The eternal moment
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うーーーーん。
六畳一間のアパートで俺は何度も財布の中身を見る。


全財産2150円。


26歳、俳優志望。
金は無いがプライドは高い。



あぁ、、、と先月の自分を悔いる。



バイト先の店長に俳優を目指していることを酒の席でバカにされ、
酔っ払っていた勢いで殴った。


そしてクビになった。
当然だ。


俳優、と言っても俺が今しているそれらしいことは
劇団に所属し、月に一回か二回の舞台に立っている。
それだけだ。ノーギャラ。


テレビや映画のオーディションではまぁ、落ちる。


しかし俺は俺を信じている。
夢は努力すれば叶うのだ。
諦めたら試合終了と好きな漫画での名言もある。


しかし、新しいバイト先が見つからない。


劇団での稽古の為、なかなか時間が合わない。
そう考えると前職は融通を効かせてくれた。
コネが無いとはこんなにもツラいことか。。。


そして金が無いのは本当死活問題だ。
明後日は家賃滞納している分を払わなければいけない。


どうする??
どうする??
どうする??


「目の前に5000万あればなぁ。。」


思わず口に出た。


我ながら馬鹿馬鹿し、、


ピンポーン!


突如インターホンが鳴る。


「はい?」

扉の前には全身黒のスーツ、サングラスをかけた色白の男が立っている。

「私は悪魔です。 中島優一さんですね。 5000万欲しいと願いが届いたもので。」

「えっ?? 」

「あ、ここから先の問答は手間がかかるので省きますね。 私は悪魔。 変人ではありません。 はい、証拠」


男が指をパチンと鳴らす。

一瞬にして空中から無数の札束が落ちる。

そしてもう一度指を鳴らす。

無数の札束が無数の蝿に変わり、飛んでいった。


「というわけで信用して貰えました?」


「あ、はい、え、でも悪魔との取引にあまり良いイメージがなくて。。。 僕の親が死んだりとかしないですか?」


「それはないです。 代価は勿論貰います。」


「代価とは?」


「貴方の寿命。 そうですねぇ26歳なら10年程寿命を頂ければ5000万出せますよ。 若くて良かったですね」

ニヤリと男が笑う。

俺は考える。

そして寿命10年で5000万なら安いと気付く。


「それで構いません!5000万下さい!」


「では契約成立ということで。 ここに5000万は置いておきます。 それでは素晴らしい人生を」


ニヤリと笑い男は消えた。


そして今さらだが頬をつねる。


痛い。


夢じゃない。


よし!これで仕事しなくてもいい!


あ?むしろ俺が何人か集めて劇団を立ち上げてもいいんじゃないか!?

それなら自動的に主役だ!

入場料の大半は俺のものになる!

将来が突如薔薇色に感じて、幸せを噛みしめた。

これで明日から俺は!!!!


*****************


クックック


馬鹿な人間だ。


命より重要な物がこの世にあるわけがないというに。


まぁ、ああいう馬鹿なお陰で
俺達悪魔も生活出来てるんだがな。


あいつの寿命は調査済み。


自分が短命だとも知らずに。


あいつの寿命10年差し引いたから


寿命を迎えるのは残り28時間だ。






目が覚めると薄暗い部屋に居た。
そして記憶がない。
私は一体、、、、


「ようこそ」


黒い服の男が突如現れる。


「ここはこの世とあの世の境、あなたはこれから選ぶのです、生か死を」


そんなことを突然言われても意味がわからない。
何せ記憶がないのだ。


「簡単なことですよ、二つに一つ。 生きたいのか死にたいのか。」


、、、生きる?死ぬ?
私は私がどんな人生を辿ったのかわからない。
しかしこの男の言葉にはえもしれぬ「説得力」があった。
ここで軽々しく答えてはならないことと感じた。


「。。お悩みのようですね、無理もありません。 皆様そうですから。 時は無限にあります。 ではじっくりとお考えを。」


どれだけの時が経っただろう。
考えに考え抜いた結果、私は選択した。


「成る程思いの外早く決断されましたね。他の方ではもっと長いものですから少し驚きました。 では貴方のお望みのままに。よき旅を。」


***********


またか。
と私は思う。


私は歴史的な建築物の一つ。
1600年代後半に才能溢れる若き青年により、造られた建築物。


人間たちは私が破損、老朽化する度に修復する。
今回で一体何百回目なのだ?
飽きもせず、よくやる。


「すげえ! ガイドブック見てよかったな!」
「素晴らしいわこの構造、そして神聖で清らかな気持ちになるわ」


誉めてくれるのは有難いのだがね、そこは最早原型は殆どないのだよ。
君達が幼い頃に修復改善された所なのだよ。


私は常に考える。
実に九割近い私の体が、最新建築で補修され、変わっていく。
所謂、オリジナルの私は最早居ないのだ。


生きているではない、
無理矢理生かされている
死んでいるではない、
私の魂と意識は常に在るのだ。


ふと、大規模な修繕をされている時に意識が遠のく時がある。
その度に何か重大な決断をしているような気がする。
それが何なのか
私は覚えていない。
人間が言うところの夢なのだろうか?


