おふれこ | さてと、今夜はどこ行く?

さてと、今夜はどこ行く?

酒場であったあんなこと、こんなこと。そんなことを書いてます。ほとんど、妄想、作話ですが。

ひどい雨の夜だった。
こんな夜は寝てしまうに限る。
俺は早めにベッドに入ると、部屋の灯りも消し、目を瞑った。
眠りに就くのは早かった。
それが俺がベッドにはいってからどれくらいで起こったのかはわからない。
自動車の急ブレーキの音が聞こえたかと思ったら次の瞬間ぶつかる音が聞こえて家が揺れた、と、隣の家の住居人があとから教えてくれた。
俺はそれすらも良く覚えていない。
たしかに揺れで目覚めたのだとは思う。
起きて目を開け見渡すと、俺の部屋のベッドとは反対側の壁は崩れ、イタリアだかドイツだかのスポーツカーのボンネットが顔を見せていた。
俺が住む家は道路の曲がり角に建っていて、そのちょうど曲がり角に面した角部屋の一階が俺のベッドルームだった。

大雨による視界不良とスリップによる不慮の事故。

と、一旦は見なされた事故だったが、その後の調べで色々な事が浮上した。
まず、車のタイヤは交換しなければいけないほど磨り減っていた。車検でもそれは言われていたそうなのだが、彼は、交換が必要ですという業者に、ここで交換すると高いから、あとで個人で安いところでやってもらうよ、とそれを拒否していた。しかし、それはその後も交換されることなくそのままにされていた。それから、スピードの出し過ぎ。法定速度40km/hの道をその車は100km/hで走っていたらしい。
そして、なにより、事故後、自らも負傷しすぐに病院に運ばれてしまい曖昧になってしまったが、その運転手が酒気帯び運転だったこと。

彼の保険会社はこれでは保険は下りない、そっちでなんとかしてくれと俺に言ってきた。
戸惑う俺に、彼は怒ったように声を荒げた。
「いいですか、これは大雨による不慮の事故なんかじゃありませんよ。奴の車の整備不良とスピード違反さらには酒気帯び運転による犯罪です!そんな奴に出す保険金なんてうちにはないっ!」
そして机を持っていた書類でバンっと叩くと、俺を部屋に一人残し出て行った。
たしかに彼の言うことは正論だったが、そんなことを俺に言われたって困る。
それは今、意識不明で入院中のあの運転手に言ってくれって話だ。
だいたい俺がなにを悪いことしたというのだ。
まったく、もう・・・
俺はうんざりと壊された壁を見つめる。
いつまでも、壁にベニヤ板を簡易的に打ちつけた状態で過ごすわけにはいかないのだ。
それに壁に掛かっていた俺の大切にしていた、アンディーウォーホルの額入りポスターもアノ事故によって破壊された。アレは俺にとっては結構高価なものだったのだ。

弁償して貰うにも入院中の彼には無理な話だった。
俺は彼の身内に連絡するしかなかった。
探した結果、彼の父親が判明した。
なんでも企業の偉い社長さんらしい。
彼の会社に連絡すると、秘書に何度か、「今は忙しいからダメ」と断られた後、やっと直接話すことができた。
「なんだね。ワシは忙しいのだ。手短に頼むよ。」
なぜか俺は「すみません。」と言っていた。
それから、実はあなたの御子息さんが、先日私の家に車をぶつけられまして、それにより、家の壁が壊れて困っているのです。保険会社の方は、コレは事故ではなく犯罪なので保険金は出せないと仰りますし、当のぶつけられた御本人はまだ意識が戻られないとのことで、私としましては、ほとほと困ってしまい、御身内の方になんとかして頂けないものかと・・・お忙しい中、誠に申しわけありませんが、せめて壁の修理代くらいは出しては頂けないものでしょうか?と伝えた。
俺の話をじっと黙って聞いていた父親だったが、俺が話し終えると
「貴様か!」
と大声で叫んだ。それから
「貴様があんなところに家なんて建てるから、うちの倅はあんなことになったのだ!倅が死んだらどうするつもりだ。壁は元に戻るかもしれんが、倅はもう戻らないのかもしれないのだぞ!」
と、怒鳴った。
「それは大変お気の毒な事と思いますが、お言葉ですが、社会的には誰がどう見たって、被害者はわたしでしょう?お願いします。責任取ってください。」
そんな俺に、彼は渋々という風に言った。
「仕方ない。一度現場を見に行ってやるから、君の都合の良い日をいいなさい。」
俺は次の日の昼を指定した。

時計を見ると、まだ11時で彼が訪問してくるまでには1時間あった。
俺は、ちょいと昼飯を食べてしまうことにした。
近所の蕎麦屋に入る。
しかし、これがいつになく混んでいて、結局食べ終えて店を出る時には、約束の時間を5分過ぎていた。
走って戻ると、すでに彼は俺の家の中にいて、遅れてすみません、と謝りながら、挨拶の握手でも、と差しだした俺の右手をはね除けた。
「貴様、人をバカにしているのか。人を招待したなら、お前が先にそこにいて、訪問者をもてなすって言うのが常識だろうが!そんな礼儀もしらんのか。いいか。俺はお前が被害状況を調査して見積もりを出し報告してくる分には、金は出さないわけじゃないが、何もしないでそっちまかせって態度じゃ、一銭たりとてださんぞ!覚えておけ!」
家の前を通りかかった隣人が彼の怒鳴り声にビックリしたのか、そんな我々を不思議そうに壁の穴越しに眺めていた。
一時凌ぎにベニヤ板で塞いだとはいえ、塞ぎ切れない穴がまだそこにはポッカリと空いていた。
そういう意味では、俺の部屋は外から丸見えだった。
彼は外からどこか心配そうにこちらを見つめる隣人に気付き目が合うと突然笑顔になりこういった。
「いまのはどうか内密に、頼むよ。」
それから急に嶮しい目に戻ると
「バラしたらどうなるか、わかってるんだろうな!」
と、大声を挙げ、あたりをぐるりと見渡した。

※フィクション