第三十話 「絶体絶命」


詩織が海底でクジラやイルカ達を能力で誘導している頃


黒子の改良されたタブレットPCにメールがあった


それは今の所彼女のパートナーとなっている男からである


「鳥たちは南方へ移動し、猛獣は檻の中に入る、忘れ物を取りに来い」


立った1行のメール内容だが


黒子が氏まで何が起こるかを理解するには充分であった


「今から、まるたちを拾いにいくね」


「あなた何を言っているの?」


突然の黒子の意見に反応したのは比美香だった


事態の詳細を知らないので当然の反応と言える


詳しく説明するのが面倒な黒子はそのメールを彼女に見せた


比美香は暫く考え込んでいたが


聡明な彼女には、黒子には仲間がいて、


島で何かを仕掛けている事を理解した


「この鳥たちとは報道関係のへりのことか」


一緒のメールを見ていた矢部が言うと


「猛獣はさしずめモンスター達の事ね」


比美香が矢部の補足を言ってみた


矢部はイラっとした表情を見せたが


「お前の仲間って一体何者だ?鳥山」


鳥山というのはもちろん偽名である


本命を名乗るのは黒子にとって気持ちの良い事では無く


旧名は母を思い出して気分が悪くなる


だから適当に名前をつけて、


ゴールドイーグルの仲間に戸籍を作らせた


しかし、この名前を使って1年以上経つというのに、未だに慣れない


もちろん、彼女に関わる人は少なくこのクラスでは目立たないから


殆どその名前で呼ばれる事はないせいもあるだろう


最近親しくなった、まると比美香は本名である名前の方で呼ぶから


尚更鳥山という偽名は馴染めないままだ


「詳細は言えない、しかし少なくとも言ったことは実行出来る能力がある」


「信じて良いんだな、島に戻ってもしあのモンスター達に捕まったら今度こそ助からないんだぞ」


矢部は目を細めて黒子を見たが


「私は信じるわよ、黒子の仲間をではなく、黒子をね」


今度は黒子が懐疑的な眼差しで比美香を見た


「信じる?この場合、より可能性の高い選択をしただけでは?」


頭の良い人程濃密で、意味深い言葉を出来るだけ手短に語り、


見事相手にその意図を汲み取らせる事が出来る


必要で無い言葉を出来るだけそぎ落として


最小の文字数で相手に伝わる言い回しを選択するようだが


黒子の場合、もちろん頭の良さはあるが


それ以上に、人との関わりを最小限に止めたい気持ちが働き


結果的にそれが、最小の言葉で意志を伝える彼女の話し方になっていた


「あら、可能性で言うなら、このまま逃げる選択が一番ではなくって」


比美香の頭脳については、まるでもねじ伏せる事が出来ない程で


常に最短で最良の選択をするのではあるけれど


唯一そんな彼女の明晰な頭脳を曇らせるものが彼女の中に内包している


黒子は鼻で笑いながら、首を横に振った


「あなたにとっての最善は、全員の命を救うという前提がある、このまま逃げるのではその前提から離れるね、結局まる達を救う可能性のある方での最善の選択は、島に戻る事でしょ」


