博報堂を辞めてみました。

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三富政行オフィシャルブログ


先日博報堂を退職しました。
二足のわらじの一足を脱いでみました。



最初にお断りをいれさせていただきます。

数年前に流行りましたブログのタイトルを真似ているようで申し訳ございません。
内容的には稚拙な戯言です。
こういう人生もアリなのかな?と自分を肯定するためにも記事を書いてみました。現時点で決して肯定できるものではないですが。

タイトルについて。
「辞めてみました」という言葉が今の僕にはしっくりくるのかと思います。
記事の内容を読んでいただければと思います。

また、この記事については、いち社会人「三富政行」として書かせて頂きます。



▼実は…

2013年4月から、広告代理店「博報堂」に入社させていただきました。

これまでプロレスラーと博報堂社員という二足のわらじを履いておりました。

公にはしていなかったため、
私をいちプロレスラーとして認識してくださっていた方々、正体を伏せていた方々にはこの場を借りてご報告させていただきます。



正直会社に入社することは大学を卒業するギリギリまで悩みました。
ぶっちゃけてしまうと「広告」の世界に興味は無かったし、会社員になることへの抵抗は否めませんでした。
だったら入るなよ…というご指摘があるのは百も承知ですが。

いわゆる就職活動もほぼしていないに等しかったこともあり、入社するという意識も軽薄であったことは事実です。

裏を返せばこれからの自分の生き方への問いかけだったのかもしれません。
と同時に、
“普通に生きること”への渇望が僕を博報堂に導いてくれたのかもしれません。


▼“普通に生きること”

はじめましての方々への挨拶が遅れました。
はじめまして、三富政行と申します。

慶應義塾大学文学部卒業
学生時代はUWF関東学生プロレス連盟という団体に所属し、学生プロレスラー「潮吹豪」として活動しておりました。
興味がある方は検索してみて下さい。
卒業間近からユニオンプロレスというDDTプロレスリング系列のプロレス団体に入団させていただいた次第であります。
世間的にはこんな形で認識されているかと思います。





“普通に生きること”
これまで所謂真っ当な敷かれたレールに乗った人生を送ってきました。
大学受験もさせてもらえて大学に入学することもできました。

しかし、どこか周りについていけない自分がつねにいました。
肩書きだけはレールに乗っても、中身はレールに乗れなかったというか。


本音を言えば普通に学生して、普通にサークルに入って、普通にゼミで勉強して、普通に就職活動をして、普通に社会人になっていく周りの人たちへの嫉妬はハンパなかったです。

でもどうしてもそういうコミュニティに息苦しさを覚えて、自分が息出来る場所を探し続けました。
本当は弱い自分を、強く見せたいために必死でした。
潮吹豪はそんな自分の化身でもあり、様々な嫉妬や反骨心から生まれたもう一人の自分であったのかもしれません。


だから、「博報堂に入社できる」という事実を手に入れたとき、これまで追い求めていた“普通に生きること”への渇望や欲望が満たされるのではないかという期待でいっぱいになりました。



▼本音

でも…
ずっとプロレスに携わっていたい。
プロレスラーとしても悔いなくいけるところまでいきたい。
プロレスというジャンルを広く世間に発信していきたい。
それが本音です。
それは自分自身がどんな時もプロレスに救われてきたから。


もうひとつ、一生フィットネスとボディビルに携わって精進していきたいというのも本音です。
ここで言うボディビルとは、コンテストに限らず、カラダ作り、ウエートトレーニングを総称するものという解釈です。

この気持ちは昔も今もこれからも、どうやっても揺らがないかもしれません。

この2つのライフワークは僕の人生をハックしてしまったと言っても過言ではありません。

それほど、一生をかけて情熱を注げるものに出会えたこと、出会えてしまったことは自分の中で大きいです。

自分を表現出来るステージを見つけてしまい、自分を表現する感覚を覚えてしまったことが、僕の人生を決定づけてしまったのかもしれません。

▼葛藤と混沌

ゆえに悩みました。
これほどまでに情熱を注げるものに出会ってしまった手前、普通に働くことができるのかと。
でも働きたい。
敷かれたレールにまだ乗っていたい。
同時に、ライフワークを捨てることは出来ないが、中途半端にやることもイヤだ。


