昨日の読売新聞「編集手帳」に陰語に関する記述があった。荒畑寒村の随筆「監獄料理」に、受刑者が豚肉とジャガイモ(馬鈴薯)の煮付け料理のことを、ジャガブタ、ジャガブタの洒落で「楽隊」とよんでいたというものだ。手元にある『寒村茶話』(朝日新聞社)の「監獄料理の粋」にも一部記載がある。それによると大阪のある菓子屋が出していたPR雑誌に、通人への批判を込めて書いたものらしい。


「味のうまい、まずいには一定の基準があるわけじゃなし、好き嫌いは人によって違い、客観的な生活環境によっても、左右されるところが大きい。二十数年前、さっき言った菓子屋のPR雑誌が好きな食べ物を質問して、諸家の回答を発表したことがある。それを魯山人という彼の作った陶器が近ごろばか値を呼んでる「通人」が次号で批評して、あんな物が好きな奴の気がしれない、こんな物をうまいと言う奴の舌はどうかしている、なんて書いたものでした。 ぼくはそれをかたわら痛いって感じましたが、寄稿を請われたのを幸い、次号に「監獄料理」と題する一文を草してからかってやった。」


最近では嵐山光三郎の『文人暴食』(新潮文庫)などでも紹介されているようだが、こちらは未見である。この荒畑寒村(本名:荒畑勝三)は社会主義者として何度も監獄に入っているからこそ、監獄料理でさえ、うまいと感じてしまうものなのだ、というのが正直な話なのだろう。


「入獄後十日もすると、もう初めはのどを通らなかった監獄料理がうまくて、うまくてたまらなくなり、肥溜桶(こえたご)から肥びしゃくで汲み出すような朝の味噌汁が、待ち遠しくて仕方なくなるから妙です。」


また新聞記事には追記として、寒村は出所後に、あのうまかった料理が食べたくて妻に作らすが、なかなかあの味をだせないため、監獄に入って覚えてこいといって怒られたことも記されている。寒村らしく、ちょっとおかしい。『寒村茶話』が昭和五十七年に刊行されたときは、寒村翁、満八十九歳。九十三歳で天寿を全うした。



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