ヤン・シュヴァンクマイエルのストップモーション・アニメーションの世界 | シネマの万華鏡

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ブラザーズ・クエイ短編作品集 [Blu-ray]/KADOKAWA / 角川書店


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◆ブラザーズ・クエイの作品集DVD、来月発売!◆

 

本題の前に―――私の好きな「ストリート・オブ・クロコダイル」はじめ、ブラザーズ・クエイのストップモーション・アニメーション作品集が来月発売されるそうで、ちょっとウキウキしております。

以前書いた「ストリート・オブ・クロコダイル」の記事はこちら↓


 

過去にも作品集DVDは発売されているものの絶版、中古は2万円前後と高値で、意を決してamazonに向かっては、ポチ寸前でひるんですごすご・・・を繰り返していたので、今回の発売は朗報でした。

 

そんなわけで、来月の作品集発売に備えて、ブラザーズ・クエイが影響を受けたとされるチェコのストップモーション・アニメーション作家ヤン・シュヴァンクマイエルの作品集をおさらいしてみました!というのが今日の本題です。

 

◆チェコのストップモーション・アニメーションのカリスマ◆

 

1934年生まれで今年82歳のシュヴァンクマイエル。

ストップモーション・アニメーション映画界の神的な存在である彼は、21世紀になっても作品を生み出し続けているし、日本でも根強いファンがいるのか、毎年のようにどこかしらでシュヴァンクマイエル映画祭なるものが催されているようで・・・ちなみに今年9月にはユジク阿佐ヶ谷で開催予定だそうです。(ユジク阿佐ヶ谷の上映スケジュールはこちら


そんなシュヴァンクマイエルの数ある作品のうち、この短編集には7作の短編+本人インタビューを中心にしたドキュメンタリー作品「プラハからのものがたり」(イギリスの映画評論家マイケル・オプレイが解説)が収録されています。

シュヴァンクマイエルの作品は、日常の中で誰もが目にするものーー食べ物や台所用品、洋服、石ころなど--が主人公

ストップモーションの魔法によってそれらが自由自在に動き出し、独自のシュヴァンクマイエル・ワールドが展開されていきます。

 

多くの作品に体制批判が秘められていることも、彼の作品の特色のひとつ。

大国ソ連の圧力の下、恐怖政治が繰り広げられた時代を経験した作家ならでは・・・それが、彼の作品の、明るく楽しい映像の隙間から、時折りこぼれ出るどろりと暗い深淵のルーツの一つと言えます。

例えば、アニメーション的超スピードで葉を茂らせ花を咲かせたかと思うと、見事な赤い実を実らせるりんごの木・・・しかし熟して地面に転がり落ちた瞬間、美しかったりんごは砕けて、蛆虫のような幼虫たちに蝕まれた内部を晒す・・・吐き気を催すような醜悪な映像なのに、何故か黒い笑いがこみ上げてくるような感覚も・・・何か旧西側社会のそれとは異質な笑いのセンスに、とても東欧らしさを感じます。

 

◆「夢」と「幼年期」が生み出すシュールレアリズム◆

 

ただ、シュヴァンクマイエルの作品の「暗さ」は、バックグラウンドにある東欧(※1)の歴史が投影されたもの、というだけでは説明できないような気がします。

シュヴァンクマイエルは作品の源泉を「人間にとって最も強烈な体験である幼年期と夢」であると話しています。それは全ての芸術家に共通のものだとも・・・。

彼の言う「幼年期」や「夢」とは、その言葉からイメージする、この世の穢れなく美しいものだけを選りすぐった世界とは全く異質なもの―――むしろ無垢で無意識ゆえに、人間の暗部を剥き出しにさらけ出すような、容赦ない視点がそこにはあります。

こうした暗さをフロイド的な意味での「幼年期」や「夢」―――つまり、無意識ゆえの不安や恐怖、性のグロテクスな表現―――に発展させたのがブラザーズ・クエイの「ストリート・オブ・クロコダイル」だ、という気がします。

 

◆シュヴァンクマイエルの不気味な「アリス」が観たい・・・◆

 

私は未見なんですが、シュヴァンクマイエルはルイス・キャロルの「不思議の国のアリス」を原典にした作品「アリス」(1988年)も撮っているんですよね。

 

「不思議の国のアリス」は、ジョン・テニエルの挿絵といい、不条理そのものの物語といい、幼年期に意識の薄暗がりの中に存在していた薄気味の悪い異世界にとても良く似た世界観を持った物語。(三月うさぎも帽子屋も気違いですし・・・)

それを隅々までテカテカと明るく掃き清めて、換骨奪胎ののっぺりした御伽話に作り替えてしまったのがディズニー映画です。


現在公開中の「アリス・イン・ワンダーランド/時間の旅」を観ようと思い、前作ティム・バートン監督の「アリス・イン・ワンダーランド」を観てみましたが、こちらも原作とは全くベツモノの少女の成長物語。

原作の持つ、どこか不条理で不気味な部分―――それこそ夢と幼年期を象徴しているように見える要素―――がまるで取り去られていることに愕然としました。

ティム・バートンは巨匠かもしれないけれど、ルイス・キャロルの世界を全く理解していない―――もうン十年若かったら泣き出していたくらい(今泣いたって更年期のおばはんのヒステリーとしか思われませんからね・・・)、私に言わせれば違うシロモノです。


でも、多分、シュヴァンクマイエルなら、「不思議の国のアリス」の持つ不条理な面白さといつまでも脳裏にこびりつくような不気味さをたっぷりと演出した「アリス」を作ってくれているのではないか―――今回この短編集を観て、期待が膨らんでいます。

秋に「シュヴァンクマイエル映画祭」で「アリス」を観るのが楽しみです。





※1 チェコはかつて共産圏だった時代には「東欧」に含まれていましたが、現在は「中欧」なんだそうです。ややこしい・・・