結局自分はいまだモラトリアムの中にあるのかもしれません。
見方によれば、非常に低次元な悩みだったのかもしれません。

ここまで書いてみて、自分がいかに中途半端なクソ野郎かということがよく分かりました。

しかし…


“答えが出るまで2つやってみる。”


これがそのとき出した答えでした。

思えば、贅沢な選択肢だったかもしれません。
しかし、「舐めんじゃねえ。」と言われても致し方ない選択肢でもありました。



「博報堂で働きながらプロレスラーとして活動する。」

字面だけ見るとインパクト大ですね。
もしかしたらこの事実をキャラクター作りに生かせたかもしれません。
おいしいネタになったかもしれません。

でも、やはりそこに“心”はありませんでした。
だから公にしようとも思いませんでした。



▼実情

博報堂と聞いて「激務」と想像される方もいるかと思いますが、たしかにその通りです。でも時間は自分で作るものだし、なんとか正気を保つことはできました。

前もって書かせていただくと、博報堂という会社は素晴らしい環境にあると思います。
広告に準ずることであれば幅広く好きなことが出来るであろうし、個人を尊重してくれるという点に嘘偽りはないと思います。

人によってはサラリーマンなのにサラリーマン的働き方をしていない方もいますし、自由度は高く、かつ手厚い待遇も魅力的だということは事実です。

私にいたっては、もろに文科系であるにも関わらず、体育会系だと思われてしまうという“あるある”を経まして……
こういう言い方は良くないかもしれませんが、環境的にも最悪なところに来てしまったというのも事実です。

前述のプロレスやフィットネスにかける情熱と、環境面があいまって、
次第に頭の中に「博報堂で働いていこう」という思いはなくなってしまっていたのです。
そうなってしまったかというか。



そんな折、やっぱり自分を救ってくれたのはプロレスであり、トレーニングでした。
追い求めるものがそこにはありました。

精神的に追い込まれても、プロレスがあったから前を向けたし、トレーニングが出来たから活力が湧いてきました。



ただ正直、プロとしてリングに上がる上でやらなければいけない努力は出来ていなかったと思います。

プロレスをなめることだけはしなくなかったので、心苦しさはハンパではありませんでした。
プロレスラーとしての自責の念にもかられました。



と同時に、

徐々に仕事に蝕まれ、それはまるで

「この会社でちゃんと働きなさいよ。」
「染まりなさいよ。」

というメッセージだと感じてしまうほどでした。



予想通りやはり2つのライフワークがなくなる生活は僕を廃人に導いていきました。
アイデンティティがどんどん崩壊していきました。
自分の職業を聞かれたとき、「会社員です。」とは一度も言えませんでした。
博報堂で働いていることを隠したくてしょうがなかった。
隠し続けていました。
そんな精神状態に追い込まれていきました。