今度は比美香が不愉快な顔で黒子を見る事になった


二人の会話で矢部が大笑いして、二人の険悪な空気を一変させた


「二人の最善談義を中断して悪いが、俺はそんな茶番に付き合う気は無いんだ、このまま逃げる方を選択したいね」


「あなた、まるを見捨てるつもりなの?」


「もちろんそれは本意ではないが、再びみんなを危険にさらす程の価値があるとは思えないね」


矢部はいつもこうやって正論では無い道を探ってい生きている


この頃になると彼はまるに対して驚異を感じ始めていた


あいつもまた、モンスターと同類では無いのか


実際軍人と対等に戦っていた


女子中学生が大人のしかも戦場をめぐってきたらしき軍人と対等にだ


それは考えられない事態であり、常識を逸脱している


恐らく何らかの理由で軍事訓練を彼女がしてきたとしか考えられない


深い恐怖と彼女に対する悪感情が驚異へと変化していき


遂にこのまま消えて貰った方がこの世のためになると言う考えに傾いた


もちろん、彼の心のどこかで、その考えは間違っていると叫んでいるが


今の矢部にはその声を許容する考えは持てないのだ


比美香が何かを言いかけたが、それを遮って赤毛の軍人が割って入ってきた


「お前の考えが一番打倒だと思うが、一つ忘れている事がある」


彼女は比美香を手で制して矢部の前に立った


「私たちの存在だ、このままお前達をみんな消して本国に帰還する道もある」


一瞬にして矢部の考えは崩壊した


「しかし、今島に引き返すなら、私たちはもう一つの船で本国に帰還するだろう」


テレバスである彼女でも、今島で起こっている事態までは認識出来ていない


ただ、このまま日本に引き返せば、面倒なことになる事は理解出来る


もし大佐とその一派を封じ込める事が出来るなら


逆に本国に帰還する道が開かれてくる可能性を感じたのだ


このまま日本で面倒を回避しつつ本国に帰還するか


島に帰って他の船で帰還するか


どちらがより現実的で自分たちに有利かは自明の理である


「どうやら島に帰るしかないみたいね」


比美香は勝ち誇ったように矢部を一瞥すると


目の前に立っている赤毛の軍人を見つめた


「彼の危惧は間違いでは無い、彼女は我々と同類だと私も認識している、恐らく大佐もそう認識したからこそ、まともに戦っているのだ」


「違うっっまるはあなたたちとは違う」


いつになく比美香は声を荒げて叫ぶように言った


「確かに私の知らない彼女の過去はあるみたいだけど、彼女は軍人では無い」


自分の声にはっとなり、冷静さを取り戻していく所は


流石に非凡な彼女だから出来る事だろう


「軍人は任務を超えられないのでしょ、まるはもっと自由な意志の中で生きている、少なくとも自分の意志で自分で考えて生きているのだから」


まるが自分の為に戦っている事は


彼女には痛いほど理解できる


あれだけ自分本位な彼女が誰かの為に生きるなんて考えられないけれど


自分が愛おしい人の安否で心が壊れてしまいそうな状態を


辛うじて平静を保とうと生きているのを彼女は知って


愛おしい人を救い出そうと戦ってくれている


そんなまるを


戦争を生業としている者達と一緒にされては堪ったものではない


そんな彼女の気持ちをストレートに受け止めたテレパスの軍人は


両手を挙げた


「お前の気持ちは理解したが、私も一つ言わせて貰う、私が好んで軍人でいると思われては心外である、もしお前が我が国に生まれていれば、お前も軍人になっていただろう、戦争とは無縁な温室育ちのお前達には決して解らない事だとは思うが、自分たちが安全な所にいて、安全を約束された立場で、戦争反対を唱えているお前達の姿が、日々敵軍の攻撃に怯えながら生きている者達の目にどのように映るか想像してみるが良い、我が国の国民も軍人もその殆どが戦争を憎んでいる事だけは理解してもらいたい」


