※ちょっと私小説風です。



今を去ること15~6年前の話である。

当時の私はススキノ花柳界に勤務しており、人々が家路に向かう帰宅ラッシュの薄暮に出掛けて行って深夜2時3時に帰って来るという、まことに社会とズレた不健全な生活を送っていた。

周囲の知人友人となかなか時間の合わぬ一人暮らしであったのだから、その退屈を埋めるために、ある時一匹の猫を飼った。

それは近所のペット屋でたまたま里親を募っていた年老いたアメリカンショートヘアーだった。

私はその猫の毛色からの連想で「砂吉」と名を付けて面倒を見ることにした。


ある夜、普段以上に酒量の多い仕事を終え、やや千鳥足で自分のアパートに帰って来ると、砂吉が玄関で私を待ち構えていた。

その夜は一刻も早く横になりたい体調から、砂吉を無視してベッドに飛び込んだ。

まるで泥のような眠りに落ちかけたが、枕元にやって来た砂吉がしきりにニャアニャア言ってそれを妨げた。

…腹が減っているのか?

この猫、餌が欲しい時にはやたら鳴く。
たしか出かける前にエサの缶詰を与えたが。

今、餌皿は空になっている。

あいにく部屋に在庫の缶詰がない。

…悪いけど一眠りしてから買いに行くから朝まで待ってくれ。

しかし砂吉はしつこい。
諦めずに耳元でニャアニャア言うからなかなか眠れない。

…食いしん坊め。少し我慢しろ。

多少イラついて相手にせずに布団をかぶって眠ろうとすると、次の瞬間!なんと猫の腹がキューっと鳴ったではないか。

これには私もすっかり参ってしまった。

急いでコンビニまで缶詰を買いに走った。我ながら甘い飼主だ。



その砂吉も後年、大腸を悪くしてとうとう他界してしまった。

私と暮らしたのは3~4年だけだったが、あの夜、人間と同じように空腹に腹を鳴らしたこの猫のことを懐かしく思い出す。

前の飼主に見捨てられてペットショップに佇んでいた年老いた猫だったが、晩年は幸せだったに違いないと今も私は確信しているのである。