救急車に乗れずに悔しがる

テーマ:

週末のこと、夜半にトイレが何やら騒がしい。気になって覗きに行くと、トイレに佇む親父の様子がどうにもおかしい。声を掛けると気分が悪いと答える。すると崩れるように倒れ込み、吐瀉物であふれかえる。脳溢血かと思い、慌てて躰を支え、その場で横向きに休ませる。何故か裸でトイレにいたので躰を冷やしてはならぬと、毛布で躰を被い、口に溜まった汚物を取り出そうと口を開けさせようとした。するとどうにか両目を開け、受け答えもはっきりしているので多少は安堵する。じきに落ち着きを取り戻したので、とりあえず布団に横たえる。もしやその日に食べた牡蠣ではないかと疑い始めるが、親父は火を通したものだから大丈夫だという。確かに小生も食したが、何ら症状も出ていない。前の日には何を食べたかと尋ねれば、居酒屋で、カニや刺身などを食べたという。疑わしいものは山ほどあるので、しばらく様子をみることにした。


しかし朝まで吐気、嘔吐が止まらない。やはり大事に至ってはならぬと思い、救急車を呼ぶ旨伝えると、親父はいやいやながらも承諾する。それでも力ない声で、近所の手前、サイレンを鳴らさず呼んで欲しいという。話すのさえ億劫なほど具合が悪いにもかかわらず、体裁が気になってしまう親父の気質というものが何だかいじらしかった。消防署に電話をかけて症状を説明すると熱は計ったかと訊かれる。うっかりでは済まされないが体温を計るという当たり前の行為さえ思い浮かばないほど動揺していたのだ。しばらく前にオデコに手をあてたときはさほど熱くなかったことを思いだし、その旨伝える。サイレンは鳴らさず来れますかと尋ねれば、それは決まりでできないという。了承する旨伝える。するとサイレンが近くで聞こえたら出てきて誘導してくださいといわれる。電話を切ると親父は下着や着ていく服の心配をしている。ふらつきながらも最低限の身支度を忘れていないのだ。口には出さないが本人なりの決意が感じられる。その気持ちを尊重し、できるだけ楽な服を着せ、保険証などその他もろもろの用意を整えると、すぐさま遠くで特有のサイレン音が雨にかき消されそうになりながら聞こえてきた。外に飛び出すなり傘を広げ音のする方角に走りだした。すぐに車影を捉えると迂回するだろうことを見越し先回りして車道で待った。車体が視線に飛び込むと右手を振って合図をした。すると車内ではこちらの存在を確認したので同時にサイレンを消してくれたのである。少しばかり親父の願いが叶ったわけだ。


誘導を終え、親父を迎えに行くと、すでに布団から起きあがり、椅子に座って待機している。辛いのだから少しでも長く横になっていればよいと思うのだが、これも性格なのだろう。意識はしっかりしている為、隊員の受け答えもしっかりしている。それでも搬送先の病院が決まるまで、しばらく救急車で寝かされていた間、トイレに立たねばならなかった。ようやく搬送先が決まるが、外来で一時間待ちになると告げられる。釈然としない気持ちもあったが、病院に行くことがまずは先決だろうということで了承する。こちらも救急車に乗り込むつもりでいたのだが、本人の意識がしっかりしているせいか、遠回しに後で来て欲しいような口調である。致し方なく、搬送先を教えてもらい、急いで車を出して後を追った。このとき、救急車に乗れないことを少し残念に思う悪魔のような小生がいたのも事実である。


病院に到着すると救急室で車いすで独り座っている親父がいた。急に一回り小さくなったような気がした。親父も相当堪えているとみえて、気弱なことを次々吐く。励ましつつ、診察の時を待つ。 しばらくして診察室へと通される。型どおりの診察をして、点滴、血液検査、レントゲンへと廻される。すでにこの時点で親父は衰弱しきっており、レントゲン室で立って撮影するのもままならない状態だ。ようやく一通りの検査を終え、結果を聞くため診察室へと向かう。親父はすでに長期入院を覚悟しており、「死ぬのはいいが、痛いのや苦しいのは困る」と呟く。それへの返答が見あたらず、苦笑いしながら車いすを押して診察室へと入った。


すると先生から結果が出ましたと告げられる。ある程度は覚悟しながら話しを聞く構えをしていると、「ウイルス性だと思いますが、急性胃腸炎ですね。食べたものがあたったのかも知れません」すると親父は、「入院しなくていいんですか?」と弱々しく聞く。先生は笑顔で間髪入れずに、「その必要はありませんね。ゆっくり自宅で療養して下さい」と優しく諭すように話す。こちらは胸をなで下ろしたが、親父はそんなはずはないといった顔である。具合の悪さと医者の見立ての違いに納得できぬようであるが、指示通り、点滴の続きを受けるためベッドで休むことになった。こちらは安心し、二時間後に訪れることを看護士に伝えた。時間をみれば十二時半になろうとしている。するとここで初めて朝から何も食べていないことを思い出し、とりあえず腹に入れなければと食堂へ向かい、かた焼きそばと珈琲をかき込んだ。そして二時間後、点滴を終えた親父を向かいにいき、すぐさま会計を済ませるとその足で向かいの薬局で処方薬を購入した。受付ロビーで待たせていた親父を車に乗せ帰宅すると午後四時を回っていた。何とも長い1日が終わろうとしていた… が、悪夢はさらにつづくのだった。


そう、そしてこの日より二日後、小生も同じような目に遭うのであったがこの時点では知るよしもない。


AD