絲山 秋子
海の仙人
宝くじに当たった河野は会社を辞めて、田舎でひっそりとした生活を送る。そこへ訪れたファンタジーという名のとぼけた神様と、ふたりの女性との関係、顛末を描いた物語。いっけん悲しいかに見える結末は、ある壁を乗り越えた人間のはじけるような力強さを内包している。人間関係ってこういうことだ、と思う。

超長編がブームな昨今、短編とも長編とも言いがたい“中編”のこの小説は、なんだか読んでいてほっとする。きっと、必要以上に恐怖や罪の意識や倫理を押し付けてくることがないからだ。じっくりと読み進め、場面や意図を丹念に味わい、無理に引き延ばしたり後味の悪さを残すことなく、終わる。小説としてもっとも理想的で、しかし難儀でもあるのは中編なのかもしれない。

文中、片桐という河野の元同僚の女性が、こんなことを言う。

「孤独ってえのがそもそも、心の輪郭なんじゃないか? 外との関係じゃなくて自分のあり方だよ。背負っていかなくちゃいけない最低限の荷物だよ。例えばあたしだ。あたしは一人だ、それに気がついてるだけマシだ」

ものすごく、同感だ。