルスへ行ったらしいんだ。でも・・・」

探偵「どうしたんですか?」

先輩「いくら探しても東郷の墓がみつからなかったらしいんだよ」

探偵「み、みつからなかった!?お墓が!?そんなバカな!?レスラーとして知名度があれだけあって、実業家としても名前が知れててロサンゼルスでは顔が誰より効いてたんですよ!?マフィアにだって顔が効く東郷なのに・・・それなのに誰もお墓を知らないなんてあり得ないですよ!!」

先輩「おれも信じられない。死後100年も経ってるならまだしも、亡くなって間もない人のお墓が、わからなくなるもんなんだろうか・・・」

探偵「あ、家には奥さんいたはすじゃないですか!!奥さんならわかりますよ!!」

先輩「ところが東郷の住んでいた豪邸は亡くなったあと、すでに売られていて・・・奥さんの所在もわからなくなっていたらしいんだよ」

探偵「売られた!?一体誰が売ったんですか!?奥さんはどこに!?チャピーは!?」

先輩「わからない。こればっかりは調べようがないからね・・・」

探偵「そんな・・・」

先輩「あの豪邸も消え、奥さんも・・・そして当時にして50億円といわれていた東郷の資産も跡形もなく消えてしまったというんだ。東郷が亡くなったあとは、東郷のことは何も・・・わからなくなってしまったんだよ」

探偵「そんなバカな・・・生きていた痕跡がなくなってしまうなんて・・・」

先輩「おれらはプロレスを調べる専門の探偵だけど、やっぱり探偵だから・・・探偵のサガっていうのかな。物事を真っ正面からしか見ないなんてことはできない。上から下から斜めから、関連するものから、そして推理や仮定から、徹底的に見るよな」

探偵「それはそうですが、それが!?」

先輩「東郷は本当に胃ガンで亡くなったんだろうか?」

探偵「え!?あ!!ああ!!!」

先輩「なんてな。冗談だよ」

探偵「な、なんすかもう!!」

先輩「ははは!!ワルいワルい。でも東郷ならさ、そう言いそうな気がしないか?」

探偵「・・・そんな・・・感じだったんでしょうね、東郷は。そうやって生きてきたんだろうなぁ。最後の最後まで大悪党だったんですね」

ウーウーウー

先輩「あれ?なんだか外が騒がしいな」

探偵「本当ですね。何かあったのかな?あ、あれ先輩!!見てください・・・パトカーの先!!」

先輩「パトカーの先?あれは・・・フィアットじゃないか。しかしやけに古い型だな」

探偵「運転席ですよ!!」

先輩「うん?あ!!しょ、所長!!なんで!!まだ留置場にいるはずじゃ!!」

探偵「まさか脱獄したんじゃ!?」

先輩「バカな!?刑務所ならまだしも留置所を脱獄なんて聞いたことないぞ!!」

探偵「でも面会のとき着てた青いスーツ着てますよ!!」

先輩「青スーツ!!そういうことか!!」

探偵「先輩これは・・・これは見なかったことにしませんか?」

先輩「そうだな・・・メシ食いに行こうか・・・」


東京、池上本願寺・・・そこは日本プロレスの父、力道山が眠る場所です。

ボクが週プロやゴングを買えるようになった頃、12月15日の力道山の命日には、毎年力道山のお墓をレスラーが墓参りする姿が掲載されていては目にしたものでした。

まだプロレスファンとしても人間としても未熟だった当時のボクでしたが、そこからボクは偉大ということは、こういうことを言うんだなと学ばせてもらいました。

こうして・・・日本プロレス界の父には、今でも毎年、少なくとも年に一度は必ず人に思い出してもらえる日が来ます。

でもグレート東郷が今のプロレス界で、人に思い出される日はほとんどありません。いや、プロレス界を除いたとしても・・・もう、ないのかもしれません。

貧しい家に生まれ、差別を受けた。思い出したくもない幼少期を過ごし、やがて戦争で悲劇に会った。苦労の連続だった。しかしたったひとりで這い上がり“力”を手に入れ、裸一貫で富を築き上げた。

東郷の行くところ、いつも騒ぎがあった。事件があった。金が動き人が動き、嫌われ、好かれ、頼りにされ、潰され、憎まれ、喜ばれた。その度、リングに花が咲いた。血の花が、咲いた。

しかし、その花が咲くことは、もはや二度とありません。だから咲いている花は見ることができません。

でも人間には心があります。だからボクはたまに・・・その花を思い出して、そして地球上のどこかにあるはずの東郷の眠る場所へ、そっと置いてみようと・・・思っています。


大悪党よ、永遠に・・・

最後までありがとうございました。

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