ここまで読んで、なめ腐っていると思われる方もいるでしょう。
社会人なめんじゃねえと。

その通りだと思います。

やるなら、やはりその世界に骨を埋める覚悟で入社しなければいけないのかな、ということは周りを見て実感しました。


入社してごめんなさい。

そんな風にしか思えませんでした。



▼戯言

これから大学を卒業する人や仕事をする人で、人生をかけて情熱を注げるものにすでに出会っている方へ。

やりきった方がいいと思います。

ただ、もしそれが趣味という形で出来るのであれば、人生をハックされない程度に出来ることであれば、絶対に定職に就いた方がいいとも思います。

働いてみて、会社員とはこんなにも恵まれている(博報堂は特にそうだと思います)のかということも感じました。


もし、それが趣味の範疇を超えるのであれば、

とことん挑戦してみる方が良いのではないでしょうか。

こんな言い方はしゃくに触るかもしれませんが、ある程度のレベルの大学にいると、「企業に就職する」ということが全てに感じてしまう傾向にあると思います。

もちろんそうすることが最良の選択肢だと思いますし、スタンダードな選択肢になっているだけの理由があります。

でも、生きる選択肢は無限にあると思うのです。

就職活動をしなくても、自分で職を創ることだって不可能ではないと思うのです。

“創職活動”とでも言うのでしょうか。

自分の信じる道を突き進むことは悪くないと思います。


自分が“生きて”いて、“活きて”いて、“息”を出来る場所がある人は、その道を極めて欲しいと思います。



▼色々と

「会社を利用しなよ。」という言葉を多くの相談させて頂いた方々から頂きました。
それが出来なかった時点で僕は所詮まだそんなもんなのだなと自分の無力さを痛感しました。

おそらくそこに博報堂への愛や、広告の仕事に対する野望があればそれも可能だったはずなのでは、と今は思っています。

そのとき心のバランスが上手くとれていなかったことは間違いないので、後悔してもしょうがないのですが。



やっぱり、入社してごめんなさいという気持ちは強いです。
会社にとってはただの迷惑だったと思うのです。

きっと、自分の中の好きなものに対する異常な情熱とかを、会社のための力に変換してくれることを望んで採用してくれたことでしょう。

それが出来なくてすいません。としか今は言えません。

でも、博報堂という会社で会社員を経験出来たのと出来なかったのでは、今後の人生に対する方向性や向き合い方、生きる覚悟が格段に違ってきたと思います。

さらに言えば、大学を卒業した瞬間から好きな道に突き進むよりかは、こういった社会経験を経させていただいたことには感謝しかありません。

だからこそ生き抜かなければいけないのです。


▼これからのこと

退職届を出すまでは、若干の葛藤もありましたが、出した瞬間これほどまでにスカッとするとは思いませんでした。

今は野望だけはたくさんあります。

なりたい自分が明確に見える状況です。

タイトルにある
「辞めてみました。」

という表現は、

社会的には胸を張って良いとされる、
【博報堂で働いています。】
という身の上を、
胸を張って言えなかった自分が、



社会的にあまり良い顔はされない…こともないはずだけど、
【プロレスラーです。】
【パーソナルフィットネストレーナーです。】
という身の上を、
どれだけ全力で胸を張って言えるようになるか、

という期待に満ちあふれている。

という意味だと思っています。


(日本語って難しい…)


そして、これまで逃げ道を作っていた自分の人生に、退路を断つという選択肢をしてみました。

という意味でもあります。

要は、信じた道を突き進むとどうなるか、という可能性を模索する旅にでてみます!

ということです。




そして…

ご縁がありまして、パーソナルフィットネストレーナーとしても活動させていただくことになりました。

この「ご縁」については語りきれませんし、パーソナルトレーナーとしての活動については別の記事でまとめさせていただきたいと思います。

ずっと憧れていた世界にまたひとつ飛び込めたことに感謝しつつ、日々精進して参りたいと思います。


http://mitomi-masayuki.com/




▼一旦、24年分の感謝を。

こうして呑気に夢語れるのも、多くの人ありきだとつくづく感じています。

2014年新たなスタートに際して。

潮吹豪時代からお世話になっている方々。
プロレスラー三富政行として関わらせて頂いている多くの方々。
博報堂でお世話になった直属の先輩、斜めの先輩、同期。


多くの方々に感謝の意を表して。
ありがとうございます。



ある意味ここが本当の人生のスタートな気がします。
ワクワクしてたまりません。
なりたい自分にどこまで近づけるか。
はたまたなりたい自分がどのように変化しているのか。


まだまだ人生攻めてる感が足りていません。
攻めに攻めて動きに動いていきたいです。


お世話になっている方々への敬意と感謝を忘れず、これからも我道邁進してまいりたいと思います。



2014年元旦
三富政行

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