少なくとも、今目の前にいる軍人は、戦争を憎んでいる


好んで戦っているのでは無い事を比美香にも理解出来た


戦争をしていない国はもちろんだけれど


戦争をしている国民も、戦争を憎んでいる


それなのに戦争は未だに無くなっていないのは何故なのか


その原因を一つ一つ紐解いて、真の原因を追及しない限り


その答えには辿り着かないかもしれない


聡明な比美香は、彼女の抱えてい事情を察する事で


自分の考えの甘さを修正し始めた


「そうね、あなたの言う通りだわ、確かにあなたとまるは近い所にいる気がしてきた」


戦争を心から憎んでいながらも、戦いに明け暮れている彼女の生き方は


恐らく彼女の置かれている環境に原因があり


それはまるで戦場のような環境なのかもしれない


「それでも、まるは私たちの側の人間だわ」


負け惜しみのように比美香が言うと


赤毛の軍人は大笑いした


「お前には乗り越えなければならない壁があるようだ」


一体どんな壁なのかは、今の比美香には理解出来ないけれど


今それを追究している暇はない


「黒子島へ船を戻しなさい」


「もう向かっている」


「手回しが良い事」


比美香は扇子を広げて自分の口を隠した


「負けず嫌いだな」


黒子はそう言うと珍しく大笑いした


比美香は扇子を閉じ、黒子に向けて何か言いかけたが止めた


「まぁいいわ、私の目的はこれで果たせるのだから、それ以外は過分な欲望というものだから」


こうして船は島へと辿り着き


奇っ怪なカタチをした潜水艦を目の当たりにした


流線型の基本は変わらないけれど


まるで生物が呼吸しているように、船体が変化しているのだ


金属のようにも見えるが、固いものが、緩やかに動いているのは


比美香にはとても違和感を覚える


黒子を残してみんな島に降り立った


不思議に思ったのは


ずっと考え事をしている様子の柿崎も島に降り立ったこと


もちろん彼に着いて行くように府川も降りて来た


最初にまるに走り寄ったのは、海猫深である


満身創痍なまるを抱きしめて泣き出した


本当に自由奔放な人間だと比美香は改めて思った


赤毛の軍人は、奇っ怪な潜水艦もそうだが


まるの傍にいる少年を警戒している様子だ


シールドを張り巡らしている訳では無いのに心が読めない


それだけではない、彼の周りに何か異様な力を感じる


「あれは人間なのか?」


比美香に赤毛の軍人が思っている事がつい言葉として漏れたように聞いた


比美香はそのうろたえぶりに驚き詩織を見つめた


「あなたと同じテレパスだと思うけど、私も最初は驚いたわ彼がテレパスなんて、でも私の心をまるに繋げてくれた」


「心を繋げる?そんな事が可能なのかっっいや、あれはテレパスではない」


赤毛の軍人の言葉を比美香も不思議に思った


テレパスではない?