いや、建築物が夢など可笑しい。
きっと気のせいだろう。。。。


*******


目が覚めると薄暗い部屋に居た。
そして記憶がない。
私は一体、、、、


「ようこそ」


「あなたはこれから選ぶのです、生か死を」


数百回繰り返す魂の行き場。



6月になり、またこの花が庭に咲いた。


梅雨の季節、朝の花弁には水滴が滴りとてもみずみずしい。


あーーあ、これでなあ。。。
隠された意味さえ知らなければ単純に美しいと思えたりほっこりするのだろうに。


僕は毎日この花の世話をする。
そして毎日後悔するのだ。


「相変わらず綺麗な花ねぇ。」


妻が僕に話しかける。


、、、うんざりだ。
けれど僕は僕の犯した罪に向き合わねばならない。


「。。。そうだな」


とだけ返す。


「じゃあ今年もお世話よろしく」


そう言って妻は家事をする。


はぁ、、、


妻と結婚して8年。


僕は6年前の過ちを思う。


*************

6年前、僕は浮気していた。


その当時僕は2ヶ月程の出張に行っていたのだ。
夫婦仲が悪かった訳ではない。


しかし健全な男子にとって2ヶ月という期間は、なんというか、、、
誘惑に負けやすくなるというか。


行き着けの小料理屋で女将と、男女の仲になった。
そして週の半分は彼女の家に泊まるようになった。


勿論、相手も僕の事情は分かっていた。
僕に妻が居ること、出張で数週間でいなくなること。
嘘をついて男女の仲になるのはフェアじゃない。
まぁ浮気した時点でフェアもクソもないが。


良い思い出をありがとう。
たまには私のことを思い出してね。


と、彼女は言っていた。
そして僕の荷物をまとめてくれた。


、、、これがいけなかったのだ。


女は恐ろしい生き物ということを僕は出張から帰った翌日に思い知ることになる。


「ねぇ、貴方」


「なんだ?」


「あたしの髪型ってずっとショートの茶髪じゃない?」


「?? あぁ。」


妻は明らかに怒りを込めた口調で


「じゃあ貴方の服の間に一本ずつわざわざ挟まってた、このあたしよりも長い黒髪は何なのかしらね」


そう言って妻は僕に証拠品を突き付ける。


何も言い訳出来ずただただひたすらに謝った。


そして僕は罰を与えられた。


***********


紫陽花。


花言葉は「移り気」「浮気」。


1ヶ月に及ぶ妻の実家戻り(勿論その間何度も謝りに行っている)
から帰ってきた時、紫陽花を庭に植えることを言い出された。


そして庭に植え付け、毎年この花を見たら浮気した過去を悔やみ二度としないと強く感じてほしいそうだ。


勿論それから浮気はしていない。一度もだ。
しかし毎年この時期は過ちへの罪悪感で胸が痛くなる、そしてストレスだ。
陰湿なメッセージを感じてしまう。


花言葉なんて詳しく知らないが、「移り気」「浮気」なんて誰が考えたんだ。


まぁしかし、これが僕の罪、か。
諦め、そして戒めよう、二度と浮気はすまい。


**********


6年目になるかしら。
夫が嫌そうな仕草で紫陽花の世話をする。


浮気自体はもう許している。本当にあの時はムカついたけど。


紫陽花が咲くとあたしは
こいつはいつ気付くんだろうと毎年思う。


なんかここまで気付かれないと我ながら
壮大なドッキリを仕掛けている気になるのだけど。


うーんこの人ひょっとしてずっと気付かないのかしら。


*********


僕は紫陽花の世話をしながらぼんやりと考える。
死ぬまでこの罪悪感と付き合うんだなぁと。
浮気なんて二度としない。



*********


あたしは紫陽花の世話をする夫を見て考える。
真面目な人だから案外死ぬまで気付かないかもと。


そしたら、今際の際にでも教えてあげようかな。


紫陽花の花言葉には


『辛抱強い愛情』って意味もあるのよと。


浮気はムカついたけど、あたしはこの人を愛している。
それはもう辛抱強く。


今日も紫陽花がとても綺麗だわ。ねぇ?あなた?