風の森 山本会長の思い出 | << 真菜板だより >>

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池袋「味里」、高田馬場「真菜板」、鳥取県智頭「うどん家&真菜板」と47年間の日本酒人生の最終章は長野県諏訪にて幕を開けました。
個性豊かな日本酒、とくに無濾過生原酒にこだわって、料理と酒のマリアージュを楽しむお店です。

番頭のばんです。

先日、いまは信州に住む番頭のところに真菜板のおとうさんから
電話がかかってきました。
番頭は移動中ですぐには出られませんでしたが、着信が何度も
あったので、これは何かあったなと予感しました。
風の森の山本会長がお亡くなりになったという知らせでした。山本会長の思い出

風の森は奈良県の御所市にある油長酒造さんが造るお酒で、
いまや日本酒好きで知らない人はないほどの人気のお酒です。
真菜板では常連のお客様や本間酒店さんの御縁もあって、早くから
扱わせていただいていて、もうかれこれ十数年になります。
でも、さすがにここまで人気のブランドになろうとは、
あの当時は想像がつきませんでしたが。

油長酒造さんの蔵を店主夫妻と訪ねたのは、2008年初夏のこと。
御所市はうしろに吉野の山を控えた美しい街並みの盆地の街。
お蔵は黒塀に格子窓が印象的な、いかにも老舗の蔵元さんという
歴史を感じさせる重厚な構えでした。
当時は社長だった山本さんが案内してくださいました。

お蔵の構えや規模からいって、さぞ大旦那さん風の方かと思いきや、
酒造りのことは何でも精通していて進取の気風にあふれ、なおかつ
とても気さくな蔵元さんでした。
普段は人を入れないという蔵の中も隅々まで案内してくれましたが、
風の森はメインブランドの鷹長とは全然別の仕込みなんですよ、と
バッチリ温度管理のなされた小ぶりの密閉型サーマルタンクも見せて
もらいました。(あの頃はたった2本しかありませんでした!)

ほかにも菩提酛の仕込み甕(なんと某酒造会社から譲り受けた紹興酒
の空甕!)とか、新しい搾り方の話とか、話せば話すほどに明らかに
なる老舗の旦那さんとはかけ離れた柔軟な発想とアイデアマンぶりに
ずいぶん驚かされたものです。

その後は風の森のブランド名の由来となった風の森峠に車で移動して
契約栽培の田圃を見せていただきました。
合鴨農法の鴨がのんびり泳ぐ斜面の田圃を見ながら、
「このきれいな水と河内から吹く風が秋津穂をおいしくするんです。
いい酒を造るためにいいコメ作りも支えていかないといけません。」
と熱っぽくお話しされていたのがつい先日のことのようです。

山本会長といえばひとつ、忘れがたいエピソードが。
その年の10月、東京のリーガロイヤルホテルで開いた真菜板の10周年
記念パーティーでのこと。
真菜板で取り扱うすべての蔵元さんにおいでいただき、そのお酒を
100人以上の皆さんで楽しみつつ10周年のお祝いをしたのですが、
テーブルについてお酒をサーブしたり歓談したりしている蔵元さん
の中、ひとりグラスを手に各テーブルを渡り歩いていたのは山本会長。

ご協力のお礼をと呼び止めると、開口一番、
「いや~、こんないい会開いてもらって、本当にありがたいですわ!
こんな綺羅星の蔵元さんの仕込み水を飲み比べできる機会、そうそう
あるもんじゃありません!」
そうです、山本会長は会の合間にひたすらほかの蔵の仕込み水を
試飲して回られていたんです。
あー、この方は、ほんとうにいつでも酒造りのことばかり考えている
人なんだなあと、これには本当に驚かされました。

・・・とまあ、こんな思い出話ををカウンター越しに店主と話しながら、
風の森を飲みつつ、山本会長を偲びました。
お別れは少し早すぎた気がしますが、これからも風の森を飲むときは
あの日の山本さんのことを思い出すことでしょう。