能力者ではない比美香には能力の違いなど判りようも無いのだ


「もっと違う生命の源流を覆すような力を感じる、この感じはどこかで・・・」


彼女は言葉を止めた


これはかつて遭遇したある少年の能力に近い


あれは完全な敗北だった


人間の生命力を奪い取る新種の能力者


いや最早人間と呼べる存在では無いと認識した相手


それに匹敵する力を感じる


テレパスである彼女だから感じられるようで


もう一人はそれほど驚異に感じていない様子だった


もう一人の軍人は、彼よりもガザット大佐を担いでいる男の存在のようだ


彼の部下もその男に距離を置いて歩いている


確かにその男の心も読めない


赤毛の軍人はガザット大佐の記憶を読み解こうとしたが


その男が遮っているように上手く読めない


どうやら本物の特異体質のようだ


だとすれば、或いはその少年に対する認識も


その男によって歪められている可能性は低くはない


特異体質が近くにいるだけで


テレパス同士でも上手くテレパシーで会話が出来ない


彼の顔が認識できる程近づいた頃


「能力を使わなかったのは正解だな」


彼が言った時、


突然赤毛の軍人とガザット大佐の部下の一人が同時に上を美上げた


それにつられるように皆が空を見上げると


ヘリが真上に止まっていた


あり得ない事だ、ヘリ特有の音がまるでしない


しかし、それは紛れもなく軍事用ヘリである


真っ黒な機体は不気味な雰囲気を漂わせながら移動していく


音がしないので違和感が消せないまま


そのヘリの横にあるミサイルが動いたかと思ったら


それが投下され


爆撃音と共に爆風で吹き飛ばされた


みんなが、何とか着地した途端に


異様な形をした潜水艦から放たれたミサイルで黒いヘリが撃ち落とされた


ところが、違う黒いヘリがあちこちに現れ


ミサイルは島中に投下、二つの船も爆撃を受け爆発炎上している


最早沈没するのも時間の問題である


「黒子っっ」


比美香が悲痛な叫びも虚しく


爆撃は雨のように船を沈めていく


奇妙な潜水艦はシールドのようなもので防御されているようで


無傷だが、シールドを張っている間攻撃出来ない事は


黒のヘリも理解している様子だ


あくまで今回の標的を倒す為身動きを取れなくしているだけかもしれない


男はみんなに逃げ場所を指示しながら


一番身近な赤毛の軍人に


「この有様で詳しい事を話している暇がなくなった、奴らの狙いは私だから私が囮になっている間にこの子達を潜水艦に誘導してやってくれ」


緊急事態なので迷っている暇は無い


戦場に生きてきた彼女にとって現場判断の重要性は経験で身についている


「了解した」


この状況下でウソのつける人間は少ない


その男が本気でみんなを守ろうとしているのは間違いないだろう


そう判断したので、怪しい潜水艦ではあるけれど


彼女はみんなを誘導して爆撃を躱していく


岩陰に隠れた比美香と矢部は顔を見合わせた


「だから言ったんだ、こんな事になる気がしていた」


「今そんな事を議論している場合ではなくってよ、とにかく逃げ延びる事を考えましょう」


「俺はあの変な潜水艦に乗り込むのも嫌だけどな」


「この際贅沢は言わない事ね、命があっての物種でしょ」


矢部は返す言葉が無いので舌打ちした


比美香は気丈にしているが内心黒子の安否が心配でならなかった


あんな爆撃を受けて助かる方がおかしいのは判っている


しかし、生きていて欲しい


その時ある黒いヘリから拡声した声が響いた


「私は屈辱を忘れない男なのだよ、ここ5年の間よく隠れていたものだ」


男はその声がフィールである事が直ぐに判った


「村を壊滅させたくらいでお前が消える筈は無いからな、そしてお前がガザットに辿り着くのを待っていたのだ」


不気味な笑い声が島中に響いた


男は完全にフィールの手の平の上で踊らされていた事に


今更ながら思い知らされた


探していたのは自分では無くフィールの方だった、


ゴールドイーグルという特殊な組織に身を置く事で、


フィールは自分の存在を特定出来なかった


村を壊滅したときに、ガザット大佐に自分が辿り着く事を狙って


証拠を偽装したのも


今この瞬間の為だったのだ


唯一の武器である潜水艦は無数のヘリに取り囲まれ身動きが取れない


まさに絶体絶命の窮地に立たされた


「奴の事だ、この島に存在するモノは草一本残すつもりは無いだろう」


男は心でつぶやくと、何か手は無いか賢明に考えた


幾度もこれくらいの戦況を乗り越えて来たのだが


相手は狂気に満ちてはいるが天才的な戦術家のフィールである


勝ち目は限りなくゼロに近い


「少しずつ自分が滅んでいく姿を楽しんでくれ給え」


けたたましい甲高い笑い声が島に響くと


その狂気に満ちた言葉を理解出来た者は戦慄の渦の中に叩き込まれていく


理性のある者の殆どはこうつぶやくだろう


「狂っている」と


心の壊れた天才が兵力を持ってしまえばどうなるか


しかも恐ろしいテクノロジーを持った兵器を手中に収めている様子だ


本気で人間全てを消滅させるつもりである事を


男は嫌という程感じ取ってしまった


敵討ちよりも、まず奴を止めなければならない


男は長いあいた封印していた軍人としての自分に今一度立ち返る覚悟を決めた


とはいえこの窮地を乗り越えるすべはあるのだろうか


止まない爆撃で島は黒煙に包み込まれていく



つづく



第二十九話 「真相」


はじめから読む


もっとはじめから読む



***************************************************************


いや~いきなし戦場になってしまいましたヽ(;´ω`)ノあせる


ヤバイですね~あせる


続き書けるのか私っっΣ( ̄ロ ̄lll)汗



まる☆


ペタしてね